日本の現代音楽の祭典といえば、サントリーホールサマーフェスティバル!
1987年より毎夏に、20世紀の音楽や最新の作品を紹介するシリーズ・コンサート。今年のプロデューサー野平一郎の新作オペラ、テーマ作曲家のイェルク・ヴィトマンについて、それぞれの作品の演奏をする出演者のお二人に、ここに注目!という視点でご紹介いただきます。

 


ザ・プロデューサー・シリーズ  野平一郎がひらく
オペラ『亡命』~1950年代ヨーロッパを舞台に活躍した作曲家への作曲家・野平一郎の眼差し

松平敬 ©石塚潤一

 いま、日本人作曲家によるオペラがひそかに熱い。

 昨年末には、いま流行りのヴォーカロイド技術を先取りしたかのような三輪眞弘のモノローグ・オペラ『新しい時代』が初演以来17年ぶりに再演され、その先鋭性により佐治敬三賞を受賞した。新国立劇場では2月、世界中で再演を重ねてきた細川俊夫の『松風』が日本初演され、サシャ・ヴァルツの演出も話題を呼んだ。さらに10月には、藤倉大の『ソラリス』の日本初演も控えている。細川、藤倉の両作品のような「逆輸入」プロジェクトだけではない。新作オペラの委嘱から久しく遠ざかっていた新国立劇場も、ようやく重い腰を上げ、来年2月には西村朗の新作『紫苑物語』が初演予定だ。海外に目を向けると、6月、ミュンヘン・ビエンナーレで稲森安太己の新作オペラ『Wir aus Glas』が初演された。この音楽祭で日本人作曲家にオペラを委嘱するのは、細川俊夫の『リアの物語』以来20年ぶりとのことだ。

 このように、日本人作曲家による先鋭的なオペラの上演が群雄割拠する中、サントリーホール・サマーフェスティバルでは、野平一郎の新作オペラ『亡命』が初演される。筆者は、このオペラの主人公である作曲家、ベルケシュ・ベラ役を歌う。オペラというと、オーケストラを伴った大規模な作品をイメージする人が多いかもしれないが、本オペラの器楽パートは、フルート、クラリネット、ホルン、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの6人の奏者のみだ。楽器編成が小振りだから作品としてもささやかなのではないか、と早合点してはいけない。もちろんこの人数では、ワーグナーばりの壮大な音響体を生み出すことはできない。しかし、室内楽編成ならではの繊細な音響と身軽さ、そして親密な音楽表現は、大編成のオーケストラでは実現不可能だ。前述の細川、藤倉、稲森作品においても、一様にオーケストラの規模は小さく、三輪作品においては、そもそも非オーケストラ的な発想から作曲されていることからも明らかなとおり、小編成の器楽パートは、むしろ近年のオペラ作品におけるトレンドと言えるだろう。野平は、ピアノ演奏においても卓越した才能をみせるだけに、ピアノ・パート(藤原亜美)がしばしばソリスティックな活躍を見せるところにも着目したい。さらに、他の器楽奏者たちのいずれもソリスト級の名手ばかりで、充実した歌手陣とのスリリングな共演も見どころとなるだろう。

 本オペラのストーリー(台本:野平多美)についても簡単に触れておきたい。主役のベルケシュ・ベラは、1950年代のハンガリーに生きた架空の作曲家である。彼は、言論や思想の統制が行われていたこの時期のハンガリーからウィーンへ亡命し、新天地で新しい音楽を自由に作曲することを熱望する。そして実際に、その計画は実行に移され、彼は世界的な作曲家として認められることになる。「フィクション」としてこの台本は作られているものの、ベルケシュ・ベラはハンガリーの偉大な先人バルトークへの敬慕の気持ちを歌い、当時、この国で禁じられていたブーレーズ、シュトックハウゼンら、先進的な音楽への憧れを情熱的に表現するなど、実在の作曲家の名前も劇中に登場するため、現実と虚構の入り混じった不思議な世界観が立ち現れる。当然ながらこのオペラの中では、作曲家ベラの、ベートーヴェンからメシアンにいたる作曲家への眼差しが克明に描かれる。そして、このオペラを俯瞰して浮き彫りになるのが、(架空の人物とはいえ同業の)作曲家であるベラに対する、作曲家・野平一郎の眼差しだ。自分の本当に書きたい音楽が書けないベラの抑圧された心理だけでなく、彼の脳内でマグマのように煮えたぎっているであろう新しい音楽の胚芽が、オペラ中でどのように音楽化されるのか、じっくりと耳を傾けていただきたい。

