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映画「オーケストラ・クラス」 パリの空に響く、ヴァイオリニストと子どもたちの約束のメロディ

映画「オーケストラ・クラス」 パリの空に響く、ヴァイオリニストと子どもたちの約束のメロディ

目指したのは、夢の舞台“フィルハーモニー・ド・パリ”。
パリの空に響く、ヴァイオリニストと子どもたちの約束のメロディ

 なぜクラシック音楽は「敷居が高くて」と言われてしまうのだろう。永遠の命題みたいに、ずっと考え続けている。

 私自身、少女時代には敷居が高く見えたからこそ憧れてきた側面もあった。でもそれは「だから近づきたい」という原動力であって、大人になってから社交辞令のように言われる「敷居が高くて」とはちょっと違っていた。社交辞令の背後には「私は気取っていない」「お勉強はしたくない」という拒絶が見え隠れして、いつもちょっとだけ悲しくなる。

 思い返せばクラシックは、学校で、街で、茶の間のテレビで、幼い頃から最も身近に接する音楽のひとつである。それなのに、なぜ人は成長すると「敷居」を作ってしまうのだろう――映画の冒頭、移民の多いパリ19区の小学校にやってきたヴァイオリニスト、ダウドの表情を見たとき、その答えがわかった気がした。

 これこれ、この視線、このしかめっ面だ。クラシックの敷居の内側にいる人が気づかずに纏ってしまう、この雰囲気だ。ダウドは決して気取り屋でも、意地悪でもない。ただきっと、クラシカルで美しい音楽や空間を心から愛しているのだ(これは学校を訪れた後、瀟洒なサロンで友人のカルテットが演奏するモーツァルトの《ディヴェルティメント ニ長調K.136》を聴くときの安堵の表情からよく伝わってくる)。気持ちはわかる。でも、それを見せるから「敷居」はできてしまうんだよ、とため息をつきたくなる。

 ダウドにも事情はある。彼は本当は愛する美しい世界で生きていたいのに、プロ奏者としてのキャリアも私生活もうまくいっていない。生計のため、小学校のオーケストラ・クラスの指導を引き受けたのだろう。生徒たちにヴァイオリンを教え、年度末にフィルハーモニー・ド・パリのメインホールで開催されるコンサートへ導く仕事。しかし、コンクリートがむき出しの雑然とした校舎も、躾や教養からほど遠い子どもたちにげんなりしている。不本意丸出しで、「楽器はプレイするものでしょ」といいことを言う少年に、「遊び(プレイ)とは違う」などと返してしまう。最悪だ。

 しかし、ダウドには音楽という武器があった。お手本としてメンデルスゾーンの《ヴァイオリン協奏曲》のソロを弾きはじめたダウドのヴァイオリンに、うるさかった子どもたちがシンとなって聴き入るシーンがいい。どんな子どもにだって、音楽の力は届く――いや、子どもだけじゃない。クラスの担任教師にも、問題児の父親にも、どんな人にも音楽への入り口はある。情熱も、分かちあう喜びもある。それを知って、ダウド自身もまた変わっていく。

 『オーケストラ・クラス』は、パリの新たな音楽ランドマーク、フィルハーモニー・ド・パリが運営する子どものための音楽プログラム“Demos”から着想を得て生まれた映画だという。問題児に手を上げそうになったダウドに担任教師が語る“Demos”の精神――「ああいう子どもにこそ音楽は必要なんだ!」に、指揮者グスターヴォ・ドゥダメルらを輩出した南米ベネズエラの音楽教育「エル・システマ」を思い出す人は多いだろう。

 公私ともに問題を抱えたヴァイオリニストと複雑な家庭で育った生徒たちが反目しあい、やがて心を通わせ、ピンチを乗り越え、最高の音楽を作りあげていくというストーリーも、決して珍しいものじゃない。落ちこぼれの聖歌隊やオーケストラの成長を描いた大ヒット作『天使にラブソングを2』や『のだめカンタービレ』を思い出す人もいるだろう。

 しかし、この映画は一味違う。ストーリーは王道だが、キャッチフレーズになるようなセリフもモノローグも、派手な「感動シーン」もない。ほのかな初恋は描かれるが、人目を引くような美人ヴァイオリニストも登場しない。演出が、とびきりシンプルでリアルなのだ。観客は、クラスの一員であるかのような臨場感で自然に物語に誘われ、ふと流れ出した圧倒的に美しい音楽に慄き、目を見開くことができる。音楽への強い信頼があってこその、音楽を主役にした作品性に、私は監督の強い志を感じた。

 本作が長編デビュー作となるラシド・ハミ監督は語る。「主題があると、まずその言葉の説明に入ろうとするし、もっと悪く言えば、涙を誘ったり、愚かしいものになってしまう。最低限のセリフと演技と音楽だけでいいのです!」

 私はこれを、名匠ミヒャエル・ハネケ(『ピアニスト』『愛、アムール』)などにも通じる、音楽を愛する監督の特徴だと感じている。映像にも「過度の美しさや光の当て過ぎ」はないが、色調に統一感があり、品格が漂う。コンクリートむき出しのビルの屋上でヴァイオリンを構える少年アーノルドの背後マジックブルーの空が広がるような、自然な美しさ。そういうカットがずしりと、心に残っている。

 あの空はきっと、希望の象徴なのだ。音楽を通して私たちは「一人ではない」こと、「人は変わることができる」ことを知る。そんな音楽の本質を教えてくれる映画に出会えたことに、喜びを感じている。

『オーケストラ・クラス』
監督・脚本:ラシド・ハミ
音楽:ブリュノ・クーレ
出演:カド・メラッド/サミール・ゲスミ/ルネリー・アルフレッド
配給:ブロードメディア・スアジオ(2017年 フランス 102分)
ⓒ2017 /MIZAR FILMS/UGC IMAGES/FRANCE 2 CINEMA/LA CITE DE LA MUSIQUE-PHILHARMONIE DE PARIS
◎8/18(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー!
www.ohchestra-class.com

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