ネット時代の作曲家――期待高まる初めてのオペラ「ソラリス」(演奏会形式)の日本初演、ユニークなプログラムで埋め尽くされた一日限りのボンクリ・フェスをプロデュース

 藤倉大は、常に世界中の〈あらゆる場所〉にいる。もちろん忍者ではないので、分身の術を使うことはできない。しかし、彼にはインターネットという強力な武器がある。

 もちろん、インターネットは今や珍しいものではない。電車の車内など至る所では、多くの人がスマホでSNSに興じている。インターネットと無縁な人を探す方が難しいくらいだ。そんな現代においても、藤倉ほどインターネットを使いこなしている作曲家は存在しないのではないだろうか。

 自作の演奏情報やCDの宣伝を行うだけなら、それは珍しいことではない。しかし、ツイッターなどでの藤倉の投稿が、そんな味気のない情報にとどまるはずはない。彼の本音の投稿は実に生々しく、それゆえ刺激的だ。その〈生の声〉は、彼の音楽観も人間性も、全てをあけすけに曝け出す。そして、彼にとってインターネットは、作曲のための必須のツールでもある。藤倉は、一人で黙々と五線紙に向かうのではなく、演奏家とチャットをしたり、インターネット越しに断片を試演してもらうことで、演奏効果を細かく確かめながら作曲を進めて行く。自作の演奏に立ち会えない時も、リハーサルの録音をチェックして、修正点をメールなどでリクエストしたり、本番の録音を送ってもらい、それを自分で編集するなど、作曲、演奏のあらゆる段階でインターネットがフル活用されている(そして、この原稿自体も、Facebookのメッセンジャー経由で彼から得た“事細かな”情報を元にして執筆されている)。世界中のあらゆる国々を駆け回るというよりも、インターネットの力を借りることによって、彼は常に〈世界中〉に存在しているのだ。フットワークが軽いどころか、瞬間移動の術を身につけているとすら言えるだろう。

 彼の軽やかさは、そのフットワークにとどまらない。彼の音楽思考自体も、つまらない権威主義や縄張り意識に束縛されることなく、軽やかにジャンルの壁をすり抜けていく。東京芸術劇場が今秋に予定している二つの藤倉大関連の企画は、そうした藤倉の軽やかさが体現されたものとなるであろう。

 一つ目の企画は、ボンクリ・フェス(9月24日)。藤倉がアーティスティック・ディレクターを務め、人選、選曲を行っている。演奏者の顔ぶれを見ただけで、いわゆる“現代音楽”の音楽祭とは違う空気が流れているのが感じられるだろう。日本が世界に誇る打楽器奏者、イサオ・ナカムラや老舗、東京混声合唱団など、王道的なメンバーとともに、大友良英、ヤン・バングなど、即興演奏、エレクトロニクスの名手も対等に顔を並べている。黒田鈴尊の尺八がさらにそこに加わる、というセンスもなかなか絶妙。アンサンブル・ノマドは、日本を代表する現代音楽のアンサンブルであるだけでなく、藤倉と同様、ジャンルの壁を軽々と乗り越えてしまう柔軟性を持っており、この音楽祭の軽やかな空気にぴったりだ。

 一日限りの音楽祭ではあるものの、その内容はまさに〈てんこ盛り〉だ。ワークショップ・コンサートと銘打たれた6つのコンサートは各回45分という小さい規模のものながら、各アーティストの世界観が凝縮された多彩な内容になっている。個人的には、鶴見幸代、塩見允枝子といった奇才作曲家が名を連ねているのが興味深い。イサオ・ナカムラによるパンデイロ(タンバリンに似たブラジルの打楽器)の即興演奏も聴きものであろう。〈ルシエの部屋〉という、マニア向けとしか思えないコンサートが平然と並んでいるのも痛快だ。アルヴィン・ルシエはアメリカの実験音楽の巨匠であり、ここで紹介される“I Am Sitting In A Room”は彼の代表作だ。会場内で演奏者が話した音声を録音し、それを会場内のスピーカーで再生、そしてそれをまた録音し、というプロセスを何度も繰り返すことで、人間の声が、正体不明の電子音のように崩壊していく様子を観察する、という作品である。〈音楽〉というよりは音響実験と呼ぶのが相応しいこの作品は、あるがままの音を純粋に受け入れることで、その面白さをまさに〈体感〉することができるだろう。

