まだ歌うことは全然ある

――なるほど。『Singing Bird』というタイトルにはどんな意味があるんですか?

「タイトルを考えたのはわりと後のほうというか、アルバムにするっていうのが決まってからなんです。作業をしてる時間帯は午前中が多かったから、単純に〈そういえば、いつも鳥が鳴いてたな〉と思って(笑)。散歩してるときもそうだし、海に行ってるときもそうなんですけど、そういう時間に思いついた言葉を書きとめていたんですよね」

――1曲目の“ジミーの朝”も、まさに〈朝一番に浜にやってきて〉という言葉で始まります。この曲の〈下手くそな鼻歌でもいい/俺の減らず口にあきれて/あいかわらずだと笑ってほしいんだよ〉というフレーズには、稲葉さんの歌に対するスタンスも込められているような……。

「〈日常の場面に出てくる歌〉っていう意味なんですけどね、それは。自分は〈ジミーさん〉になって歌ってるんですよ。ジミーさんが〈ひとりになるのが怖い〉と言ったのが印象に残っていて、それが歌になってるので……」

――ジミーさんというのは……?

「そうか、これは説明が必要ですね(笑)。ジミーさんという人がいるんですよ、知り合いに。サーフィンをいっしょにやってたんですけど、手術して、心臓にペースメーカーを入れたんですよね。最近も普通にサーフィンをやってるんだけど、みんなが海から上がったらいっしょに上がるし、みんなが入らなかったら自分も入らないという感じになって。要は〈ひとりになるのが怖い〉っていうことですよね……というのを本人に無断で歌詞にしたっていう」

――“ルート53”についても聞かせてください。このタイトルは稲葉さんの出身地・岡山県津山市を通ってる国道のことだと思いますが、故郷の思い出を歌にしてみようと思ったのはどうしてですか?

「あるとき、言葉にしてみようと思ったんじゃないですかね。字面にするとかなり長くなっちゃったんですけど、でも、曲にしておきたいと思って」

――曲のなかで起きる話も実話なんですか?

「〈おじいちゃんが骨折した〉とかは、そうですね。〈そんな歌詞、ねえだろう〉って思いますけど(笑)。おもしろいと思えるようになったんじゃないですか、そういうことを歌うのが。幅が広がったというか」

――もっと自由にいろんなことを歌いたいという気持ちもある?

「昔は思ってましたけど、いまはそのことをあまり重要と考えてないというか、それはあえて意識してないんですよね。〈どこまでやったら自由なのか?〉というのもよくわからないし、幅を広げることが必ずしも良いことではないという人もいると思うし。結局はメロディーと相まって、曲として完成したときにどうなのか?ということですからね」

――〈ひとりで考えて、決断しろ〉というメッセージが伝わってくる“孤独のススメ”から、たまたますれ違った女子高生への思いを描いた“Bicycle Girl”まで、テーマも本当に幅広くて。歌に対するスタンスは確実に変化していると思うのですが。

「大なり小なり変化はあると思いますけど、それも何かを変えてやろうと思っているわけではないというか……。ただ、このアルバムを作って〈まだ歌うことは全然あるな〉とは思いました。歌詞を書いて歌うってことを20年以上やってると、〈もう歌うことないな〉と感じることもあるんですよね。〈これは以前の曲を言い換えてるだけだな〉とか。でも、ただそのときに思ったことを書いて、それにメロディーをつけていく作業をやってみて〈これだったら、いくらでも出てくるな〉と思えたというか」

――大きな発見ですね、それは。今後の活動にも影響があるんじゃないですか?

「良い作用はあると思いますけどね。思いついて書き殴った言葉を作品として外に出すことで、一段落がつくというか。〈浄化〉みたいなカッコイイものではないけど、ひとつ形にすることによって、自分が次に進めるというのはあるでしょうね。〈次〉という気持ちにもなれるし、そういう意味ではわかりやすいポイントになったと思います」