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ジョン・アダムズのヴァナキュラーな魅力を知る格好の入門編

 11月22日東京都内。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演に合わせ、首席指揮者・芸術監督のサイモン・ラトルと楽団の代表者らによる記者会見が行われた。ベルリン・フィルを率いての来日は見納めとなるが、ユーモアを交えた発言からは達成感を感じさせた。彼が日頃から心がけてきたこと、それは新しいことは何だろうかと常に問いかけ、楽団の可能性を拡張することだった。そこには2016/17シーズン、アーティスト・イン・レジデンスに作曲家として選ばれたジョン・アダムズの存在があった。2人は30年来の友人であり、アダムズがラトルに曲を書いたこともあるが、しかしそのラトルでさえ、アダムズが選ばれることは16年前の就任時には想像がつかなかったとのことだ。

 アダムズの作風は、いわゆるヨーロッパの正統的な流れに属してはいない。前衛音楽に対して距離を置き、ハーヴァード大学在学中ビートルズのサージェント・ペパーズを発売日に買うというロック好きであり、かつヒッピーでもあったことは、自身で盛んに喧伝している。この芸術家にとって音楽表現とは、20世紀後半の音楽史を彩ってきたロックやジャズなどの持つ、ヴァナキュラー(土着)なエネルギーを、クラシック音楽としてどのように昇華する対象として存在していた。そしてこの日は、ベルリン・フィルの自主レーベル〈ベルリン・フィル・レコーディングス〉から作品集『ジョン・アダムズ・エディション』が発表された日ともなり、アダムズはラトル時代の一つの遺産となったとさえ言える。

JOHN ADAMS, ALAN GILBERT, KIRILL PETRENKO, SIMON RATTLE, BERLIN PHILHARMONIC ORCHESTRA 『ジョン・アダムズ・エディション』 Berliner Philharmoniker/キングインターナショナル(2017)

 写真家ヴォルフガング・ティルマンスによる壮麗な装丁に、5人の指揮者による代表作の7曲が収録されたCD4枚とブルーレイ2枚が内包されている。ストラヴィンスキーのように作曲家の自作自演盤を世に残すことが作品集を作るきっかけとのことで、作曲家によって指揮された2作品が目に止まる。代表的作品で、12音楽の創始者シェーンベルクの著書からそのタイトルを取った“ハルモニーレーレ”(1984-85)、また過酷な環境を生き抜く女性の為に書かれ、リーラ・ジョゼフォヴィッツがヴァイオリン独奏する“シェヘラザード.2”(2014)である。一方ラトルは、三人のカウンターテナーを起用し、マグダラのマリアの視点から描かれた受難オラトリオ“もう一つのマリアによる福音書”(2011-12)を取り上げている。他の3人の指揮者には、グスターボ・ドゥダメル、アラン・ギルバート、そしてラトルの後任としてベルリン・フィルの次期主席指揮者に決定し、今年の来日で話題をさらったキリル・ペトレンコで、それぞれ40-50年代のフィルム・ノワールに影響を受けた“シティ・ノワール”(2009)を、ランボルギーニに乗車した経験を元にミニマル音楽の典型的要素を組み込んだ“ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン”(1986)と広大で何か洗練されていないアメリカ的な要素を示唆する“ロラパルーザ”(1995)の2作品を、ウォルト・ホイットマンの包帯係を意味する同名の詩が由来の“ウンド・ドレッサー”(1986-87)を指揮している。特にベルリン・フィルとペトレンコの最初のCD録音であることは看過できない。

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 実演は、しかし大きな挑戦でもあった。発音原理の異なる楽器によって構成されたオーケストラの規模の編成で、一定のパルス感のある複雑な構造の音楽を奏でることは難しい。各人が全体の構造を理解した上で己のパートを内面化することが必須とる。ブルーレイのドキュメンタリーとインタヴュー映像からは、メンバーがアダムズの音楽を受容し魅了された様子が映る。前述のデュダメルやギルバート、ジョゼフォヴィッツ、楽団員ら、国際色の強いメンバーらが直接作品を魅力的に語る。例えばベルリンを巡る車内で、デュダメルが「アダムズの音楽はワイルドでraw(生)である」とベネズエラ訛りの英語を放つとき、作品の真に野生的な何かが、ようやくわかり始めた気分にさせられる。また、ブルーレイにはベルリン・フィルの本拠地フィルハーモニーでのコンサート映像がCD収録曲分入っており、オーケストラ演奏の視覚的な映像から、一聴すると平易に感じる作品の、躍動感のある複雑な音の連なりが体験できる。

 ジョン・アダムズという作曲家の入門編としても有用でありとともに、その創造と実演の現場に必然と誘われるだろう。そんな作品集を体験したとき、アダムズ作品は新たな魅力を放ち始める――。