上村彰子 お騒がせモリッシーの人生講座 イースト・プレス (2018)

2018.09.18

ネガティヴ、自己憐憫、憂鬱、いくじなし、繊細、孤独、ナルシスト……。モリッシーという音楽家につきまとう、あまり良い意味では用いられない言葉たちの数々。いやだって、2017年の最新アルバムのタイトルこそ『Low In High School』である。学校のいじめっ子たちやどうしようもない教師たちにおびえ、〈家に帰りたい/こんなところにいたくない〉(スミスの85年作『Meat Is Murder』収録曲“The Headmaster Ritual”)と歌っていたあの頃から四半世紀以上、ちっとも変っていないじゃないか。モリッシーよ、いつまでそんな陰キャでいるつもりなんだ。と言いたくもなるが、本書「お騒がせモリッシーの人生講座」の著者である上村彰子は〈いや、そうなんだけど、そうではないのだ〉と説く(ちなみに、高校時代のモリッシーは負け組ではなかったとのこと)。

モリッシー・ファン歴34年、国内のファンの多くが読んでいるはずの〈Action is my middle name ~かいなってぃーのMorrisseyブログ〉の筆者で、〈モリッシー・ナイト〉として知られる〈The Revenge of “Half a Person”〉の運営にも携わる……という〈モリッシー・ファン日本代表〉と言っても過言ではない、筋金入りのプロフィールを持つ上村。本書では、そんな彼女が〈学校〉〈音楽〉〈ザ・スミス〉〈性と愛〉〈居場所〉〈ファッション〉〈生と死〉〈社会〉というテーマごとの章立てで、モリッシーの人生や彼が歌ってきたこと、その思想とアティテュードを丁寧に解き明かしていく。〈過激な発言で炎上している、カニエ・ウェストばりに何を考えているのかよくわからないおじさん〉という印象であろうモリッシーの実像をわかりやすく、ユーモアたっぷりにつまびらかにしていく本書の読書体験は清々しくもある。

本書を通して立ち上がってくるモリッシー像は、愛にあふれ、暴力や権力の横暴に怒り、信念を貫き通す詩人であり、そしてそれらに裏打ちされたポジティヴかつパワフルなメッセージを一貫して発してきた歌手、というものだ。そんなモリッシー像は、ウジウジしたモリッシーに惹かれるファンにとっては価値観を180度ひっくり返されるようなものかもしれないが、しかしその〈ウジウジ〉でさえポジティヴィティーに立脚しているのだと本書は言う。先に〈カニエ・ウェストばり〉と書いたものの、個の力を信じるモリッシーのコンシャスさは、どこかケンドリック・ラマーにも通じるのかも、なんて思ったり。

それにしても圧倒的なのは、新旧インタヴューからの引用や章ごとの選曲、詳細な年表、〈モリッシーが影響を受けてきたアーティスト〉といったリストなどが掲載されている資料的価値の高さである。まさに〈完全保存版 オール・アバウト・モリッシー〉と呼ぶのがふさわしい、(良い意味で)強い執念を感じる労作。なにせ、上村はモリッシーの自伝『Autobiography』(2013年)の訳者……になるはずだったのが、当の本人の〈英語以外の言語に訳されるのは嫌だ〉という翻意によって、その梯子を外されてしまったという経験の持ち主。愛する者から裏切られた(?)失意が熱意に変換され、本書を生んだのだ。

推薦コメントを寄せているブレイディみかこも『いまモリッシーを聴くということ』(2017年)という見事なモリッシー本を著しているが、スミス、そしてソロのディスコグラフィーを追うことでモリッシーに迫る同書と本書とを併読することで、より立体的なモリッシー像が結ばれることだろう。『The Queen Is Dead』のリイシュー、モリッシーの新作、そしてメディアやSNSを戦々恐々とさせている発言の数々で再び注目を集めているモリッシー/スミスについて知るには格好の一冊。人生論的な書名に比して、内容は詳細なモリッシー研究だが、その名にたがわず〈ああ、モリッシーみたいに自分も頑張らなきゃな〉という読後感を得られるはずだ。なにせ〈アクションは私のミドル・ネーム〉と宣言する歌手である。

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