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また会いたくなる。淡々と、高田渡の夜

 「まるでいつもの夜みたいに」は、2005年3月27日に行われた高田渡の東京ラスト・ライヴを記録したドキュメンタリー作品である。当然のことながら、筆者はそのライヴを実際に観ていない。けれども、もしかしたらあの晩あの場にいたんじゃなかったっけ? 鑑賞中ずっとそんな思いに駆せられていた。たぶん高田渡のライヴを一度も体験したことがない人であっても、本作と対峙すればそんなことを考えてしまうのではないか。どんな人でも親しくて特別な友だちと過ごすような、まるでいつもの夜みたいに感じてしまう、それこそが高田渡のみが持っている不思議な力だ。

高田渡 まるでいつもの夜みたいに マクザム(2018)

 客が寄り添うように座る狭いライヴハウス、カメラは終始真横におり、普段着のまんまギターを抱えて呟くように歌を紡ぐ姿を映し出していくのだが、“淡々”という大事なリズムを崩さない編集がよい。ゆっくりとギターをチューニングするその姿、名人芸的なMCの数々も味わい深いし、名曲“アイスクリーム”はいつものようにほろ苦い。作品中でも触れられているが、大ヒットした映画「タカダワタル的」が広く評判を呼び、全国各地から熱烈なラヴコールがかかっていた時期のライヴだ。彼の肩に疲れが乗っかっているのをハッキリ目にすることができる。「いまごろ忙しくなりやがって」などとのたまいつつ笑いを取る彼だが、忙しいのがいいというわけではない、ゆとりがあったほうが良い、というMCは正直な気持ちの吐露なのだろう。でもやっぱり急にいなくなってしまうなんてあのとき誰もが予想できなかった。ずっと変わりなくわれわれの近くにいてくれるものだと思っていたから。

 ここには、まるでいつもの夜みたいに、柔らかな闇にスーッと解けていく特別な歌声がある。春の夜風のように軽くて、温かい空気が流れるこの感じ。ほかの何物でもない、間違いなくこれは高田渡の夜だ。なんだろう、今夜も近所のライヴハウスで彼がひとりギターを爪弾いているような気がしてならない。