出口のない迷路のように苦悩がぐるぐると頭のなかを回る。世間からの評価を高めようとも、この男は俯いたままだ。彼が上を向く日は来るのだろうか? 今度の新作にはどんな悲しい物語が描かれているのだろうか?

 昨年に初めて〈フジロック〉へ参加し、今年2月には単独でジャパン・ツアーも行ったファーザー・ジョン・ミスティことジョシュ・ティルマン。彼にとって日本でのライヴは感慨深かったに違いない。それ以前にジョシュが日本でパフォーマンスしたのは、フリート・フォクシーズのドラマーとしてだ。その日本公演を最後に彼はバンドを脱退。ファーザー・ジョン・ミスティと名乗って再出発した。そして、アルバムを発表するごとに評価とセールスを上げ、3作目『Pure Comedy』(2017年)では全米TOP10内へチャートイン。その勢いに乗り、いままででもっとも短いスパンでニュー・アルバム『God's Favorite Customer』がリリースされる。

FATHER JOHN MISTY God's Favorite Customer Sub Pop/BIG NOTHING(2018)

 プロデュースを手掛けたのはジョシュ自身。そして、フォクシジェンのジョナサン・ラドーが多くの曲で音作りに関わっている。近年、ジョナサンは裏方としても注目を集めていて、レモン・ツイッグスやホイットニーといったUSインディーのホープたちのデビュー・アルバムを全面サポート。今回のコラボレーションは、ジョナサンがプロデュースを手掛けたアダム・グリーンの『Aladdin』(2016年)に、ジョシュも客演したことがきっかだったとか。その才能に惹かれたジョシュは、〈一緒にレコーディングしないか?〉と彼に打診。果たしてジョナサンはベース、ギター、キーボードなどプレイヤーとしても腕を振るい、今作で重要な役割を果たすこととなった。

 収録曲の大半は2016年の夏から昨年の冬にかけてNYで書かれており、つまり『Pure Comedy』と並行してジョシュは『God's Favorite Customer』の曲作りを開始。彼は当初、本作のタイトルを〈Pure Comedy2〉にしようと冗談混じりに考えていたようだ。なるほど、シニカルな歌詞を美しいメロディーと丁寧に作り込んだ音飾で彩っていくやり方は前作と地続きのもので、変わらずドラマティックな路線を押し進めている。曲によってオーケストレーションも飛び出す重厚なプロダクションは、さながら〈ファーザー・ジョン・ミスティ劇場の舞台装置〉といったところか。前作よりもアレンジがカラフルでポップになったのは、ジョナサンとのコラボの賜物だろう。また、タイトル・トラックではワイズ・ブラッドがコーラス参加し、美しい歌声で華を添えている点も聴き逃せない。

 若い頃はボニー“プリンス”ビリーやダミアン・ジュラードといったシンガー・ソングライターに憧れていたと語るジョシュ。だが、彼らのようにはなれないと悟り、〈ファーザー・ジョン・ミスティ〉なるキャラクターを演じることで、独自の歌の世界を作り上げてきたわけだ。そんな彼が新作からの先行シングルの曲名を“Mr. Tillman”としているのもおもしろい。ファーザー・ジョン・ミスティとして名声を得た男が、〈本当の自分〉をテーマにして歌う。そのシニカルさがいかにもジョシュらしい。不安定なメロディーが循環し、出口のない迷路をぐるぐる回っているかのように不思議な曲で、そのムードはMVも同じく。ホテルにチェックインした男が、ホテルから出られなくなり、屋上から飛び降りるというシュールな展開だ。

 ちなみに、本作には2か月に渡ってホテル暮らしをしていたジョシュの精神的なダメージが反映されているらしい。その詳細について公表するつもりはないとしたうえで、彼は本作を〈Heartache Album(苦悩のアルバム)〉と表現。初めてポートレートを使用したジャケットもどこか物憂げだ。しかし、だからといって暗いアルバムではない。自分の悲劇を美しい音楽に昇華させるのが彼の得意技。寓話的な歌詞に生々しい感情が隠れていて、壮大なスケールを感じさせながら、ふっと目の前から消えてしまいそうな儚さ、悲しさがこの『God's Favorite Customer』にはある。〈神の良き顧客〉という意味深なタイトルも気になるところだが……神よ、ファーザー・ジョン・ミスティを救いたまえ。そして、この素晴らしい歌に祝福を。

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