COLUMN

葛飾北斎とウェス・アンダーソン ―世界の〈日本化〉(人間の〈動物化〉)が進行する現在にあって、二人の孤高のアーティストが〈平面〉における邂逅を果たす

Exotic Grammar Vol.56-2

「凱風快晴」 Documentary film and guide to exhibition film © British Museum
BIG COMIC Manga images in documentary © Shogakukan

世界の〈日本化〉(人間の〈動物化〉)が進行する現在にあって、二人の孤高のアーティストが〈平面〉における邂逅を果たす。

 渋谷のスクランブル交差点で盛んに写真や動画を撮影する外国人観光客が出没しだした頃、こうして世界は日本化していくのか……と少しばかり複雑な感慨を覚えた。もっともこれは僕のように一定の年齢を重ねた人間ならではのものだろう。80年代後半に初めてヨーロッパを旅した僕は、当時ステレオタイプ化していた〈日本人〉に何度か出くわした。たとえば、ローマのトレビの泉に日本人の団体が現れ、後ろ向きにコインを投げる定番の儀式を一通り済ますと、またぞろぞろその場を後にする。もちろんその間、彼らは写真を撮りまくることに忙しかった。まだ若かった僕の目に、正直、日本人団体観光客は〈愚か〉に映ったが、ここでの〈愚かさ〉は必ずしも悪口ではない。予想以上の出来映えだったウェス・アンダーソンの最新作「犬ヶ島」を見ながら、僕の脳裏を何度かよぎり、この文章でも大いに参照するアレクサンドル・コジェーヴによる「ヘーゲル読解入門」(上妻精、今野雅方訳)での記述に従えば、世界の日本化は人間の〈動物化〉(〈愚鈍化〉?)であり、68年の時点でコジェーヴはこんな予言的言葉を残している。「最近日本と西洋社会との間に始まった相互交流は、結局、日本人を再び野蛮にするのではなく、(ロシア人をも含めた)西洋人を〈日本化する〉ことに帰着するであろう」。

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

 「犬ヶ島」の設定を簡単に説明しておこう。近未来の日本では犬インフルエンザなる病が流行し、メガ崎市の市長は、人間への感染を回避すべく、あるゆる犬を犬ヶ島へと追放する。一方、両親を亡くした孤児でいまは市長の養子である、12歳の少年アタリは、愛犬との再会を期して小型飛行機で、単身、犬ヶ島に乗り込み、そこで出会った5匹の犬と冒険を共にする……。こうした映画が十月革命を機に祖国を離れた亡命ロシア人による「精神現象学」への注釈を連想させるのはなぜなのか。

 ヘーゲルにとって人間は〈所与〉(自然に与えられたもの)を否定する存在であり、対象に対立する〈主観〉が人間を〈本来の人間〉足らしめる。人間がそんな〈本来の人間〉を止めると〈歴史の終焉〉に至るが、それは〈世界の終焉〉ではない。自然は人間の誕生以前からあり、消滅後も存続するからだ。〈歴史〉とは、人間による〈所与〉の否定の積み重なりであり、戦争や革命、人間と人間、人間と自然の命を賭した戦いの連鎖であった。だから〈ポスト歴史〉において人間は、もはや自然を否定する存在としてではなく、自然と調和した動物として生き続けるだろう……。

 こうした(ヘーゲル=)コジェーヴの議論は、第二次世界大戦後の世界を規定してきた冷戦構造の終焉の際に脚光を浴びた。イデオロギー対立や東西ブロック間の戦争の危機が過去のものとなることで、世界は〈ポスト歴史〉に突入し、戦争や革命に煩わされることのない〈空間的自然〉のうちに人間は幸福をむさぼることになる……と。むろん、こうした主張はアメリカの保守派イデオローグによる呑気な〈勝利宣言〉に過ぎず、その後の世界で頻出した戦争や内戦、テロなどを見るまでもなく明らかに誤りであった。ただ、コジェーヴによる〈歴史の終焉〉をめぐる議論のなかで不意に登場する日本は、「犬ヶ島」での日本と無縁でないように思う。

