SERIES

【連載:IN THE SHADOW OF SOUL】[第107回]稀代のソングライター、ラモント・ドジャーのシンガーとしての顔

歴史的な名曲を量産したホランド=ドジャー=ホランド

 シンガーとしてのラモント・ドジャーにスポットを当てるということは、すなわちホランド=ドジャー=ホランドのプロデューサー/ソングライター・チームとしての功績が説明不要な大前提ということでもある。そうでなくても無造作に〈モータウン風味の~〉〈モータウン・ビート〉などと形容される際、そこで多くの人に思い描かれるメロディーやサウンド・イメージ、コーラス・ワークなどの大半は、H=D=Hの仕事に違いないのではないだろうか。

 エディ&ブライアンのホランド兄弟とラモントはいずれも個々にモータウンのシンガーや裏方として活動しつつ、エディの“Leaving Here”やブライアン&ラモントの“What Goes Up Must Come Down”を発表した63年を区切りに完全に裏方に専念。その共同作業の成果は同年にマーサ&ザ・ヴァンデラス“Heat Wave”のソウル・チャート首位という形で表れ、“Where Did Our Love Go”などシュープリームスの3曲が全米1位に輝いた翌64年に、彼らは名実共にレーベルの看板チームと目されるようになった。

 なかでも名高いのはやはりNo.1街道を驀進したシュープリームスと、それに次ぐ相性の良さを見せて“I Can't Help Myself(Sugar Pie Honey Bunch)”や“Reach Out, I'll Be There”で時代を制したフォー・トップスだろう。そんな満足の度合いは、ラモントが今回の新作『Reimagination』でセルフ・カヴァーしている選曲/曲数からも明らかだ。なお、他に選ばれたのはマーヴィン・ゲイ“How Sweet It Is(To Be Loved by You)”やアイズレー・ブラザーズ“This Old Heart Of Mine(Is Weak For You)”など。過去の『Reflections Of Lamont Dozier』から繰り返し歌っている曲が多い点からも、このあたりの曲が彼自身のお気に入りなのだろう。そんなチョイスのなか、唯一モータウン離脱後/インヴィクタス設立後の作としてUKでより人気の高いチェアメン・オブ・ザ・ボード“Give Me Just A Little More Time”が並んでいるのも、80年代以降のラモントとUKシーンの縁を考えれば興味深い。 *出嶌孝次

関連盤を紹介。

 

次ページラモント・ドジャーの歌うアルバム
pagetop