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グライムはアメリカのラップと対等に渡り合っている

――キース・ハドソンのレゲエをサンプリングし、ギグスがラップしている“Wet Looking Road”は、70年代のレゲエから2010年代のヒップホップやグライムまで連なる、UKとジャマイカの相互関係の歴史を繋ごうとしているようにも映りました。

「キース・ハドソンはいわゆるアウトサイダーで、当時のレゲエ・アーティストとはかなり違っていたからマイナーな存在だった。彼のやっていたことは、当時の人々の理解を越えていたからね。で、僕はあの曲のコーラスをループさせて、それからヴァースも切り刻んでみた。そうするうちに、ギグスがこのサンプリングを気に入ってくれそうな予感がしてきて、聴かせてみたら実際にそうなったよ。なぜ上手くいったのかは、改めて振り返れば明らかだよね。サンプル音源はジャマイカ産だし、ギグスにはジャマイカの血が流れているわけだから。かと言って、必ずしもそのコネクションが、このサンプリングの意図でもなかったんだよ。まずは、サンプリングしたときどう響くか、そこがもっとも大事だと思うから」

――XLの歴史を踏まえても、プロディジーからディジー・ラスカル、ギグスまでの流れは一本の線で繋げられると思います。あなたは早くからグライムに注目し、その影響はEIRにも反映されているように思いますが、どうでしょう?

「まず、UK固有の音楽ジャンルがずっと育まれてきたわけだよね。70年代でいえばラヴァーズ・ロックやスウィート・ソウルがそうだし、それから90年代のレイヴ・ミュージック――ここから僕自身も関わるようになったわけだけど、さらにジャングル、ドラムンベース、ガラージと続き、そしてグライムへと至った。これらのジャンルはどれもカリビアン音楽とアメリカ音楽から影響を取り入れていて、そのうえでブリティッシュなものを作り出している。きっと僕自身も、そのなかの一部なんだろう」

――たしかに。

「で、グライムというのはしばらくの間、プロダクションにばかり注目が集まっていたんだよ。ところが今では、グライムはサウンド面だけではなくヴォーカル音楽としても注目を集めるようになった。それはエキサイティングな展開だね」

――ギグスやスケプタ、ストームジーといった面々がドレイクのアルバムに参加したりなど、グライムが国際的に浸透している感じもしますしね。

「そうした状況はいわゆる〈グライム第一波〉、僕らXLがディジー・ラスカルやワイリーと仕事しはじめた時はまだ起きていなかった。でも、今やこのサウンドは、イギリスにおいてアメリカのラップ・ミュージックと対等に渡り合うようになっている。最近のイギリスのオーディエンスは、国内産アクトを強くサポートしているからね。それにある意味、XLがグライムの人気を押し広げたとも言えるんじゃないかな? ディジーのアルバム『Boy In Da Corner』(2003年)はこれまでのブリティッシュ・アクトによるデビュー作のなかでも指折りのグレイトな一枚、マスターピースのひとつだと心から思っているよ」

――また、サンファとカーティス・メイフィールドの疑似デュエットが実現した“Close But Not Quite”は、本作のハイライトだと思います。

「あのアイデアが出てきたのは、サンファの“(No One Knows Me)Like The Piano”という曲の、最初にレコーディングしたヴァージョンを聴いた時だった。彼の歌声に浸っていると、カーティス・メイフィールドの言葉が聞こえてきたんだ、あの〈Of ーThese Words I've Tried To Recite / They Are Close, But Not Quite〉というフレーズがね

 

――サンファは2017年のマーキュリー・プライズを受賞して、今のUKを代表するソウル・シンガーに登りつめた印象ですが、どんなところに惹かれますか?

「彼はスムーズにそつなく歌うタイプではなく、どこか不完全なところがあって、そこが実に美しいんだよ。僕のなかでカーティスと繋がったのも、そういう未完成な部分があるからだと思う。そこであの曲を使ってサンプルを作り、そこにドラムをのせたトラックを聴かせてみたら、サンファもそのトラックを気に入り、即興で歌ってくれたんだ」

――サンファと並んで、イベイーの歌声がアルバムの柱となっている印象です。彼女たちの作品でプロデューサーも務めたあなたは、この姉妹のどんなところに魅力を感じているのでしょう?

