1年10か月ぶり、13度目の航海となるニュー・アルバム『愛をあるだけ、すべて』は、いつにも増して大胆かつ繊細! 堀込高樹のソウル&パッション、その行方は何処へ!?

手ぬるいって思われるのが嫌

 KIRINJIのニュー・アルバム『愛をあるだけ、すべて』が、ちょっとどころじゃない名盤の様相を呈している。毎度、作品ごとに新たなサムシングを確実に落とし込んで実りあるディスコグラフィーを築き上げてきた彼ら、ひいては唯一のオリジナル・メンバーである堀込高樹ではあるが、(昨年末にコトリンゴが脱退するも)現在の体制となって5年。ひとつの〈極み〉が、この作品から感じとることができる。先行シングルとなった“時間がない”の〈あと何回、君と会えるか あと何曲、曲作れるか……今日が最期かもしれないんだ〉という歌詞からも匂わせる、ソングライター・堀込高樹の覚悟みたいなものが、作品全体に大きな影を落としたか。持ち前のメロウネスを研ぎ澄ませたそれらは、繊細でいてタフ。そういえば、この8月にはメジャー・デビューから20周年を迎えるとのことで。

KIRINJI 愛をあるだけ、すべて ユニバーサル(2018)

 「そう……20年経っちゃったか、って感じですけどね。KIRINJIの場合、2013年に(堀込)泰行が脱退したっていう大きな節目があって、普通だったら、あそこで終わっていた可能性もあるわけで。まあ、僕の気持ちとしてはこのメンバーで5年っていうことのほうがいまは大きいけど、どういう形であれ20年やれているのは、15年で終わってたかもってことを考えると、思っている以上に尊いことかも知れないですね」(堀込高樹、以下同)。

 1年10か月ぶりのアルバムということで、このあいだにRHYMESTERやNegicco、V6らへの楽曲提供のほか、NHK Eテレ「マチスコープ」の音楽制作(演奏はKIRINJI)など外仕事も活発にこなしていた高樹。コトリンゴ脱退の影響も少しばかりあって、アルバムのレコーディングが本格的に始まったのは今年の春。

 「前作『ネオ』を作ったときにエレクトロニックの要素が増えて、次作はもうちょっとエレクトロ寄りの音にしたいっていう考えがありました。それでまあ、『ネオ』でもエレピは僕が弾いた曲もありましたが、次はたぶん、いわゆるドラムとベースとピアノとで〈せぇーの〉で録って、みたいなものではなくなるかなあっていう予想もあって。たとえば、いまのポップスって、ダンス・ミュージックとかヒップホップとか、そういうものの影響下にあって、それに近い音像のものがずらっと並んでるわけじゃないですか。そういうなかにKIRINJIの音楽がポンッと混ざったとき、手ぬるいって思われるのが嫌だなっていう気持ちがあった。前回、RHYMESTERとやった“The Great Journey”とかはそういうところに対して、KIRINJIなりにガツンといけた感じがしたんですけど、それでも生演奏っていう感じではあるから、ダンス・ミュージックのトラックに比べると若干イナタく感じるときがあって、今回はそれを解消したいっていう気持ちがあったんですよね。それで、(昨年秋にデジタル・リリースされた)“AIの逃避行”のときは、生に対してリズムマシーンのキックを貼ったりしました。それを受けて、アルバムはバンドの生のグルーヴを活かした音ではなく、〈もしかしたらドラムとかベースとか生中心じゃない曲も出てくるかも知れないけど、それでもいい?〉みたいなメールを事前にメンバーに送ったんですよ。シンセがメインになって、もしかしたらギターとか弾くパートが少なくなっちゃうかも知れないけどゴメンネ、みたいなことを各メンバーに了承を得て、そのつもりで始めました」。

 

機械っぽいんだけど、生っぽい

 バンドの生のグルーヴ、それこそがKIRINJIの持ち味のひとつと思っているファンも多いであろうだけに、思い切った戦法とも思える今作のテーマ。がしかし、そこは案ずるには及ばず。

