INTERVIEW

鬼束ちひろ“ ヒナギク”正統派のバラードに毒を――独自のエンターテイメント性に貫かれた美しき愛の歌

鬼束ちひろ“ ヒナギク”正統派のバラードに毒を――独自のエンターテイメント性に貫かれた美しき愛の歌

演歌や民謡の歌謡性にもリーチする正統派のバラードに〈毒〉を──自身の真骨頂を進化させ、独自のエンターテイメント性で貫いた美しき愛の歌を聴け!

正統派に毒を

 憂いや情念が濃密に反映されたメロディーラインと、ピアノとストリングスを中心とした壮大にして神聖なサウンドメイク、そして、〈風よ煽り立てるがままに/私を迷子にさせないで〉という一節に象徴される、美しき絶望を含んだ歌詞。鬼束ちひろのニュー・シングル“ヒナギク”は、彼女の真骨頂と呼ぶべきバラード・ナンバーだ。“月光”“infection”の系譜にあるこの曲は、ここ数年、彼女の音楽制作を支えている坂本昌之との交流から生まれたという。

鬼束ちひろ ヒナギク ビクター(2018)

 「ライヴでピアノを弾く機会があって、坂本さんから〈練習をしよう〉と声を掛けてもらったことから始まったんです。私らしさもありつつ、演歌、民謡、ポップスの要素が入っている楽曲だと思います。坂本さんからの影響もすごくある。彼の繊細な感性が無意識のうちにろ過されて、曲のなかに入っているというか。――“月光”を想起させる? それはたぶん、自分のやりたいことが変わっていないからでしょうね。曲を作るときは何も意識していなくて、そのときにやりたいことをやっているだけなので。“ヒナギク”を作っていたときはエリー・ゴールディングをよく聴いていたから、その影響はあるかも。曲調は全然違うんですけどね」。

 “ヒナギク”という曲名も、彼女らしい世界観と結び付いている。その根底にあるものは〈毒〉だ。

 「まず、花の名前をタイトルにしたいと思ったんです。〈バラ〉だと爛々としすぎているし、いちばん合うのは〈ヒナギク〉かなと。私にとっては毒が感じられる花なんですよね。〈坂本さんの正統派のピアノに毒を盛ったらどうなるんだろう?〉という興味もあったし……。ただ、歌詞はその場のノリで書いているところもあるんですよ。言葉の意味だけではなくて、聴いてくれる人の五感のどこかに響けばいい、という気持ちで書いているので。曲が持っている温度、そこに向ける自分の姿勢さえ崩さなければ、ちゃんと歌になるんです。こういう世界観には、もともと憑依しやすいですからね、私」。

 

多様な要素が自然と集まる

 また、カップリングの“Twilight Dreams”は、〈ウェディングソング〉という明確なヴィジョンのもとに制作されたラヴ・バラード。美しい光を放つような旋律と、希望を感じさせる歌声、愛する人に対する真摯な思いを描いた歌詞がひとつになったこの曲は、彼女のブライト・サイドを示す楽曲に仕上がっている。

 「最初のきっかけは、昨年の〈NHK紅白歌合戦〉で高橋真梨子さんの“for you...”を聴いたことですね。私もこういう曲を書いてみたいと思って、ウェディング・ソングを作ったんです。〈Twilight〉というワードは、ディレクターから提案されました。私はガンコそうに見えるかもしれないけど、曲作りのときはけっこういろんな人の意見を採り入れるんですよ。あと、音楽以外の作品からも影響を受けています。“Twilight Dreams”を書く前に『愛しのアイリーン』(95~96年に『ビッグコミックスピリッツ』で連載された新井英樹による漫画)を読んで、すごく感動して。不器用な男性とフィリピン人のお嫁さんの話なんですが、漫画から感じたこともこの曲に入っていますね。私が持っているものだけではなくて、いろいろな要素が自然と集まって曲になるというか。それは別に、神がかり的なことではないんです。遺伝みたいなものでしょうね。母親もそういうタイプなので」。

 

とにかく楽しんでもらう

 さらに今回のシングルには、昨年開催された15年ぶりの全国ツアーから、そのハイライトを担っていた“帰り路をなくして”“ラストメロディー”“X”の音源も収録。生々しい感情を込めたヴォーカリゼーションを聴けば、パフォーマーとしての彼女の凄みを再認識してもらえるはずだ。しかし、彼女自身は「ライヴに関しては、まだまだ納得できない」という。

 「ストイックに運動してツアーに臨んだし、当然ベストは尽くしましたが、まだ違和感があるんですよね。もっと高みにいけるはずだという気持ちもあるし。でも、収穫もありました。ステージに上がる前は緊張でガタガタ震えているんですが、マネージャーから〈場数、場数〉と声を掛けてもらったことで、少し安心できたんですよね。二十歳でデビューしてからずっと歌ってきて、いろいろな経験を踏んで。〈場数だけは重ねている〉ということが自信に繋がってきたというか。いま自分のなかで流行ってる言葉は〈こちとら、場数が違う〉ですね(笑)」。

 今年も6月から8月にかけて大阪、東京、福岡、仙台で〈CONCERT TOUR『UNDER BABIES』〉を開催。坂本昌之(ピアノ)、室屋光一郎(ヴァイオリン)、結城貴弘(チェロ)と共に行われたこのツアーにおいて、彼女は〈ステージで表現すること〉に対する新たな手応えを掴んだという。

 「いつもギリギリの状態でステージに立っているのは同じなんですけど、“シャイン”(2000年)を歌っているときに、自分で〈そんなに気合い入れる?〉と思うくらいのテンションで歌っていることに気付いて。そんな自分がちょっと怖いです(笑)。アレンジを変えた曲もありますね。“螺旋”(2000年作『インソムニア』収録)は18歳のときの曲なんですけど、以前のアレンジのままでは違和感があったので、坂本さんと相談して、いまの年齢に合うテイストにしてもらって。成長したということではなくて、それも〈いまやりたいことをやる〉ということだと思います」。

 制作/ライヴ共に充実した動きを見せている彼女がもっとも大事にしているのは、〈リスナーを楽しませるエンターテイメント性〉だという。

 「リスナーの人たちがいなければ私は生活できない。だからこそ、できるだけ楽しませたいんですよね。〈泣かせる〉でも〈笑わせる〉でもいいんですが、とにかく楽しんでもらうことが私の仕事じゃないかなって。普段から、〈周りの人たちに喜んでもらいたい〉という気持ちが強いんですよね。電車で席を譲って〈ありがとう〉と言われるだけで、〈生きてて良かった〉と思うし。人に優しくすること、しっかり気を配ること。それが自分の楽曲の根っこになっているんだと思いますね」。

 「野心がなくなってから、いろんな人に声をかけてもらえるようになって、いい出会いもたくさんあって。音楽活動もプライヴェートも、いまがいちばん幸せです」と笑顔で語る鬼束ちひろ。生来の深い精神性、さまざまな表現を採り入れることで生まれる豊かな音楽性、そして、〈人を楽しませたい〉という思いに貫かれたエンターテインメント性。理想的な居場所を見つけつつある彼女はこの先、さらなる充実期へ突入することになりそうだ。

鬼束ちひろの近作。

 

【鬼束ちひろ CONCERT TOUR『BEEKEEPER』】
・2018年12月11日(火)東京・Tokyo Dome City Hall
・2018年12月19日(水)大阪・NHK大阪ホール

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