 私事であるが、学生時代、私は野平のスコア・リーディングの授業を受講していた。スコア・リーディングとはオーケストラのスコアを初見で読み取りピアノで演奏する技術を指し、当然ながら高度な読譜能力が必須となる。その授業の中で野平は、ワーグナーやマーラーの入り組んだスコアを正確に読み取るのはもちろん、音符としては直接描かれていない音楽の深淵まで捉えた演奏を披露し、筆者は大きな衝撃を受けた。これは、音楽をとらえる彼の眼の確かさゆえになせる技である。こうした野平の審美眼は、彼が監修する他の演奏会においても発揮されるはずだ。ブーレーズの最高傑作ともいえる『プリ・スロン・プリ』はもちろん、ミュライユ、センドらの近作の日本初演も楽しみだが、個人的に注目しているのはブーレーズ編曲によるラヴェルの『口絵』だ。ちょうど100年前に作曲された2分あまりの小品ながら、ラヴェルらしからぬ実験的な要素に満ちており、ブーレーズの煌めくようなオーケストレーションが、その革新性をいっそう際立たせているからだ。 text:松平敬(バリトン歌手)

 


テーマ作曲家〈イェルク・ヴィトマン〉 サントリーホール国際作曲委嘱シリーズNo.41
ヴィトマン・フリーク旋風、日本にも上陸!

吉井瑞穂 ©Satoko Imazu

 皆さんは『現代曲』と聞いて、何を思い浮かべますか?

 「作曲家がまだ存命で、どちらかと言うと複雑な曲」「実はなんだかよくわからない曲」etc…笑。

 クラシック音楽界での「現代曲」へのアプローチは、世界各国で異なると思います。しかしながら、音楽会のプログラムをトータルで見渡してみると、現代曲を含むそれは、まだまだお世辞にも多いとは言えないようです。聞き慣れた曲、既知の作曲家の曲がプログラムに入っている方が、なんとなくホッとするのからでしょうか?(“自分の買いたい物”がどこに置かれているかを既に判っているスーパーに、自然と足が向いてしまう様な感じ、とでも言えるでしょうか?)

 このような傾向がまだまだ濃くある中、欧州ではイェルク・ヴィトマンさん(1973年~)の曲が好んで演奏され、また彼への委託が絶えない現象が起こっています。

 一体、これはどうしてでしょうか?

 「ヴィトマン流行」だから、皆がそれに“前へ倣え”するのでしょうか?「ヴィトマンさんの曲が良い」と言っておけばとりあえず“安全圏”だからでしょうか?

 私は全くそうは思いません。これは、単なる『自然現象』です。『彼の曲をまた聴きたい! 演奏したい!』と思って、単純に『好きになって』『癖になって』しまうんではないかと思うのです。ヴィトマンさんの自分の楽器のために初めて書かれた曲、《Fantasie für Klarinette》や《弦楽四重奏シリーズ》を聴いたとき、私は「あ!またこの曲聴きたい! そして生演奏でも是非聴きたい!』と即座に反応してしまいました。

 そんな『癖になる』ヴィトマンさんがテーマ作曲家として登場される今回のサントリーホール・サマーフェスティバル。8月25日の《室内楽》で、私は彼のピアノ五重奏でご一緒させて頂きます。(ヴィトマンさん自身、クラリネットを演奏されます!)このピアノ五重奏曲はなんと18楽章(!)から成る大曲です。(かつて、モーツァルトが自分のピアノ五重奏曲KV452を『今まで書いた作品の中で最高傑作』と幸せ一杯に父親レオポルトへ感想を述べた作品と、全く同じ楽器編成)

 初めて演奏する曲なのですが、楽譜を拝見したところ『18個の種類の違うショートムービーで成り立つ一つの映画』という印象を受けました。一見全く異なるコンテンツ同士なのに、一体感があってとても心地よい映画みたいな作品。この作品を演奏するのが、今から本当に楽しみです。

 今回のサマーフェスティバルを通して、ヴィトマンさんの作品を『また聴きたい!』と(私のように)思ってしまう方がきっと続出するのではないかしら? と密かに想像している私です。 text:吉井瑞穂(オーボエ奏者)

 


ザ・プロデューサー・シリーズ 野平一郎がひらく


野平一郎©N.AIDA

オペラ『亡命』
8/22(水)8/23(木)19:00開演(18:20開場)ブルーローズ(小ホール)