 1946年の時点でコジェーヴは、「人間が動物性に戻ること」を「将来の可能性」としたが、後に発表された第二版では「すでに実現された確実性」であると考えを改めた。そうした見解に到達する背景として、アメリカ合衆国で未曽有の豊かさを享受しつつあった「アメリカ的生活様式」との出会いがあり、彼はそれを「ポスト歴史の時代に固有の生活様式」と見なした。そして、59年の日本への旅が彼にさらなる衝撃を与える。「おそらく、日本にはもはや語の〈ヨーロッパ的〉或いは〈歴史的〉な意味での宗教も道徳も政治もないのであろう。だが、生のままのスノビズムがそこでは〈自然的〉或いは〈動物的〉な所与を否定する規律を創り出していた。……能楽や茶道や華道などの日本特有のスノビズムの頂点(これに匹敵するものはどこにもない)は上層富裕階級の専有物だったし今もなおそうである。だが、執拗な社会的経済的不平等にもかかわらず、日本人はすべて例外なくすっかり形式化された価値に基づき、すなわち〈歴史的〉という意味での〈人間的〉な内容をすべて失った価値に基づき、現に生きている」。こうした記述が現に日本で生きる僕らと具体的にどんな関係があるかは疑問だが、要するにコジェーヴは、ポスト歴史の〈人間〉のモデルを日本の〈純粋なスノビズム〉に見出そうとする。ポスト歴史において人間は、〈本来の人間〉(西洋人?)が信じた意味での宗教や道徳、政治を手離すことと引き換えに、茶道や華道に興じながらの(?)永遠の平和を生きるのだ。

©2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

 しかし、「犬ヶ島」の日本人にはそんな平和が耐えられない。彼らは犬を排除し、否定することで政治を再開させる(私たちは動物ではなく彼らが動物である……)。これまでもアンダーソンの映画では、〈ポスト歴史〉を生きる存在が描かれてきた。たとえば、「グランド・ブタペスト・ホテル」(2014年)の物語は、20世紀の中央ヨーロッパを舞台としながらもポスト歴史の世界で展開される。豪華ホテルはすでに終わってしまった時代の名残に過ぎず、主人公の優秀なコンシェルジェはそうした世界を幻影として維持する才覚に恵まれる。〈素敵な廃墟〉であるホテルは「すっかり形式化された価値」であり、それに基づき生きることが彼らの〈規律〉なのだ。「犬ヶ島」はアンダーソンにとって「ファンタスティックMr.FOX」(2009年)以来の2本目のストップモーション・アニメ作品であり、両作に共通して見られるのは主要キャラクターである動物と人間の戦いである。「ファンタスティックMr.FOX」の主人公のキツネは、かつて家畜を人間から盗み生きていたが、結婚と子どもの誕生を機にまっとうな仕事に就いていた。しかし、彼は〈野生動物〉であった自分が忘れられない。平穏無事な生活に満足できず、人間からの盗み(戦い=政治)を再開する。しかし、彼の〈野生動物〉との自負は幻影であり、彼が憧れを抱くオオカミこそ、正真正銘の〈野生動物〉なのだ。アンダーソン的なポスト歴史では、人間が〈本来の人間〉でなくなるばかりか、動物も〈野生動物〉に戻れない。人間の〈動物化〉と動物の〈人間化〉が表裏一体で進むなか、「犬ヶ島」の人間と犬は共存を受け入れ、スノビズム的な平和を享受できるのか?