「あの深いスピリチュアリティーだね。彼女たちはまだ若いのに、スピリットは古風で成熟していて、ヴェテランのような精神性を生まれつき備えている。それに、僕のなかではシンガーというより、バンドをプロデュースしている感覚に近いんだ。イベイーは自分たちのサウンドを持っているからね。まずヴォーカル・ハーモニーがあって、それにナオミはカホーンやバタといったパーカッションを叩き、リサはキーボード/ピアノを弾いている。やろうと思えば、それだけでアルバムを1枚作ることもできるだろう。でも彼女たちは、サンプリングやエレクトロニクス、シンセサイザーにも強い関心を抱いている。だから、一緒にスタジオに入ると探究してみたい事柄がいくらでも出てくるし、彼女たちのほうも、スタジオで作業するプロセスをとても楽しんでくれるんだ」

 

カマシ・ワシントンは本物のリーダー、とんでもない存在

――シドがサンファと一緒に歌う“Show Love”も印象的なナンバーです。彼女の参加はどういった経緯で実現したのでしょう? 

「まずはもともと、ジ・インターネットの『Ego Death』(2015年)が大好きでね。生楽器の組み合わせ方も秀逸だし、ジャズやソウルの影響も取り入れたファンタスティックなアルバムだと思う。それに僕は、彼女がオッド・フューチャーでDJをやっていた頃からの知り合いだった。XLは彼らの初期に一緒に仕事したことがあって、タイラー・ザ・クリエイターのアルバム(2011年作『Goblin』)を出したりしていたから。あのグループは強烈な個性派集団だったわけだけど、そのなかでシドは〈落ち着いた存在〉だったというか」

――はいはい(笑)。

「“Show Love”に関してはビートが出来上がっていたから、ツアーでロンドンを訪れたときに聴かせたところ、彼女も気に入ってくれた。ただ、サンファは最初の時点ではあの曲に絡んでなかったんだよ。ただ、先に録ったシドのパートが素晴らしい出来だったから、それでサンファにも〈試しに歌ってみて〉とお願いしたんだ。その結果、あの両者がデュエットすることになった。とてもラヴリーな曲になったし、あの二人のコンビネーションは本当に美しいと思うよ」

――ジ・インターネットと同じく、LAのシーンが生んだカマシ・ワシントンの参加も大きいですよね。彼がヤング・タークスに移籍したと聞いたときは驚きました。

「彼がどれだけ重要な存在なのか、僕もようやく気付いてさ(笑)。もちろん、彼がブレインフィーダーから発表した『The Epic』(2015年)はよく聴いていた。さらにあの作品を知って以来、ジャズの世界でどれだけ面白いことが起きているのかを発見して、ジャズ・ミュージシャンによる音楽をたくさん聴くようになった。しばらくの間、〈ジャズから新しいものは何も聴こえてこない〉という状態が続いたわけだけど、今日のジャズは活気のあるシーンを形成しているよね。カマシはそんな新しいムーヴメントのリーダーだと思うし、アルバムに迎えられたのは素晴らしいことだよ」

――カマシとは、どのように知り合ったんですか?

「イベイーがツアー中にアメリカで彼と知り合ってね。彼女たちが(ロンドンの)スタジオに戻ってきた時に〈カマシ・ワシントンって聴いたことある?〉と訊いてきたんだ。〈ああ、知ってるよ〉と答えたら、〈素晴らしいから絶対に会わないと!〉と言われてね。それで会ってみたら、彼はもう本物のリーダーというのか……とんでもない存在だったよ。というわけで、彼がロンドンを訪れた際にスタジオにも招待したんだ。そこで彼にアルバムをプレイバックしたところ、“She Said”と“Mountains Of Gold”を選んでプレイしてくれた。彼があの2曲で聴かせてくれたサックス・プレイは、とにかくセンセーショナルだったよ」

――その“Mountains Of Gold”も本作のハイライトですよね。ここでは、グレイス・ジョーンズの“Nightclubbing”が効果的にサンプリングされています。

