Sho Asanoというピアニスト/コンポーザーをご存知だろうか。88年生まれ、兵庫県出身の彼は13歳の頃からライヴ活動を始め、大阪芸術大学でピアノを学んだ後に上京。最近では宇多田ヒカルや椎名林檎のカヴァーでも静かに話題となったシンガー・ソングライター、MALIYAの作品『ego』(2018年)など、様々な現場にピアノで参加している。

一方、コンポーザーとしての彼は、昨年初のオリジナル作品となるEP『PORTRAIT』を発表している。収録曲は、シンガーのNao Kawamuraを客演に迎えた“Can't Control It”をはじめ、多様なブラック・ミュージックを吸収、昇華して生まれた5曲。黒い質感に日本語が有機的にブレンドしたサウンドもさることながら、Nao Kawamuraが初挑戦したというラップも聴きどころとなっている。

Sho Asanoのこれまでのキャリアのターニング・ポイントは〈大学時代にNYのジュリアード音楽院のセミナーに参加した事〉〈中島美嘉“Will”“STARS”などで知られる作曲家、川口大輔との出会い〉だったという。それを機にピアニストだけではなく、コンポーザーとして音楽を作る楽しさも知り、音楽家としての視野が広がったのだと語る。最近では親交もあるというSIRUPや、STUTSなどとも並べて紹介されるなど、気鋭の音楽家としてジワジワ注目を集める彼の正体とは? 記念すべき初インタヴューとなる今回は、その一風変わった生い立ちや、『PORTRAIT』の制作秘話に迫った。

Sho Asano PORTRAIT Neo Connection(2017)

 

音楽をやっていくことは、家族会議で決まっていて

――この『PORTRAIT』はご自身の初の作品ですね。これまで活動はいろいろとされてきたと思うのですが、今作を世に出そうと思ったのはどういう経緯だったのでしょう?

「6年位前に音楽で食べていく事を目指して上京したんですが、20代の内になんとか自分の表現がしたいと思っていました。今の自分ができる事と、昔からやりたかったことの両方を混ぜて表現することが今回の目的でしたが、ギリギリ入れられたかなと。自分の〈色〉というか、イメージしているサウンドがあるんです。それを誰に何を言われても、まずは1度出してみたくて。それがこの5曲になりました」

――サウンドを聴くとソウルやR&Bの要素もあるし、ヒップホップと結びついた現代ジャズの要素も感じられました。長らくブラック・ミュージックに親しまれてきたんだろうなと。

「ディスコとかモータウンが好きな父親の影響で、家の中や車の中でスティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイとかが常に流れていて、僕も気付いたらそういう音楽が好きになっていました。子供って親の好きなものが好きだったりすると思うんですけど、僕も知らないうちに好きになって。ピアノをやり始めたきっかけも父親でしたし」

――ピアノを始めたのは何歳の時ですか?

「小学生の頃です。小1の時に近所の音楽教室に通ってたんですけど、(教室のシステムに)まあ、合わなくて(笑)。耐えられなくてずっとやめたいって言ってました。〈ピアノ楽しくないし〉と(笑)。でも小学4年生くらいの時に、とあるきっかけで個人レッスンをしてる先生に習う事になったんです。その方がすごく良い人で。最初に会った時に〈どんな曲が弾きたい?〉って訊いてくれたのが、幼心に嬉しかったですね。それまでは決められた練習曲を弾かなければいけなくて、選択肢がなかったので」

――それで最初に選んで弾いた曲も教えてほしいです。

「スティーヴィー・ワンダーの“Isn't She Lovely”でした。ジャズは小6の時に買ったジャズのコンピレーションに入っていた、ビル・エヴァンスの“Waltz For Debby”が衝撃を受けて。それからビル・エヴァンスのバンドスコアみたいなのを、1年くらいかけてゆっくりやって勉強しました。並行してやった曲は“Misty”。そのあたりからジャズにも興味を持つようになっていきました。

90年代のネオソウルだったり、ヒップホップを聴き始めたのは高校生の時でした。(大阪)ミナミのタワレコでひたすら漁っていたら、昔のソウルの曲をディアンジェロとかエリカ・バドゥ、ブライアン・マックナイトがカヴァーしてるアルバムがあったんです。僕の好きなソウルの曲を今のサウンドでやっていて。自分のやりたいと思っていたサウンドがもう既にあった、と驚きでした。そこからその人たちのオリジナルも聴くようになりました」

――ちなみに当時の友達とかと話は合いました?