 ところで、日本はいつから〈ポスト歴史〉にあるのか。コジェーヴが注目するのは、「どのような内戦も対外的な戦争もない生活を経験した唯一の社会」であった鎖国期の日本である。アンダーソンが「犬ヶ島」の製作に当たって参照したとする葛飾北斎は、そんなパクス・トクガワーナ(徳川の平和)の後期を生きた画家である(映画では北斎作品のパロディや〈北斎ビール〉なるブランドが見られる)。北斎の仕事が「日本特有のスノビズム」に連なるかどうかはともかく、彼の絵画を前に西洋が〈これに匹敵するものはどこにもない〉と感じたことだけは確かだ。コジェーヴによるポスト歴史の人間のあり方をさらに引用しよう。「人間的であり続けるためには、〈所与を否定する行動や誤謬〉が消滅するとしても、人間は〈対象に対立した主観〉であり続けねばならない。これはつまり、ポスト歴史の人間は以後自己にとっての所与をすべて十全に語りながらも、[これにより]〈形式〉をその〈内容〉から切り離し続けねばならないという意味になる」。おそらく北斎は自然という〈所与〉を「すべて十全に語りながらも」、〈形式〉を〈内容〉から切断する〈主観〉を維持し、その〈形式〉が古今東西のアーティストに影響を及ぼし続けるのだ。アンダーソンと北斎のあいだで、形式化への意志が共有される。大英博物館で昨年開催された展覧会に伴い製作されたドキュメンタリー映画でデイヴィッド・ホックニーは、「北斎は平面上において、あらゆるものは抽象であると見なした」と語る。フラットな表面に置かれるもの、それらすべてが抽象である……。これは、ウェス・アンダーソンの映画作りにおいて掲げられるべき原理でもあるだろう。

 


葛飾北斎(Hokusai Katsushika)【1760-1849】
江戸時代中期~後記の浮世絵師。勝川春章に入門し、勝川春朗と号して役者絵を発表。のち狩野派、住吉派、琳派、さらに洋風銅版画の画法をとりいれ独自の画風を確立。代表作として、各地から望む富士山を描いた「冨嶽三十六景」や、「北斎漫画」などがある。ゴッホやモネら海外の画家にも影響を与えたとされる。

 


ウェス・アンダーソン(Wesley Anderson)
69年、アメリカ・テキサス州ヒューストン生まれ。映画監督、映画プロデューサー、脚本家、俳優。2014年の「グランド・ブダペスト・ホテル」は、第64回ベルリン国際映画祭のオープニング作品として上映され、銀熊賞を受賞。主な作品に、「ライフ・アクアティック」「ダージリン急行」「ファンタスティック Mr.FOX」など。

 


寄稿者プロフィール
北小路隆志(Takashi Kitakoji)

京都造形芸術大学 映画学科教授。映画批評家。新聞、雑誌、劇場用パンフレットなどで映画批評を中心に執筆。主な著書に「王家衛的恋愛」、共著に「エドワード・ヤン 再考/再見」、「アピチャッポン・ウィーラセタクン―ー光と記憶のアーテイスト」などがある。

 


FILM INFORMATION

「大英博物館プレゼンツ 北斎」
監督:パトリシア・ウィートレイ
出演:デイヴィッド・ホックニー/ティム・クラーク/他
配給:東北新社(2017年 イギリス 87分)
◎YEBISU GARDEN CINEMAほかにて絶賛公開中!
http://hokusai-movie.jp/

 

「犬ヶ島」
監督:ウェス・アンダーソン
音楽:アレクサンドル・デスプラ
ボイスキャスト:ビル・マーレイ/ジェフ・ゴールドブラム/エドワード・ノートン/ハーヴェイ・カイテル/ティルダ・スィントン/F・マーレイ・エイブラハム/ボブ・バラバン/フランシス・マクド―マンド/野村訓市/スカーレット・ヨハンソン/グレタ・ガーウィグ/ブライアン・クランストン/リーブ・シュライバー/ランキン・こうゆう/オノ・ヨーコ/渡辺謙/村上虹郎/夏木マリ/野田洋次郎/ほか
配給:20世紀フォックス〈2017年 アメリカ 101分〉
◎5月25日(金)全国ロードショー
http://www.foxmovies-jp.com/inugashima/

 

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