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【連載:IN THE SHADOW OF SOUL】[第110回]変わらないチェンジ

【連載:IN THE SHADOW OF SOUL】[第110回]変わらないチェンジ

敏腕ミュージシャンたちを従え、70~80年代に世界中のディスコを席巻したジャック・フレッド・ペトラス。そんなイタリアのミラーボール・マフィアがNYサウンドに挑んだプロジェクトこそ、今回33年ぶりの新作を放ったチェンジである。その変わらぬ魅力を探ってみよう!

 ディスコが世界的に猛威を振るった70年代後半~80年代前半、ダンス・ミュージックに特化した匿名性の高いスタジオ・プロジェクトが数多く現れた。特に目立ったのが、欧州のディスコ・クリエイターがNYのセッション・ミュージシャンやシンガーを起用して擬似的な〈NYサウンド〉を作るというもの。USソウル/ファンクの良質なエッセンスを抽出してダンス・ミュージックとしての粋を究めたチェンジは、その象徴的な存在としてディスコ・ブームのアフターをケアしたユニットだった。

 チェンジの歴史は、西インド諸島の仏領グアドループ出身でディスコDJでもあったジャック・フレッド・ペトラスがパリを経由してイタリアのミラノに開店したレコード店〈Goody Music〉から始まる。同店でペトラスは、ボローニャの音楽学校に通っていたマウロ・マラヴァシと出会い、意気投合。これが75年頃で、ペトラスがディレクション担当、マラヴァシがセッションを仕切るチームとして活動を始めたふたりは、〈Goody Music〉をレーベル稼働させ、複数のディスコ・ユニットを立ち上げていく。その多くはUS市場を狙ったもので、78~79年には、マッチョやピーター・ジャック・バンドがプレリュード、ルヴァンシュがアトランティック、ルディがポリドールとそれぞれ契約を結んで全米進出。その後に立ち上げたのがチェンジだった。

 演奏陣は、鍵盤を弾くマラヴァシのほか、ダヴィド・ロマーニ(ベース)やパオロ・ジアノリオ(ギター)といったイタリアのミュージシャンで、ヴォーカリストにはルーサー・ヴァンドロスやジョセリン・ブラウン(当時はジョセリン・ショウ名義)といったNYの実力派セッション・シンガーを起用。そうして誕生したのが、80年の初作『The Glow Of Love』に収録された表題曲などのヒットであり、これを踏み台にしてルーサーがソロ・シンガーとして羽ばたいたことは衆知の通りだ。

 トレードマークは、カッティング・ギターの効いたタイトなリズムが生み出す、ヘヴィーながらスムースなグルーヴ。70年代ディスコの躍動感を80年代的なアーバニズムで解釈した昂揚感はNYサウンドの極みだった。“Paradise”や“Hold Tight”のヒットを含む81年作『Miracles』では、ソロ・デビューしたルーサーの代わりに野生的かつフェザー・タッチな声で迫るジェイムズ・ロビンソン、シックにいたディーヴァ・グレイがリード・シンガーの座に就くが、こうした面々の起用も含め、ペトラス&マラヴァシのコンビが意識していたのはシックやインナーライフだったのだろう。〈イタリアのギャンブル&ハフ〉をめざしていたという彼らは結果的に、シックのナイル・ロジャーズ&バーナード・エドワーズやエムトゥーメイのジェイムズ・エムトゥーメイ&レジー・ルーカスらと並ぶNYサウンドの担い手としてダンス・ミュージックを高次元に導くことになる。が、メロディーにヨーロピアンな哀感が滲むあたりは彼らならではとも言えよう。そして、チェンジの成功でNYにオフィスを構えたペトラス&マラヴァシは、BB&Qバンドやハイ・ファッション、ジンクのブレーンも務め、ペトラスは単独でリッチー・ファミリーなどを手掛けていく。

 こうしたなか、チェンジは〈匿名のスタジオ・プロジェクト〉では収まりきらないほどの人気者となっていた。チェンジといえば幾何学的な模様のアルバム・ジャケットでも有名だが、82年の3作目『Sharing Your Love』ではジャケットにメンバーの姿を写し、実体あるグループとしてリスタート。ここで正式なリード・シンガーとなったのが、前作でも歌っていたジェイムズ・ロビンソンと新加入の女性デボラ・クーパーで、後にプロデューサーとして大成するティミー・アレンもベーシスト&シンガーとして加入。バック・コーラスにはフォンジ・ソーントン、ノーマ・ジーン・ライト、リロイ・バージェスなど錚々たる面々が初期からのシンガーも含めて参加し、同作はNYで活動するセッション・ヴォーカリストたちの溜まり場と化す。

 しかし、ペトラス&マラヴァシがコンビとしてグループをオーガナイズしたのは4作目の『This Is Your Time』(83年)まで。男性リードとしてリック・ブレナンが全面的に活躍し始めた5作目の『Change Of My Heart』(84年)ではジャム&ルイス及びティミー・アレンに制作を任せ、TR-808を駆使したサウンドで新しいフェーズへと突入する。続いてペトラスが単独で制作した『Turn On Your Radio』(85年)も前作を踏襲して意欲的なアプローチを見せるが、チャート的に失速。その後、音沙汰がパッタリとなくなってしまったのは、彼らをサポートしていたカシーフがそうであったようにトレンドの変化やクリエイターの世代交代ということなのだろうが、それ以上に、グループの首領たるペトラスが87年にイタリアのマフィアに殺害されてしまったことが一番の要因なのだろう。

CHANGE Love 4 Love Original Disco Culture/BBQ(2018)

 それから33年ぶりの新作を謳うのが、このたび発表された『Love 4 Love』である。90年の録音とされる未発表音源集『Change Your Mind』に入っていた哀愁バラード“Friends”(エイミー・スチュワートのカヴァー)のリメイクを含む今回の新作ではマラヴァシとロマーニが中心となり、パリを拠点に活動する女性シンガーのターニャ・ミッシェル・スミスをリード・シンガーに迎えて再出発。ストリングスを含む生楽器をメインに奏でた楽曲は、カッティング・ギターが小気味良い先行シングル“Hit Or Miss”をはじめ、ダンサーの表題曲、ヴォコーダー使いのブギー“Make Me(Go Crazy)”といった往時のNYサウンドを現行仕様にしたようなものが中心となる。

 また、チェンジは欧州ダンス・ミュージックの作り手としてダフト・パンクの先輩とも言えるが、ヴォーカルにエフェクト処理を施した“Living Monday”はダフト・パンクが興したディスコ・リヴァイヴァルに回答したような曲になっているのもおもしろい。往年の名曲に新しい命を吹き込んだボーナス収録のリミックス群を聴けば、幾何学模様のジャケットも含めて、新作の方向性が往時のグループに近い雰囲気であることに気付くだろう。名前はチェンジ。しかし、音楽的な軸は不変なのだ。 *林 剛

関連盤を紹介。

 

チェンジ以降にマウロ・マラヴァシがプロデュースした代表的な作品。

 

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