 これらのワークショップ・コンサートなどと並行して、〈電子音楽の部屋〉が一日中出入り自由になっているところも魅力的だ。音の美術館をのぞくつもりで、演奏会の合間にふらりと立ち寄るのも楽しいだろう。この部屋の監修をするのは、電子音楽をライヴ演奏するための特別なシステム、アクースモニウムの第一人者、檜垣智也。電子音楽好きな人なら、一日中ひたすら、この部屋で電子音を浴び続けるのも一興であろう。フェスティバルのトリは、各出演者が集結するスペシャル・コンサートだ。メシアン、ルシエ、大友良英、坂本龍一など、楽器編成もジャンルもバラバラな音楽が一堂に会する奇妙かつ魅力的なプログラムは、他では絶対に聞けない内容だ。そして、このコンサートのメイン、藤倉の“チェロ協奏曲”も、もちろん楽しみだ。

 この多彩な内容は、藤倉の音楽志向の広さだけではなく、プロデューサーとしての心の軽やかさの反映でもある。演奏会の内容に止まらず、一日全て聞いて3000円という破格の価格設定にこだわったり、チラシのデザインに口を出すなど、企画の隅々にまで細やかなケアを忘れない一方、専制君主のように全てをコントロールするのではなく、出演者から提案された作品も取り上げるなど、こだわりと柔軟性が良いバランスで共存した企画になっている。

 ボンクリ・フェスの1ヶ月後、10月31日には、もう一つの藤倉企画が控えている。彼の初めてのオペラ「ソラリス」の日本初演だ。

 このオペラは、タルコフスキーらによって映画化されたものではなく、レムの原作をもとに脚本が作られている。2015年、パリにおける世界初演では、ダンサーが歌手のまわりを動き回る、斬新で抽象的な勅使川原三郎の演出が、聴衆に強烈なインパクトを与えた。今年5月には、宇宙船の室内さながらのリアリティ溢れる舞台装置を駆使した(ダンサーなしの)演出によって、アウグスブルクで再演された(演出:ディルク・シュメーディング)。そして、今回の日本初演は、演奏会形式となる。

 本オペラのストーリーのほとんどは、惑星ソラリスの周囲を回る宇宙ステーションの船内だけで展開する。ソラリスの海の不可思議な作用によって、主人公ケルヴィンの自殺した恋人が船内に現れるという、SF小説というよりはほとんど心理劇的な内容だ。こうしたストーリーの場合、視覚的な演出を削ぎ落とし、聞き手のイマジネーションを喚起する今回の演奏会形式の方が、むしろ作品の本質に近づけるのではないだろうか。演出を欠くことによって、音楽そのものが浮き彫りになってくることも重要だ。器楽パートは1管編成の室内オーケストラのために作曲されているが、藤倉の経験豊かなオーケストレーション技術によって、そのサウンドが貧弱に聞こえることはない。もちろんワーグナー的な重厚な音色を出すことはできない。しかし、小編成ならではの小回りのきく、そして軽やかな音使いによって、各登場人物の哲学的なまでの心理的葛藤が巧みに描かれる。随所に活用されるエレクトロニクスも宇宙的な非日常感を醸し出す。

 オーケストラは、ボンクリ・フェスにも出演するアンサンブル・ノマド(指揮:佐藤紀雄)。藤倉とはもはや気心の知れた仲と言える彼らの、熱のこもった演奏が期待できるだろう。今回出演する歌手のほとんどは、この「ソラリス」に初挑戦となるが、主役のケルヴィン役を歌うサイモン・ベイリーには特に注目したい。彼は初役であるものの、藤倉の歌曲集「世界にあてた私の手紙」のオーケストラ版の世界初演を務めたこともあり、より大規模な藤倉作品に取り組むことに並々ならぬ意欲を示しているそうだ。ほぼ出突っ張りの難役であるだけに、彼の熱演に期待が高まる。

 


