COLUMN

bauhaus imaginista: Corresponding With 〈バウハウスへの応答〉展―グローバルな運動体としてのバウハウスへ

山脇巌 バウハウス・デッサウ 1931 武蔵野美術大学美術館・図書館 ©山脇巌・道子資料室

グローバルな運動体としてのバウハウスへ

 芸術家たちが国を超えて交感し、思想的に影響し合うようなコミューンがあるとする。それが世界同時多発的に生じた場合、代表的作品のみの紹介では情報は断片的なものに止まり、本来持っていたはずのダイナミズムは失われてしまうだろう。世界的に進行したバウハウスはまさにそのような運動体だったのかもしれない。19年のヴァルター・グロピウスの「バウハウス宣言」に見てとれるように、それは手工業から出発した造形芸術の教育の実践であるとともに、今のデザイン教育のパラダイムに寄与したが、その背景には専門的な芸術教育に対する否定があり、さらに近代における人間と世界の関係性に対してよりラディカルな改革主義的思想を孕んでいた。ヴァイマールに始まり、デッサウ、ベルリンへと移転した後ナチスの権力下のもと1933年には閉校してしまうが、その種は世界中で様々な花を咲かせた。中心人物だったジョゼフ・アルバースやライオネル・ファイニンガーらがアメリカに渡り、ブラック・マウンテン・カレッジの教育理念に深い影響を与えているのも、ほんの一例に過ぎない。

 この度、バウハウス創立100周年の国際的な記念事業〈創造のバウハウス bauhaus imaginista〉の一環として京都国立近代美術館において開催される〈バウハウスへの応答〉は、インドにはシャンティニケタンにおけるカラ・ババナ、日本には東京の生活構成研究所、ドイツを含め3つの学校から、100点あまりの関連資料や記録、または当時の学生たちの作品を集め、工房教育と予備過程といった教育面を展示する。するとそこに越境的な運動性が浮かび上がる。詩人のタゴールによって始められたカラ・ババナは、イギリス植民地主義に対抗するため過去からの切断の要素が強く、地域の伝統と芸術の融合を図る、ユートピア主義的なものだった。日本では建築家の川喜田煉七郎が現地で直接学んだ水谷武彦らとともにより具体的な「構成教育」を唱え、ローカルな伝統とも対峙しながら日本のデザイン界に絶大な影響をもたらした。注意深く見るならば、そこには相互関係性をも発見することができる。例えばヨーロッパを旅行したタゴールは岡倉天心との交流でも知られ、多くの日本人作家を現地に招致し相互関係があった等、国際的なネットワークが垣間見れるのも興味深い。さらに現代性も考慮したこの展示では、日本とインドの受容を題材とするルカ・フライとオトリス・グループが、創作によって我々を新たな視点へと誘う。

 産業的デザインの源泉としてだけでなく、各地で訴求力を持ったモダニズムの生の運動として、再考するよいきっかけになるだろう。

 


EXHIBITION INFORMATION

bauhaus imaginista: Corresponding With
〈バウハウスへの応答〉展
○開催中~10/8(月・祝)9:30~17:00 毎週金・土曜日は21:00まで開館 *入館は各閉館の30分前まで
休館日:毎週月曜日 *9/17、24、10/8(月・祝)は開館、9/18、25(火)は閉館
会場:京都国立近代美術館(4階コレクションギャラリー)

講演会〈シャンティニケタンから建築とデザインと考え、学び、作る〉
日時:9/22(土)17:00~18:30
講師:佐藤研吾(In-Field Studio/歓藍社)
会場:京都国立近代美術館1階講堂
先着100名・聴講無料

www.momak.go.jp/

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