COLUMN

「サントリーホール 作曲家の個展II 2018」 金子仁美×斉木由美〈女性と愛をめぐるパラドックス〉

「サントリーホール  作曲家の個展II 2018」 金子仁美×斉木由美〈女性と愛をめぐるパラドックス〉

女性と愛をめぐるパラドックス

 今年の「サントリーホール  作曲家の個展II 2018」は、金子仁美×斉木由美という二人の作曲家による作品展。シリーズ初の女性作曲家特集になるわけだが、今どき「女性」であることに意味を見出す昭和的センスを筆者は持ち合わせていない(少なくとも自覚的には)。そんなことはどうでもいい。お二人だってそう思っているだろう。しかし、それでも、一方で。なんとも底意地の悪いことに、彼女らが演奏会のテーマとして掲げているのは「愛の歌」という、一見すると実に「女性的」な言葉なのだ。さて、どう解釈すべきか。

 まず大事なのは、これが一般名詞の連なりとしての「愛の歌」である以前に、二人が敬愛するフランスの作曲家、ジェラール・グリゼイ(1946-98)の楽曲タイトルらしいことだ。

 グリゼイの「愛の歌」は、1985年に書かれた合唱とエレクトロニクスのための作品。内容はまさに「愛」に満ち満ちている。まずは「世界中のすべての恋人たちへ」というベタな献辞。そして「私はあなたを愛している」という語を数か国語で発話したテクスト。ついでにその中には歴史的な文学テクストの中にあらわれる恋人たち(トリスタンとイゾルデ、ドン・キホーテとドゥルネシア姫など)の名が織り込まれている。

 しかし、曲を聴けば誰もが不安になる。言葉は母音の連なりに分解されまくって、倍音の余韻のみがひゅるひゅると棚引く。長い沈黙のあとで奇妙なホーミー唱法※があらわれたかと思えば、その先には雑踏の中のような混沌が待ち構える。つまり、素材からいえば「メイド・オブ・愛」にも関わらず、音楽はまるで愛の絶望と不可能性を総体として語っているかのようなのだ。

※モンゴルなどで用いられる倍音唱法

 ともにパリ音楽院で学んだ金子と斉木は、考えてみれば、同じように何かを描くことの不可能性をめぐって創作を続けてきたようにも思える。東北の震災の犠牲者にささげられた金子の《レクイエム》は残念ながら初演を聞き逃したままなのだが、本人の解説によればレクイエムの形式の中をグレゴリオ聖歌の音声スペクトルが漂うらしい。つまり素材は鎮魂でありながら、表現はあくまでも抽象に留まるということなのだろう。斉木の《アントモフォニーⅢ》は鈴虫などの声に題材を得ている作品だが、結果としてそれは変容の限りが尽くされて、もはや生き物の声ではなくなっている。

 となれば、「愛の歌」をテーマに掲げる彼女らのたくらみは明らかだ。そう、二人の「女性」の新作は、「愛」を語ることによって、女性と愛の不可能性を歌うだろう。芸術とはまさに、そうしたパラドックスの中に宿るなにものかなのだ。

 

 


INFORMATION

サントリーホール 作曲家の個展II 2018
金子仁美×斉木由美 愛の歌

○11月30日(金) 19:00開演(開場:18:00)
会場:サントリーホール 大ホール
出演:沼尻竜典(指揮)/野平一郎(ピアノ)/東京都交響楽団
曲目: プレコンサート・トーク:18:20~
金子仁美:レクイエム 〜ピアノとオーケストラのための~(2013)
斉木由美:アントモフォニーIII(2003-4)
金子仁美:オーケストラのための新作(サントリー芸術財団委嘱作品・世界初演)
斉木由美:オーケストラのための新作(サントリー芸術財団委嘱作品・世界初演)