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紀元前と紀元後

 アルバムの幕開けは、先行シングルでもあった“Lemon”。これはリアーナを迎えたトラックで、後半部分のパーツはもともとパフ・ダディのために2014~15年頃に書いたものだという。恐らく彼のミックステープ『MMM (Money Making Mitch)』の頃だと思うが、「彼のアルバムは最終的に方向性が変わってしまった」ためにそちらでの使用はなくなり、それ以来ずっと温めていたもののようだ。

 「特別なビートが出来た時にはそれを取っておくことにしてるんだ。いいビートは時間と共に良くなるものだからね。それでリアーナが後半部分をレコーディングした。彼女名義の曲になる話もあったけど、〈この曲には、前半にパンクな側面が必要だ〉と思ったんだ。今回のアルバムに収録された曲の多くは、〈紀元前と紀元後〉あるいは〈昼と夜〉みたいな構成になっている。だから後半は〈紀元後〉や〈夜〉にあたる部分なんだよ。それで曲の前半部分は、同じベースラインを使ってパンク・タイプのシチュエーションにするべきだと思ったんだ」(ファレル・ウィリアムズ:発言はすべて、2017年11月の〈ComplexCon〉におけるもの)。

 ダイナミックでブーティーなビートや、ガラリと表情を変える 〈紀元前と紀元後〉構成の驚きは、いずれの楽曲にも共通するものだ。穏やかな歌い口からビートが入ってバウンシーに加速する“Deep Down Body Thurst”、グッチ・メイン&ワーレイを迎えてスウィングからトロピカルな盆踊り(?)風クランクに転換する“Voila”……と、押し出しの強さと享楽的な響きの痛快なダンス・サウンドが次々に叩き出されてくる。ただ、全編に込められた意図は各曲のリリックから明らかになるものだ。なかでも象徴的なのはケンドリック・ラマーのラップを配した“Don’t Don’t Do It”だろう。これは70年代スティーヴィー・ワンダー調の節回しで迫るスロウからうねりのあるロックにジャンプアップするのだが、発されるメッセージは率直にして強烈だ。

 「これは去年観たあるニュース映像からインスパイアされた。ノースキャロライナ州シャーロットに住んでいたキース・スコットという男性が、彼のミニバンの車内で子どもが通学バスで帰宅するのを待っていた。その時、ある容疑者を探していた警官が外見も車種も違うキースに目をつけた。離れた場所にいた彼の奥さんは携帯で一部始終を撮影していた。彼は外傷性脳損傷患者だったから、手には薬を握っていたんだ。彼女は警官に向かって〈やめて、やめて、やらないで!〉と叫んでいた。映像を観ながら、彼女は夫が死ぬことになると気付いていたんだと思ったよ。そして彼は撃たれた。その時に思ったんだ、この映像にはメロディーが必要だって」。