◉野平一郎(1953- )オペラ『亡命』(2018)世界初演
○原作:野平多美 ○翻訳:ロナルド・カヴァイエ
上演時間:約90分(英語上演、日本語字幕付)
【出演】野平一郎(指揮)松平敬(Br)幸田浩子(S)鈴木准(T)小野美咲(MS)山下浩司(b-Br)高木綾子(fl)山根孝司(cl)福川伸陽(hr)藤原亜美(p)川田知子(vn)向山佳絵子(vc)

 

フランス音楽回顧展Ⅰ・Ⅱ
《フランス音楽回顧展Ⅰ》
昇華/飽和/逸脱~IRCAMとその後~

8/27(月) 19:00開演(18:20開場)ブルーローズ(小ホール)

◉トリスタン・ミュライユ(1947- )『トラヴェル・ノーツ』(2015)※1日本初演
◉ラファエル・センド(1975- )『フュリア』(2010)※2日本初演
◉フィリップ・マヌリ(1952- )『時間、使用法』(2014)※3日本初演
【出演】
グラウシューマッハー・ピアノ・デュオ※1 ※3(p)
山澤 慧※2(vc)
秋山友貴※2(p)
藤本隆文、安江佐和子※1(perc)
ホセ・ミゲル・フェルナンデス、マキシム・ル・ソー※3(electronics)


ピエール・ブーレーズ ©Universal Edition/Eric Marinitsch

《フランス音楽回顧展Ⅱ》
現代フランス音楽の出発点~音響の悦楽と孤高の論理~

9/1(土) 18:00開演(17:20開場)大ホール

◉モーリス・ラヴェル(1875-1937)(ピエール・ブーレーズ編曲)
『口絵』(1918/2007)日本初演
◉フィリップ・ユレル(1955- )
『トゥール・ア・トゥールⅢ』~レ・レマナンス~(2012)日本初演
◉ピエール・ブーレーズ(1925-2016)
『プリ・スロン・プリ』~マラルメの肖像~(1957-62/89)
【出演】
浜田理恵※(S)
ピエール=アンドレ・ヴァラド(指揮)
東京交響楽団

 


サントリーホール国際作曲委嘱シリーズNO.41
テーマ作曲家〈イェルク・ヴィトマン〉

イェルク・ヴィトマン ©Marco Borggreve

《室内楽》
8/25(土) 15:00開演(14:20開場) ブルーローズ(小ホール)
◉イェルク・ヴィトマン(1973- )
『ミューズの涙』(1993/1996)
『エア』(2005)
『3つの影の踊り』(2013)
弦楽四重奏曲第3番「狩の四重奏曲」(2003)
『エチュード』第1巻(第1~3曲)(1995、2001、2002)
五重奏曲(2006)

 

アフタートーク[ヴィトマン&細川俊夫] 17:00~
【出演】イェルク・ヴィトマン(cl)カロリン・ヴィトマン(vn)キハラ良尚(p)福川伸陽(hr)吉井瑞穂(ob)小山莉絵(fg)
弦楽四重奏:辺見康孝(vn) 亀井庸州(vn)安田貴裕(va) 多井智紀(vc)

《管弦楽》
8/31(金) 19:00開演(18:20開場)大ホール
◉イェルク・ヴィトマン(1973- )
オーケストラのための演奏会用序曲『コン・ブリオ』(2008)
クラリネット独奏のための幻想曲 (1993/2011)
ヴァイオリン協奏曲第2番(2018、世界初演、サントリーホール委嘱)
◉ヤン・エスラ・クール『アゲイン』(2018、世界初演)
◉ウェーバー:クラリネット協奏曲第1番 ヘ短調 作品73 (1811)
【出演】
イェルク・ヴィトマン(指揮,cl)
カロリン・ヴィトマン (vn)
東京都交響楽団

 


第28回芥川作曲賞選考演奏会
8/26(日) 15:00開演(14:20開場)大ホール

第26回芥川作曲賞受賞記念サントリー芸術財団委嘱作品
◉ 渡辺裕紀子(1983- )『朝もやジャンクション』(2018)世界初演

第28回芥川作曲賞候補作品(50音順/曲順未定)
◉ 岸野末利加(1971- )『シェーズ・オブ・オーカー』(2017)
◉ 久保哲朗(1992- )『ピポ - ッ - チュ』~パッセージ、フィギュア、ファンファーレ~ (2017)
◉ 坂田直樹(1981- )『組み合わされた風景』(2016-17)
【出演】杉山洋一(指揮) 新日本フィルハーモニー交響楽団

○候補作品演奏の後、公開選考会(司会:伊東信宏)
○選考委員:鈴木純明、野平一郎、菱沼尚子(50音順)


左から、渡辺裕紀子、岸野末利加 ©Alfred Jansen、久保哲朗、坂田直樹