「小学校、中学校、一切合わなかったです(笑)。同世代より40、50代の人の方が話が合いましたね。そんな10代を過ごしているなかで、音楽でやっていこうというのは、家族会議で中学生くらいの頃から決まっていて。でも勉強嫌いで、中学校の頃はお昼くらいで家に帰ってきていたので大学に行けるとは思ってなかったんですが(笑)、ちょうど音楽学科ができた大阪芸術大学に推薦で何とか入学することができました」

音楽をやるうえで大事にしているのは〈歌心〉

――大学はどうでしたか? 当時はまだジャズ科などの専攻が定着していなかったと思いますが。

「音楽学科の教授が前田憲男さんで、講師陣は皆ジャズの人だったんですが、先生たちが本当に素晴らしくて、そういう方に間近で教わることができたのは良かったです。大学ではただただピアノを弾いて、アレンジを勉強していましたね。

それで2年生の終わりに、ジュリアード音楽院のセミナーに行ったんですが、僕らに教えてくれる講師陣に20歳の学生が来ていて。それがホセ・ジェイムズのバックなどをやっている、クリス・バワーズだったんです」

※1934年生まれの日本の重鎮ジャズ・ピアニスト/作曲家/編曲家/指揮者。「ルパン三世」や「ミュージックフェア」「題名のない音楽会」などの音楽も担当

ホセ・ジェイムズのバックで演奏するクリス・バワーズ
 

「間近で演奏を観て、凄いなと。もうリスペクトというか、基礎どうのというより、これだけの腕と音楽性を持った同年代がいるんだと。手なんてドからオクターブ越えたソまで届くくらい大きいんですよ。だから、そもそもできる事が違う。このまま普通にやっていたら、そういう人に太刀打ちできないと感じました」

――なるほど。

「それとちょうど同じ時期に、作曲家の川口大輔さんがプロデュースしていた和紗さんというシンガーのライヴ・サポートをする機会があって。和紗さんの曲はポップスだったんですよ。でも川口さんはR&Bをルーツとしている方だと思うので、そういう要素がうまく混ざっていたんですね。

なんとなく〈このままじゃ違うな〉とモヤモヤしていた時にこのふたつの出会いがあって、僕はもっと自分らしさを表現していかないといけない、と気付きました。それをきっかけに、作曲に目覚めたんです。本当に自分がやりたいことは、ピアノを弾くことだけじゃなかったんだと思いました。というのは多分、歌モノを好んで聴いてきたからかもしれなくて。僕は、やっぱり音楽の最強の武器は声だと思っているんです。ピアノを弾く時も、なるべく歌心を表現するようにはずっと意識してましたけど〈やっぱり歌が良いな〉という気持ちになりました」

 

響きとしての歌詞とメロディー、歌詞の意味がバチッと合った時にグッとくる

――作品をもっと早く出したかったという気持ちはありますか?

「自分の描いていたヴィジョンからすると大分遅れてしまっていますが、その時の自分ではビートメイクの技術だったり、作曲技術とかも足りてなかったと思うので、今だからこそ出来たサウンドだと思っています」

――『PORTRAIT』の製作期間はどれくらいだったのでしょう。

「実際、動きはじめたのは2017年の春だったんですよ。所属していた事務所をその前年の末に辞めてフリーランスになって。この先どうやっていこうかと悩んでいた時期に、その気分を晴らすためにサバゲーをやってみたりしながら(笑)、曲の構想については考えていました。誰に歌ってもらおうかというアイデアも段々まとまってきたのがその年の5月くらいで」

――客演されたNao Kawamuraさんへのオファーはその時から決めていた?

