「私はずっとあらゆる面で境界を壊したかった。音楽でも他の人がやっていることはやりたくないし、バリアを壊したいの」。

 目を惹かずにはいられない、往年のピンナップ・ガール的なアメリカン・ビューティー、ビービー・レクサ。そんなファビュラスな見た目もあってヴィジュアル先行とも誤解されそうだが、変幻自在なヴォーカルの魅力とソングライティングの実力を裏付けとして貫かれてきたそのボーダレスな志向は、彼女自身のキャリアにおいて具現化されてきた。そんな積み重ねの最初の集大成となるのが、このたび完成された初のアルバム『Expectations』だ。

BEBE REXHA Expectations Warner Bros./ワーナー(2018)

 アルバニア系の両親を持ち、4歳の頃から歌っていたという彼女が音楽業界に足を踏み入れたのは15歳のとき。ナショナル・アカデミー(グラミー賞などを主催する協会)のコンテストに参加した自作の楽曲が〈Best Teen Songwriter〉賞を獲得し、それをきっかけにスカウトと契約するに至ったようだ。以降はソングライティングを学びながら(最初期のコライト作品はSHINeeの“Lucifer”だったりする)研鑽を積み、その後知り合ったピート・ウェンツ(フォール・アウト・ボーイ)の誘いで彼の新プロジェクト=ブラック・カーズにリード・ヴォーカルとして加入。バンドのデビュー・シングル“Dr. Jekyll And Mr. Fame”はアバをネタ使いしたEDM伝来前夜のエレクトロ・ポップ。同時期のレディ・ガガを意識したような作りはビービーのキンキーな歌声を活かすものだったが(この後で客演したキャッシュ・キャッシュの“Take Me Home”に似ているのもおもしろい)が、彼女は2012年に脱退。ソロ・キャリアを見据えてNYからLAに移った彼女はソングライターとしてセレーナ・ゴメスやティナーシェらに曲を提供していくことになる。そして、そのうちのひとつが世界各国でチャートを制することになるエミネムの“The Monster”(2013年)だった。ここでリアーナが歌う印象的なフックは、下積み時代のビービーが書いた“Monster Under My Bed”を転用したもの。彼女の歌唱スタイルの影響源に認められるリアーナながら、両者にはこんな因縁もあったのだ。その“Monster Under My Bed”はもともと自身の売り込みのためにレコード会社に持ち込んだ際に〈暗くて売れない〉と酷評されたそうだが、“The Monster”のヒットを契機にビービーはシンガーとしてワーナーと契約するに至った。

 2014年に“I'm Gonna Show You Crazy”でデビューしてからの彼女は、シングルやEPという形で楽曲をコンスタントに発表しながら、多方面での客演も相乗効果にして一気に名を上げはじめる。その履歴を紐解けば、G・イージーからデヴィッド・ゲッタ、ニコ&ヴィンス、マーティン・ギャリックス、先日のニーヨ“Push Back”に至るまで多彩。自身名義の楽曲ではアーバン寄りの作法を軸に、グッチ・メインや2チェインズ、ニッキー・ミナージュらラッパーの参加も多いが、そんななかで生まれた過去最大のヒットがジョージア・フロリダ・ラインと共演したカントリー・ソング“Meant To Be”だ。この予期せぬ収穫は初のフル・アルバム『Expectations』を大きく後押しすることになった。

 「『Expectations』は、いまを楽しむことについて表現したアルバムよ。子どもの頃は『シンデレラ』みたいなおとぎ話を見て、〈恋愛は私をすごく幸せにしてくれるものなんだわ〉とか思っていても、大人になったら恋愛はものすごく大変だと気付くのよね。付き合うのも簡単じゃないし、初めて恋に落ちた人と結婚するなんてめったにない。私はこれまでずっとたくさん期待してきたけど、それが思い描いた通りに叶うことなんて一度もなかったわ。だから、いちばんいいのは期待を持つことより、いまこの瞬間を生きることなのよ」。

 『Expectations』にはデビュー時からの縁となるモンスターズ&ストレンジャーズやジェイソン・エヴィガン、初顔合わせのヒット・ボーイなど多彩な制作陣が参加。アクの強い唱法で重たく迫る“Ferrari”を幕開けに、メレディス・ブルックスのヒット“Bitch”(97年)を引用したディープな“I'm A Mess”、ミーゴスのクエイヴォを招いた“2 Souls On Fire”、トリー・レインズとの“Steady”など、生々しい感情を込めながらもリズミックな対応力のある歌声によって哀愁や退廃、激情をドラマティックに歌い上げる。どこかホールジーやケラーニに通じるアルバム全体の感触は、彼女がまぎれもなく現代的なポップスターであることを証明するものだろう。

 なお、〈ビービー〉とは本名のブレタから付いた愛称で、ブレタとはアルバニア語でミツバチのこと。彼女が生まれた時にミツバチのような大きい瞳を見た祖父が名付けたという。縦横無尽にシーンを飛び回ってきた彼女が女王蜂として君臨する日もそんなに遠くないのかもしれない。

 


ビービー・レクサ
89年生まれ、NYはブルックリン出身のシンガー/ソングライター。幼い頃から独学でさまざまな楽器演奏に習熟し、15歳の時にナショナル・アカデミーの主催するコンテストで〈Best Teen Songwriter〉を受賞。2010年にピート・ウェンツ率いるブラック・カーズに参加するも、2012年に脱退する。その後はワーナーとソロ契約し、2014年に“I Can't Stop Drinking About You”でデビュー。G・イージーやマーティン・ギャリックスらとのコラボで話題を集めながら、2017年には2枚のEPをリリースし、そこからフロリダ・ジョージア・ラインとの“Meant To Be”が全米2位のヒットを記録。ファースト・アルバム『Expectations』(Warner Bros./ワーナー)を6月27日にリリースする。