藤倉大(Dai Fujikura)
作曲家。1977年大阪生まれ。15歳で渡英し、エドウィン・ロックスバラ、ダリル・ランズウィック、ジョージ・ベンジャミンに師事。数々の作曲賞を受賞。ザルツブルグ音楽祭、ルツェルン音楽祭、BBCプロムス、バンベルク響、シカゴ響、アンサンブル・アンテルコンタンポラン、シモン・ボリバル響、アルディッティ弦楽四重奏団等から委嘱され、国際的な共同委嘱もますます増えている。2017年には、革新的な作曲家に贈られる伊〈ヴェネツィア・ビエンナーレ〉音楽部門銀獅子賞を受賞。録音も多数。楽譜はリコルディ社から出版されている。Minabel Recordsを主宰。 www.daifujikura.com

 


寄稿者プロフィール
松平敬(Takashi Matsudaira)

バリトン歌手。東京芸術大学、同大学院に学ぶ。現代声楽曲のスペシャリストとして、100作以上の新作を初演。多重録音を駆使した3枚のソロ・アルバム、およびチューバの橋本晋哉氏とのユニット〈低音デュオ〉名義によるファーストCD『ローテーション』は、いずれもその独創性が話題を呼ぶ。

 


LIVE INFORMATION

ボンクリ・フェス2018 “Born Creative” Festival 2018
○9/24(月・祝)
会場:東京芸術劇場 コンサートホール、シンフォニースペース(5階)、アトリウムほか館内各所
★デイタイム・プログラム(館内各所 11:00~17:00)
赤ちゃんからシニアまで楽しめるアトリウム・コンサートや、ワークショップ・コンサートを館内各所でおこないます。
★スペシャル・コンサート(コンサートホール 16:30ロビー開場/17:30開演)
一夜限りのスペシャル・コンサート。脳内を刺激する「ボンクリ」音楽が一夜に集結!
[曲目]
作者不詳/ハナクパチャプ
オリヴィエ・メシアン/おお、聖なる饗宴
ペーテル・エトヴェシュ/バス・ティンパーノのための「雷鳴」
アルヴィン・ルシエ/Sizzles
クロード・ヴィヴィエ/神々の島
大友良英/曲目未定
坂本龍一/Cantus Omnibus Unus「Cantus Omnibus Unus」ライブ・リミックス
藤倉大/チェロ協奏曲(アンサンブル・ヴァージョン/日本初演)
[出演]
アンサンブル・ノマド(指揮:佐藤紀雄)
東京混声合唱団
カティンカ・クライン(チェロ)
ヤン・バング(エレクトロニクス)
エリック・オノレ(エレクトロニクス)
アイヴィン・オールセット(ギター)
ニルス・ペッター・モルヴェル(トランペット)
イサオ・ナカムラ(パーカッション)
大友良英
藤倉大(エレクトロニクス)
黒田鈴尊(尺八)
***
サウンドデザイン:永見竜生[Nagie]
※都合により出演者・曲目・曲順等が変更になる場合がございます。
www.geigeki.jp/performance/concert138/

 

東京芸術劇場コンサートオペラvol.6
藤倉大/歌劇『ソラリス』全幕
※日本初演・演奏会形式 [日本語字幕付原語(英語)上演]

○10/31(水)18:00ロビー開場/19:00開演
会場:東京芸術劇場 コンサートホール
[出演]ハリー:三宅理恵
クリス・ケルヴィン:サイモン・ベイリー
スナウト:トム・ランドル
ギバリアン:森雅史
ケルヴィン(オフステージ):ロリー・マスグレイヴ
指揮:佐藤紀雄
管弦楽:アンサンブル・ノマド
エレクトロニクス:永見竜生[Nagie]
www.geigeki.jp/performance/concert139/


Hakuju Hall 開館15周年記念「藤倉大 個展」※委嘱新作世界初演
○10/20(土)
[Part 1]14:00開演/[Part 2]15:30開演
[出演]カルテット・アマービレ(弦楽四重奏)小林沙羅(S) 新倉瞳(vc) 福川伸陽(hr) 本條秀慈郎(三味線)村治奏一(g) 吉田誠(cl)
会場:Hakuju Hall
www.hakujuhall.jp/syusai/159.html