いい時間リターンズ。ただただ素晴らしい作品をごくごくマイペースに届けてきた、聴く者の心をゆらす才人の新作は、今度も極上のひとときを約束してくれる……

 その心がゆれる時があるとすれば、彼の楽曲にゆったり身を浸すひとときもその最良の一瞬に他ならない。文句なしの傑作として愛されている2012年の『ひとつになるとき』から6年、EVISBEATSのニュー・アルバム『ムスヒ』は新たな極上の〈いい時間〉を約束してくれる。限られたライヴ活動を除けばあまり表に出てくることもない彼だが、その最大の魅力は、根源的なグルーヴの心地良さと歌心をピースフルなヴァイブで満たした、緻密にして大らかなソング・クラフトそのものだ。

EVISBEATS ムスヒ AMIDA STUDIO(2018)

 沖縄からインドに至るまで多彩なアジアのトラディショナルを下地にしたネタ選びの妙もあり、その登場時から定評のあった彼のカラフルな音作りは、往年のジャジー・ヒップホップや最近のシティー・ラップ文脈における洒落た佇まいともリンクするのはもちろん、ソウルやジャズなどの洗練性やメロウネスを転用して〈ブラック・ミュージック〉コンシャス化した昨今のインディー・リスナーにも発見されるべきものだろう。何より、田我流をフィーチャーした“ゆれる”(2012年)は、往年の七尾旅人×やけのはら“Rollin' Rollin'”(2009年)からtofubeats×オノマトペ大臣“水星”(2012年)、近年のSTUTS×PUNPEE“夜を使いはたして”(2016年)に至るまでの、ライフサイズ&リリカルなアーバン・メロウの究極形として広く親しまれたのも彼の名前を大きくした。

 逆に言えば、その“ゆれる”などで新たなリスナー層に広く魅力を知らしめたのは間違いないし、そうでなくても時代が一巡り以上しているわけで、EVISBEATSの出自を知らない人も多くなっているだろう。もともと奈良出身の彼はラッパーのAKIRAとしてOHYAとNOTABLE MCを組み、大阪から台頭した韻踏合組合の一員として表舞台に登場(トラックメイクの際は当初Bamb!aを名乗っていた)、2004年にグループを脱退してEVISBEATSとして作曲/プロデュース活動を開始している。AMIDA名義でマイクを握りつつ、KREVAやSHINGO★西成をはじめ、般若やRHYMESTER、ET-KING、BASIらにトラックを提供して名を上げてきた。それらの成果(の一部)はこのページにズラリと紹介している通りだ。一方、ソロ名義作としては自身のAMIDA STUDIOより初作『AMIDA』(2008年)と先述の『ひとつになるとき』をリリース。オリジナル・アルバムという意味では寡作にも思えるが、インスト集やミックスCDの自主リリースはコンスタントに続けており、近年はそれらに収めたエクスクルーシヴ曲を7インチでシングル・カットするなど、さまざまな角度からミュージック・ラヴァーの心を掴んできた。

 そしてこのたび、先行7インチ『夢の続き/HELLO』を受けて届けられるのがサード・アルバム『ムスヒ』だ。耳慣れない表題は〈産霊(むすひ)〉のことで、生命あるものを産み出し作り出す行為のことだそう。まさに“ゆれる”の続きとして田我流を迎えた話題曲“夢の続き”をはじめ、人懐っこい気質がどこか通じ合う手合わせとなった“オトニカエル”のLIBRO、さらには2曲にアーシーな歌唱を挿入するCHAN-MIKA、すっとぼけたようなループの楽しさとマッチした“作ってあそぼ”の鎮座DOPENESS、たおやかな“めばえ”に生命力を注ぎ込むPhokaといった声のゲストを要所に迎え、制作パートナーの前田和彦、PUNCH&MIGHTYでも活動を共にするMICHEL☆PUNCH、初作から作詞に携わってきた伊瀬峯幸(神社の神主で、元RAGING RACINGのラッパー)という馴染みの面々が助力している。

 そこはかとない陽気なエキゾティシズムと横町感覚に溢れた優しい音と言葉の響きは、これまでの作風と同じく祝祭的な鮮やかさと懐かしい歌心を備えたもの。気難しい戒律ではなく、日常に即した心の置きどころとしての大衆的なスピリチュアル感覚も濃厚で、アミニズムや自然崇拝に通じる……と大袈裟に言う必要もなく、そこに横たわるのは穏やかな日常を良しとする美意識と言い換えてもいいだろう。より良い日々をより気安く生きるための美しいサウンドトラックとして、この『ムスヒ』は優しい夢の続きを見せてくれるはずだ。

『ムスヒ』に参加したアーティストの作品を一部紹介。