 「作る曲っていうのは極端には変わらないから、KIRINJIらしい曲でそういうことができたらいいなって思っていて、“時間がない”っていう曲がたまたま出来たんですよね。普通にやったら、ボズ・スキャッグスの“Lowdown”みたいなパターンで、ただのAOR好きのおじさんがやってるなって感じなっちゃうので、この曲に関してはドラムのキックは全部、生で踏んでもらったものをサンプリングして使ってるんですよ。それはスクエアなタイミングで、均一な音量で出てくるから、生の音色なんだけど、それだけでダンス・ミュージックっぽいキックになる。機械っぽいんだけど、生っぽい、自分としてはいい塩梅のものが出来て、そこでひとつ掴めたんですよね。“非ゼロ和ゲーム”も同じ方法で作りました。もちろんそういう方法だと、メンバーのカラーがあまり感じられなくなるんじゃないかっていう危惧もあったんですけど、意外とそうでもなかったですね。“時間がない”にしても楠(均、ドラムス)さんのグルーヴがしっかり聞こえますし。アルバム最後の“silver girl”はほとんど打ち込みですけど、そこに千ヶ崎(学)くんのベースと田村(玄一)さんのスティールパンが入ってくると活き活きしてくるっていうか、いっせーので録るスタイルじゃなくて、プログラミングと生を混ぜたスタイルでやったら、むしろプレイヤーのカラーがハッキリしたなって、マスタリングしながら思いました。こういうふうにやるんだよっていうガイドというか、ある程度イメージの固まったものがあって、それに対して自分だったらこういうふうにアプローチするよっていう考えをメンバーそれぞれが持って、揉んでくれた感じがしますね」。

 

音は立ってるけどリラックスできる

 トラックメイクに関しては、なるほど、という感じだが、ヴォーカルに関してはどんな知恵を絞ったのだろうか。

 「いまのポップスというか、いまに限らずですけど、複数の人の声が入ると、どうしてもこう、緊密な感じがなくなるというか、ふわっとするんですよ。それぞれの歌い方をしているから、要はバラけるわけですよね。それも人数感があってイイっていう話なんだけど、今回はそういう人数感よりも、それこそコーラスは全部デジタルで作ったみたいな、そういう緊密な感じが欲しかったんですね。だから、メンバーにコーラスをやってもらっているけど、わりと僕が中心になってやったものが多いです。1曲目“明日こそは”(SANABAGUN.の高橋鉱一、谷本大河が参加)の追っかけコーラスは、ガヤッとした感じが欲しかったのでメンバーにお願いしていますが、前は、バンドだからみんなでコーラスをやらなきゃみたいな考えが絶対的にあった。でも、〈バンドだから〉っていうことに縛られて音楽を作るのもおかしいんじゃないかっていう気もして、それが良いほうに響くならそうしたほうがいいし、効果として違うと思ったら、最善の方法を別で探すべきじゃないかって」。

 といった作法で制作された『愛をあるだけ、すべて』。そこで編まれたメロディーに耳を傾ければ、いつにも増してKIRINJIのメロウ・サイドとアダルトな個性が際立った印象も受けて取れる。

 「曲はメロウだけど、サウンドは立ってる感じでレンジも広い。埋もれないようにってイケイケの曲ばっかりだと、ちょっと老体にムチ打った感が出ちゃうじゃないですか(笑)。これぐらいミッドテンポでレンジが広くて、グルーヴもしっかりあってっていうのは、はじめからめざしてたところでした。カルヴィン・ハリスが去年出したアルバムもミッドテンポの曲が多かったですけど、あれってEDMの人が作ったとは思えない、自然で、メロウで、かといって地味な感じはしないですよね。音はちゃんと立っているんだけどリラックスできる……うん、リラックスして聴けるものが理想だなってことは考えていましたね。あの音を真似したわけじゃないけど、ああいう聴かれ方ができる音楽がイイなあっていうことはぼんやりと考えていました。今回は、僕と同年代の人とかある程度大人の人が聴いて〈イイな〉って思ってもらえるような内容になっているかなとも思います。けど、音は古臭い音じゃなくて、ちゃんと今の音になってる。ある程度の世代になると、慣れ親しんだ音楽を聴きがちじゃないですか。20年前の音楽とか、多感なときに聴いていたものとか。〈そうじゃなくてさ……!〉みたいな気持ちも今回はありました。感情は中年の気持ちで歌ってるけど、音は最新、せっかくだからこっちを聴こうよって(笑)。そのなかで自分のルーツが勝手に滲み出てきちゃうものがカッコイイかなって、そう思って作ったアルバムですね」。

前作『ネオ』発表以降、堀込高樹が楽曲提供した作品を紹介。

 

『愛をあるだけ、すべて』に参加したアーティストの作品を紹介。