「以前、知り合いに頼まれてとあるパーティーでピアノを弾く機会があったんですけど、ソロで弾くことになっていたのに当日〈今からシンガーの子が来るから一緒に曲やってくれない?〉といきなり言われてしまって(笑)。それがNaoちゃんとの出会いだったんです。彼女が到着する何分か前に(Naoの)音源と譜面を送ってもらって聴いてみたら、好きな感じで。で、ぶっつけで本番やってみたら、それがすごくしっくりきたんです。その時に〈自分が作品を出すとしたらこの人に歌ってほしいな〉と思いました。それから1年位経って連絡してみたら〈全然良いですよ〉と快諾してくれました」

――Naoさんが参加されているリード曲“Can't Control It”はリリックのフロウ感も素敵ですが、歌詞はどのように意見交換されたんですか?

「歌詞はNaoちゃんに書いてもらったんです。僕は基本的に歌詞が書けないので、お任せしてしまいました。メロディー的に日本語が合いそうだったので、そうお願いして。タイトルも決めずに曲のデモとイメージを送って、返ってきたものを確認してすぐに〈これでいきましょう〉となった感じですね、細かい直しだけはしましたけど。

歌詞を書くことについては、年齢を重ねて興味が湧いてきてはいます。10代の頃は音にしか興味がなくて、英語の曲ばかり聴いていたんですが、20代になってから心に刺さるものなど、歌詞の良さというのが理解できるようになってきました」

――〈サウンド(響き)としての歌詞〉という考え方もありますよね。

「そうなんですよ。それと歌詞の意味とメロディーがバチッと合った時にグッとくるじゃないですか。日本語の曲だと、目指すのはそこかなと思います。そういう意味で、川口さんもそうですし、荒井由実さん、久保田利伸さんなどの楽曲は素晴らしいと思っています」

――もう一曲、“We Belong To Together”のラップはどなたが?

「あれもNaoちゃんなんです。初めてラップに挑戦してもらいました(笑)。当初2曲だけの参加という予定でしたから、無茶振りだったんですよ。この曲はラップを入れるのが前提だったんです。それを何とかピアノで表現できたらと思っていたのですが、最初のイメージが離れなくて、やっぱりラップを入れたいなと。でも男性の声じゃないなとは思っていたので、Naoちゃんに恐る恐る相談してみたら〈実は私も興味があって、前からやってみたいと思っていたんです〉と言って貰えたので、〈良くなっても、悪くなっても1回試しでやってみてほしい〉とお願いしました。まず彼女の声が本当に魅力的なのと、彼女のセンスと声質的にも合いそうな気がしてはいたんですが、やってみたら想像以上になったのでうれしかったですね」

――今作は出音の質感も良かったですね。

「僕は性格的にあまりガンガンいくタイプではないんですけど、演奏もそうなんです。ノリは出したいけど、同時に自分が大事にしている柔らかいニュアンスも出したくて。そのバランスには苦戦した覚えがあります。トラックも今作は生音過ぎても違うし、かといって電子っぽすぎても違う。その質感を出すのも結構難しいんですよね。だから生っぽい音色を使っているんですけど、キックは電子ドラムを混ぜたりしていて、基本は生でハイブリッドな感じにしたかったんです。そこにいちばん時間をかけましたが、何とか表現できたんじゃないかなと思います。今の自分の実力は出し切ったかなと。ピアノ好きな人には〈ピアニストなんだから、もっとピアノがメインの曲があった方が良いんじゃない?〉と言われたので、次のアルバムにはそういうのが1曲あっても良いかなと思いますけどね」

 

Sho Asanoらしさとは?

