Most Known Unknown
ケンドリック・ラマーやエミネムの作品に携わってきた屈指の名裏方――そんなイメージをガラリと覆す音風景の美しさ。ベーコンのデビュー・アルバムは新鮮な驚きに溢れている!

 1月29日に授賞式が行われる第60回グラミー賞。その結果がどうあれ、事前のマックスな話題として主要部門におけるアーバン勢の台頭は深く記憶されていくことだろう。そうしたウネリの核にいるのが計7部門にノミネートされたケンドリック・ラマーなのは言うまでもないが、そんな彼の『DAMN.』にて8曲参加しているプロデューサー/キーボーディスト/ソングライター/シンガーこそ、ここで紹介するベーコンことダニエル・タネンバウムだ。そうでなくても長らく裏方として活躍してきたダニエルとグラミーには縁があり、エミネムの『Recovery』(2010年)、レクレーの『Gravity』(2012年)といった受賞作にソングライターとして参加しているほか、ノミネート作ではピンク『The Truth About Love』(2012年)やBJ・ザ・シカゴ・キッド『In My Mind』(2016年)にも関わっている。彼の名は知らなくても、その仕事には多くの人が親しんでいるというわけだ。

 そんなダニエルのバックグラウンドにあるのはクリスチャン・ミュージックである。世界的に有名な聖トーマス教会聖歌隊に9歳で入隊した彼は、そこで4年もの間、教会音楽を披露しながら世界を回ったという。プロフィールによると、バッハやモーツァルトらの楽曲も披露してきたそうで、鍵盤の演奏も幼くしてマスターしていたのだろうか。いずれにせよ、そうした経験がダニエルの音楽家としての感性を養ってきたのは間違いない。

 音楽制作の道に足を踏み入れた彼が表舞台に登場したのはRZAの『Digi Snacks』(2008年)に収録された“Long Time Coming”で、ここでの彼はダニー・キーズと名乗って鍵盤の演奏とフックの歌唱を担当、プロデューサーにも名を連ねている。そして、それ以上にダニエルの世界を大きくしたのはDJカリルとの仕事だろう。彼の下でピットブルやクリプス、サイプレス・ヒル、ゲーム、スヌープ・ドッグ、プロフェッサー・グリーン、カレンシー、ジン・ウィグモア、アロー・ブラックらの作品に参加した彼は、それらの多くで鍵盤奏者としてソングライトにも貢献。ドクター・ドレー“Kush”(2010年)や“All In A Day's Work”(2015年)、先述したエミネムとの仕事もその成果の一部だ。一方、エミリー・サンデーをエミール・ヘイニーと共同プロデュースしたり、そのエミールの“Fool Me Too”(2015年)やオー・ランドの“Machine”(2014年)を共作するなど、ヴァーサタイルな才能は活躍の場を制限していない。ベーコンと名乗る近年は『DAMN.』のほか、SZAの『Ctrl』(2017年)でも“Garden(Say It Like Dat)”をプロデュースしている。

 

BEKON Get With The Times Bekon/TRAFFIC(2018)

 そのように名裏方の地位を確立した才人の初のアルバムが『Get With The Times』だ。清らかに響く歌声は彼の背景を紹介するかのようで、メロディーの儚い美しさと穏やかなビートがうっとりと馴染む様子は、これまでの仕事から抱いていたイメージとはまるで異なるだろう。クラシックの素養も窺わせるオーケストレーションやトラディショナルなハーモニーにはポール・マッカートニーやブライアン・ウィルソンを思わせる瞬間もあって、昨今のインディー・ポップよりは、エミール・ヘイニーやジョン・ブライオンにも近いバロック・ポップやソフト・ロック風味の構築美を感じさせる。優美で緻密なサウンド構築もソングクラフトの妙も圧倒的。彼の引き出しの多さを改めて感じると同時に、まだ見せていないポテンシャルの奥行きをも予感させる一作だ。

 

ベーコンの参加した作品を一部紹介。