昨年、デビュー作のリリース40周年を記念しリイシュー盤が続々とリリースされ、大きな話題となったスロッビング・グリッスル。インダストリアル・ミュージックの始祖であり、音楽シーンのみならずその後のカルチャーやアートに多大な影響を与え続ける伝説のバンド、その創設メンバーでありサウンドの要であったクリス・カーターが、このたび17年ぶりのソロ・アルバム『Chemistry Lessons Volume One』をリリースした。ここでは本作について、〈リアル・インダストリアル・ライター〉の持田保、ライター/編集者の近藤真弥の2人によるクロス・レヴューを掲載する。 *Mikiki編集部

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CHRIS CARTER Chemistry Lessons Volume One Mute/TRAFFIC(2018)

 

いつの時代も歴史を動かすのはカーターのような存在

〈お前の女房と別れるか、それとも俺たちスロッビング・グリッスル(以下、TB)のメンバーになるか、どっちか決めい!〉そうジェネシス・P・オーリッジに脅されて75年にカタギの世界から決別し、インダストリアル・ミュージック界に身を投じたクリス・カーターは、タンジェリン・ドリームとアバ、そしてアシッドを愛するごくごく普通の家庭持ち電気技師だった。ジェネシスを筆頭にアクの強すぎるTGの他メンバーに比較し、一見あまりにも地味すぎるキャラのカーター。しかし彼の電子機器メカニック能力がなければTGは単なるどマイナーなアヴァンギャルド・グループのままであったし、アバを素材としたTG大名曲“AB/7A”※1も生まれなかった。さらにいえば妻と別れさせられたカーターがジェネシスから愛人コージーを略奪しなければTGの緊張感は成り立ちえなかっただろうし、略奪されボロボロになったジェネシスの自殺未遂騒動の顛末をつづった泣き泣きナンバー“Weeping”※2(いつ聴いても泣ける!)も誕生しなかった。さらにさらにダメ押しでいえばカーターによる改造ワスプ・シンセがウィリアム・ベネット(現カットハンズ)の手に渡らなければホワイトハウスは生まれず、それはつまりノイズやパワー・エレクトロニクスというジャンルが成立しなかったことを意味する。何てこったい!

※1、2 共に78年作『D.O.A: The Third And Final Report Of Throbbing Gristle』収録

このように、いつの時代も歴史を動かすのはカーターのような〈実務能力に長けた〉〈ヤる時はヤる!〉存在だと思い知らされるばかりだが、そんな彼の久々(17年ぶり!)のソロ・アルバム『Chemistry Lessons Volume One』の飄々としたたたずまいは何としたことか。クリス&コージーからカーター・トゥッティ名義に変更以降、アンビエント寄りの作風が目立ったカーター関連作品だったが、ここではかつてのプリミティヴ・テクノ・ポップ路線を現代にアップデートさせた音世界を展開。しかもデジタルの彼方を浮遊するかのようなケミカル感満載の唄世界を淡々と展開させていて、個人的にはマーティン・レヴ(スーサイド)の96年傑作ソロ『See Me Ridin’』を彷彿とさせる素晴らしい内容。

2017年に出版された相方コージー・ファニ・トゥッティによる自叙伝「Art Sex Music」(TGファンはもとよりアートとフェミニズムを考えるうえで必読!)も話題の現在、カーター自身のソロのみならずカーター・トゥッティとしての新たなる動向をも予感させる一枚となっている。 *持田保

 

〈デジタル・アシッド・フォーク〉と形容したくなるフィーリング

筆者にとって、インダストリアル・ミュージックの開拓者として知られるスロッビング・グリッスルは、とても身近なバンドだ。2000年代のポスト・パンク・リヴァイヴァル、さらにはブラッケスト・エヴァー・ブラックやモダン・ラヴといったレーベルを旗頭とした2010年代のポスト・インダストリアル・ブームなど、さまざまな動きのなかでTGの功績を振り返る機会に恵まれたからだ。もちろん、そうしたムーヴメントとは別のところで、常に熱狂的な支持者がいるタイムレスなバンドなのは言うまでもない。でなければ、デビュー・アルバムから40周年を記念したリイシュー・シリーズが企画され、その第一弾として『The Second Annual Report』『20 Jazz Funk Greats』『The Taste Of TG』の3作品が去年再発されることもなかったはずだ。

このように、時代を越えて多大な影響力を見せつけるTGだが、その中心人物であるクリス・カーターが17年ぶりのソロ・アルバム『Chemistry Lessons Volume One』を発表した。クリス曰く、本作は60年代の電子音楽に加え、イギリスの古いフォーク・ミュージックにも影響を受けたそうだ。確かに、徹底的に磨き抜かれたハイクオリティーな電子音が作品全体を覆う一方で、“Cernubicua”や“Ghosting”ではブルース・ハークやウェンディ・カルロスを彷彿させるチージーな歌声が聴こえたりと、随所で偉大な先達の影がちらつく。

フォーク・ミュージックの要素をもっとも感じられるのは、“Time Curious Glows”だろうか。荘厳でサイケデリックなサウンドスケープに艶かしい声が交わるこの曲は、アルアイレ奏法により奏でられたギターを連想させる音が聴こえるのだ。当然それは本物のギターではなく電子音だが、言うなれば〈デジタル・アシッド・フォーク〉と形容したくなるフィーリングを醸しており、シナンセシアやドクター・ストレンジリー・ストレンジなどの英国アシッド・フォーク勢が一瞬頭に過った。

また、“Nineteen 7”や“Durlin”のビートが80年代エレクトロなのも興味深い。ここ数年、カルティヴェイテッド・エレクトロニクス(Cultivated Electronics)やセントラル・プロセッシング・ユニット(Central Processing Unit)などのレーベルが中心となって、エレクトロ再評価が盛り上がっている。その影響は、ペギー・グー“Han Jan”(2018年)やバイセップ“Kites”(2017年『Bicep』)といった新世代アーティストの曲にも見いだせるが、それと同じことが本作にも当てはまる。クリスからすれば、クリス&コージーでもやっていた謂わば手癖に近いビートかもしれないが、それを知らない若いリスナーにとってはモダンなセンスに映るだろう。 *近藤真弥

 


持田保
工場労働者兼ライター業に勤しむ半身文筆家。変性意識と神秘主義そして音楽の関わりを探求する運動体〈あなたの聴かない世界〉代表。秘密結社BARDS TOKYO構成員にして異端音楽イベント盤魔殿レギュラーDJ。著書インダストリアル・ノイズ専門ディスクガイド『INDUSTRIAL MUSIC FOR INDUSTRIAL PEOPLE!!!』DU BOOKSより発売中! https://twitter.com/clearbody

近藤真弥
88年生まれのライター/編集。COOKIE SCENE編集部に在籍していましたが、今はフリーで活動中。魅力的な雑音を紡いでいきたいです。主な仕事は〈masayakondo.strikingly.com〉にまとめております。ぜひとも! https://twitter.com/masayakondo