「“Nightclubbing”は僕にとって、いろんな歴史が詰め込まれた曲なんだ。アイランド・レコードの創始者であるクリス・ブラックウェルがプロデュースした曲であり、スライ&ロビーが演奏を担当していたことから、レゲエのフィーリングも伴っている。それにあの曲はカヴァー・ヴァージョンで、オリジナルを歌っているのはイギー・ポップで、作曲したのはデヴィッド・ボウイだよね。それに、グレイス・ジョーンズ本人も先駆的なアーティストで、人種やジェンダーの見せ方を含めた彼女の自己演出は、インターネット以前の時代においてとても未来的だった。そういう歴史的な観点から言っても、このサンプリングはかなり強力だと思うけど、さっきも話したように、ただ単純に響きが良かったから使うことにしたんだ」

――同曲のミュージック・ビデオには、カマシやイベイー、サンファに加えて、大御所のクインシー・ジョーンズも参加しています。

「〈あの曲に参加している全員が、たまたま1日だけ揃ってLAにいるみたいだ〉と、ベン(・ベアーズワース/XLのマネージング・ディレクター)に教えてもらってね。さらに彼は、〈君もLAに渡って、彼らを撮影するべきだ〉と提案してきて、そこで僕も閃いたんだ。LAにはあれだけ音楽関係者が暮らしているわけだし、僕らのヒーローを撮影現場に招待してみるのはどうだろうって。それでさっそくリストを作ってみて、誰かがやって来るのを待っていたら、一人だけ現場に来てくれた。それがクインシー・ジョーンズだったんだ」

――まさかの(笑)。

「そのリストのなかで、他の誰よりも〈来るはずがないだろう〉と思っていたのが彼だったんだから驚いたよ。でも、クインシーは現場でも良いエネルギーを発していたし、やっぱりヒーローだったね。それに彼は魚座なんだよ。リー・ペリーやボビー・ウーマック、それにデーモン・アルバーンもそう。僕自身も魚座なんだけど、思えばたくさんの魚座たちと仕事してきたな」

 

僕たちは眼や耳を通じて〈今〉を撮影し、記憶を生み出している

――デーモンのソロ作『Everyday Robots』(2014年)に、あなたも共同プロデューサーとして大きく携わっていましたよね。ゴスペルの影響を感じさせる作風は、EIRとリンクする部分も少なくないように思います。

「確実にそうだね。このアルバムの大きなインスピレーション源だと思うよ。というのも、デーモンは恐れ知らずの作り手だからね。多作家でクリエイティヴだし、音楽を生み出す行為を大いに楽しんでもいる。デーモンからは本当にたくさんのレッスンを受けたし、とても感謝しているんだ。それに、今回のアルバムにおけるテーマのうちいくつかは、『Everyday Robots』の中で探究し始めたものだった。その始まりとなったのが、あのアルバムに入っている“Photographs(You Are Taking Now)”という曲で、タイトルにも付けられたフレーズは、僕が持ち込んだティモシー・リアリーのヴォイス・サンプルから取ったものだ。〈これは貴重な瞬間です。あなたが今こうして撮影している写真のことを意識しなさい〉というフレーズなんだけど、僕たちは自分の眼や耳を通じて〈今〉を撮影している、そうやって記憶を生み出しているわけだよね。『Everything Is Recorded』という作品もまた、それと同じテーマを探っているんだ」

――今は多くの人々が、自分の人生の何もかもを記録していますしね。

「ああ、そうだよね。新しい機械が色々とあるし、それらを使ってあらゆるものを記録している。でも同時に、僕らは昔から変わらない、同じ機械で記録を作ってもいるんだよ。眼、そして耳といった感覚器を通じてね」

――このプロジェクトは、今後どのように発展していく予定ですか?

「これからも続いていくし、もう次のレコーディングも始まっているんだ。そうやって作業を続けていくうちに、どこかの時点で新しい物語をクリエイトしたくなるであろうこともわかっているし、そうなったら音楽を選んで、それをレコーディングし、そのストーリーを語ると。まあ、とにかく続けるのみだよ」

 

『Everything Is Recorded By Richard Russell』 Pt.2
エヴリシング・イズ・レコーデッドが描く音楽地図―多岐に渡った参加ミュージシャンをプレイリストでお届け!