――ヒップホップやR&BなどShoさんの音楽性とも結びつきの強い音楽が、今は世界的に存在感がかなり強いですが、日本ではまだまだ市民権が低い印象があります。

「それは僕も10代の時から思っていました。だからそういうシーンを作りたいというか、日本でもそういうブラック・ミュージックに耳を傾ける人を増やしたいなあと。そしたら近年SuchmosやWONKとかが出てきて、同世代や若い世代がそういう流れを作りはじめている。自分が20代前半の頃はそういう事ができませんでしたが、これからは僕もそのきっかけを作れたらなと思っています」

――ちなみに、今注目しているアーティストはいますか?

「FKJですかね。あとはムーンチャイルドとか、作品に参加したMALIYAちゃんやNaoちゃんは好きですね。男性ならSIRUPくんも好きですし、仲も良いです。FKJに関しては今作のレコ―ディングの時によく聴いていました。特にリアン・ラ・ハヴァスの曲をFKJがリミックスした音源(“Unstoppable”)にめちゃくちゃハマったんですよね。ビートの音数が少なめなのに成り立っているところと、声のエディット。声に敢えての手を加えているところは今作の“We Belong Together”でも参考にしています。

〈We Belong Together〉というフレーズは、ぱっと浮かんだんですよ。メロディーは決まっていたので、家で自分の声を編集して入れたんですが、デモを使った方がハマっていたのでそのまま自分の声のトラックを使っています。今回は制作を通してトラックメイキングの勉強にもなりました。“Can't Control It”はコードがグローヴァー・ワシントンJr.“Just two of us”やボビー・コールドウェル“What You Won't Do For Love”みたいな王道な進行なので、普通にしたらおもしろくないんですよ。だからピアノとエレピを交互に切り張りして、セルフ・サンプリングみたいにしています。FKJとかはひとりで何でもやってしまう人なので参考になりますね」

FKJがリミックスしたリアン・ラ・ハヴァス“Unstoppable”
 
SIRUPの2018年のEP『SIRUP EP2』収録曲“Rain”
 

――だからシンパシーを感じていると。そういうプロデューサー的な音楽家という意味では冨田ラボさんとかも同じような存在なのかと思いましたが。

「冨田先生の作品もよく聴いてましたね。勝手に先生って呼んでいますけど(笑)。僕、中島美嘉さんの“WILL”と“STARS”が好きなんですが、どちらもアレンジが冨田ラボさん、作曲が川口大輔さん、作詞が秋元康さんと、恐ろしいメンバーでやっているんだなと知ったときは驚きました。この2曲を聴いて日本語の曲を良いなと思うようになったので、影響を受けています。ほかにもゴスペラーズ、東京スカパラダイスオーケストラ、椎名林檎さん、m-floさん、aikoさん、BoAさんとかは本当に刺激をもらいました。

川口さんみずから歌ったりしているわけではないのに、“WILL”や“STARS”もそうですが、川口さんの楽曲は彼の〈色〉が強いと感じるんです。どの曲を聴いても、どこかそういう彼らしさが垣間見えるものが多くて。そういったところがすごいなと思っています」

――とすると、Shoさんの自分らしさはどこでしょう?

「どこでしょうね(笑)。和音のヴォイシングですかね。昔から好きで、小学校の頃ジャズの先生にコードを教えてもらってからずっと。和音でどう聴かせるのか、というところは昔から変わらないですし、たぶんこれからも変わらないと思います。フレーズというよりかは、和音で〈あ、Shoっぽいね〉と思って貰いたいなと。

※音の積み方。同じコードでも積み方は多様

和音って、同時に全部鍵盤で押さえてしまうと違うんですよね。僕はズラして弾くのが好きなんです。古典的なアルぺジオみたいに下から弾いたり、上から弾いたりするのではなく、内声をズラす感じ。ロバート・グラスパーがイメージしやすいかもしれません。昔はズラす事を意識してやっていたんですけど、今はやりたくなくてもやってしまう感じです。J-Popとかを弾く時にそれをやってしまうとムードが変わってしまうので、抑えるようにしていますね」

※積んだ音の間にある音

――最後に、今後客演してもらいたい方などもいたら教えてください。

「久保田利伸さんやMISIAさん、Crystal Kayさん、椎名林檎さんとはいつかご一緒できたら嬉しいですね」