とりたてて歌が上手いわけでも美声でもないのに、一種の独特な魅力に惹かれてしまうシンガーが稀にいるが、僕にとってトレイシー・ソーンはその筆頭かもしれない。ホリデイ作品やベスト盤を挿んで8年ぶりに登場したこのオリジナル・アルバムは、近作のアコースティック路線からシフトしてイワン・ピアソンによる80sニューウェイヴ・ディスコ風のプロダクションが施され、全編が煌びやかなサウンドで彩らている。もっとも曲調がどうであれ、アンニュイさのなかに強い意志を秘めた個性的な歌声が、眩い存在感を放っていることは言うまでもない。本人も〈昼間に聴く作品にしたかった〉と語る通り開放的なアップが多く、なかでも注目すべきは8分半にも及ぶ“Sister”か。ウォーペイントのリズム隊とコリーヌ・ベイリー・レイをゲストに迎えた同曲は、リジー・メルシエ・デクルーにも通じるドープなアブストラクト・ファンクな逸品に。また、享楽主義のクラブ讃歌とも言うべき“Dancefloor”で本編を締め括る感じも心憎い。