Page 2 / 4 1ページ目から読む

抑えた感じの色気

 そこで重要なのが4つの世界を貫く歌声だ。最近ヴォイス・トレーニングを受けている前野は、そこで学んだ技術を駆使。表現力を増した歌声で、それぞれの曲にフィットしたヴォーカルを披露している。

 「今回は感情より、そのサウンドに合った声の響きを意識しました。たとえば、声量は曲によって結構変えています。“いのちのきらめき”なんて、ほとんどウィスパー・ヴォイスだし。あと、ヴォイトレで低い声を出せるようになったのも嬉しかった。喋るように歌えるようになったんです。“防波堤”なんて理想的なヴォーカルだと思いましたね」。

 それでも、思わずいつも通りに力一杯歌おうとして、プロデューサーから「もっと抑えて」と言われたこともあったとか。「やっぱり自我が出てくるというか」と前野は苦笑いするが、「でも、これまでは自分を表現することばかり考えてリキみすぎてた気がします」と振り返る。そんなふうに、ヴォーカルに対する意識が変化した背景には何があったのか。

 「『ハッピーランチ』以降、歌の好みが変わってきたんです。これまではシンガー・ソングライターものが好きだったのが、最近は歌謡曲的なものというか、歌の抑えた感じの色気に惹かれるようになったんです。そういう大人な仕事がカッコいいなって。だから歌詞も少し変わりましたね。難しい言い回しが減ったと思います。もっと言葉を開いて(わかりやすくして)も良いんじゃないかと」。

 もちろん、前野がめざしているのは昭和歌謡のリヴァイヴァルではない。しっかりと作り込まれた、現代の日本のポップソングを作ること。そんな大きな目標に向かって彼が歩みはじめたことは、アルバム・タイトルからも伝わってくる。

 「僕は日本語の歌しか作れないので、洋楽をなぞっても仕方ないんです。日本語でやる以上、日本の情緒が持ち味にならないといけないと思っていて。あと、年相応の40代の歌ものをやりたいんです。いい歳してダンスなんて踊れないし、大人の色気を感じさせる歌があっても良いと思うんですよね」。

 シンガー・ソングライターというイメージを脱却して、ヴォーカリストとしての魅力を放ちはじめた前野健太。いつの日か、紅白歌合戦のステージに立つ彼の勇姿を妄想しながら、この艶やかな歌にたっぷりと浸りたい。

関連盤を紹介。

 

前野健太の近作。

 

『サクラ』に参加したアーティストの作品を一部紹介。