ボカロP・羽生まゐご、記念すべきファースト・フル・アルバム。YouTubeで260万回以上再生された代表曲“阿吽のビーツ”など、すでにボカロファンの間では厚い信頼を寄せられている作家だが、本作『浮世巡り』が初の全国流通盤となる。

羽生が使用するボーカロイドは初音ミクとflower。特に印象に残るのは、本作にも収録された“阿吽のビーツ”でも主役を張る後者、flowerの歌声だろう。中性的というか、ほとんど少年のようなどこか不安定さのあるその歌声は、羽生の書くどこか浮世離れした詞やメロディー、アレンジと一体となって〈羽生まゐごの世界〉を形作っている。

そんな羽生の楽曲の大きな特徴となっているのは、琴、三味線、笙、尺八などの和楽器の音色を多用していること。特におもしろいのが6曲目“夢喰いの祭り”で、曲名通り祭囃子のビートを強く意識した楽曲となっている。こういった楽曲で〈和〉というものを強調する場合、和楽器の音色をウワモノとして使用しながらもビートは普通のドラムスというパターンが多いのだが、“夢喰いの祭り”では太鼓や摺鉦がそれぞれに複雑なレイヤーをなし、独特の祭囃子を奏でている。

また、その“夢喰いの祭り”や2曲目“懺悔参り”のリズム・パターンは、どこかブラジル音楽や広義のラテン音楽のそれを思わせるところもユニークだ。ロックやポップスをベースとする多くのボカロPの楽曲ではリズムの面で単調さを感じることが多いのだが、羽生のリズム・パターンの豊かさからは、多様な音楽への理解の深さが感じられる。

羽生が支持を得ているのは、flowerの歌声と一体になったその詞世界で、歌詞には古語もナチュラルに織り込まれている。その世界観を浮世絵調で見事に表現した瀬川あをじのジャケット・イラストも含め、完成度の高いアルバムだと言えるだろう。