次世代のコレクティヴが提示するストリートの現在時刻

興味のあることは何でもやってた

 2010年代初頭、USのヒップホップ・シーンでは、タイラー・ザ・クリエイター率いるOFWGKTAやエイサップ・ロッキーのブレイクによって台頭したエイサップ・モブなど、いわゆる〈クルー〉や〈コレクティヴ〉と呼ばれるヒップホップ集団が注目されるようになった。従来のヒップホップ・グループと違うところは、ひとつのクルー内にラッパー、DJはもちろんのこと、デザイナーやプロデューサーまでもがメンバーとして加わっており、ひとつの大きなクリエイティヴ・チームとして機能している点だ。そして、ここ日本でいまもっともクリエイティヴなヒップホップを体現するクルーこそが、今回、本格的なデビュー・アルバム『GENESIS』を発表するkiLLaである。本誌初登場となるこのインタヴューには、プロデューサーとして制作の要となる役割を担ったDJのNo Flowerが応えてくれた。

kiLLa GENESIS kiLLa/bpm tokyo(2018)

 「メンバーはラッパーが4人で、それぞれYDIZZY、KEPHA、Arjuna、BLAISE。DJは僕とビートメイカーのacuteparanoia、あとはデザイナーのYESBØWY、空間デザイナーでもあるYuki Nakajo、そしてマネージャーのRYOSUKE」。

 渋谷を中心に出会った彼らの付き合いは長い。もともと最初からヒップホップを媒介として出会ったわけではなく、メンバー同士は成長過程において自然発生的に出会っていった。

 「YDIZZYと僕は小学校の頃からの幼馴染みなんです。中学に上がって、年下のArjunaと同じバスケ・チームを組んで、そこに(Arjunaの)弟のBLAISEも入ってきた。そのあと高校でYDIZZYとKEPHAが出会って……というふうにkiLLaが形成されていった。高校を卒業した後も、同じメンツで代々木公園でストリート・バスケをやるようになって」と、結成までの流れは、言うなればありきたりなストリートのキッズのそれだ。一方で、高校卒業と同時に彼らの活動はよりクリエイティヴな方向へと進んでいく。

 「いつの間にかラップをしはじめるメンバーがいて、同じ頃にいまはYENTOWNに所属するkZmが服のブランドを始めたんです。その名前が〈kiLLa〉といって、何でかは覚えてないんですけど、それがそのままクルーの名前になった。ブランドも最初は遊びでやってたんですよね。その頃は、興味のあることは何でも趣味程度でいろいろやってた。スケートしたりバスケしたり、もちろん服や音楽も好きで」。

 2017年、kiLLaの中でも厚い支持を集めるYDIZZYが初のフィジカル作となるアルバム『DIZZiNESS』を発表。プロデューサーのChaki Zuluが全面バックアップしたこの作品は、ストリートを中心に高評価を得ると共に、中国や台湾、東南アジアでのkiLLaの人気も押し広げる結果になった。なかでも中国・四川省の成都で行われたヒップホップ・フェスでは1万人を超える観客の前でパフォーマンスし、その様子はInstagramなどのSNSを通じて発信され、日本以上にアジア圏でも熱烈に支持されているkiLLaの様子をまざまざと見せつけられた。また、YDIZZYはHypebeastやComplexといった海外の人気メディアにも取り上げられるほどの熱気を孕む。

 「海外に行くともっと大きいステージでできたり、扱いもまったく違ったりもする。僕たちのライヴももっとストレートに伝わることがあるし。なので、日本にいるとそのギャップがストレスになることもめっちゃある」。