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話題の映画「ボヘミアン・ラプソディ」から振り返る、クイーンの輝ける日々と名盤の数々

©2018 Twentieth Century Fox

THESE ARE THE DAYS OF OUR LIVES
映画「ボヘミアン・ラプソディ」で振り返る、クイーンの輝ける日々
幻のような現実を歩んだフレディ・マーキュリーとクイーンの物語

 クイーンの代名詞ともいうべき“Bohemian Rhapsody”という楽曲は、〈これは現実か、それともただの幻想か〉という象徴的な言葉で幕を開ける。そして、同曲が世に出てから実に43年もの年月を経て公開を迎える映画「ボヘミアン・ラプソディ」は、ドキュメンタリー作品でもなければ、ミュージカルでもない。貴重な記録映像にインタヴューを絡めながらアーティストやバンドの歴史を具体的に浮き彫りにしていく、といった類の映画が次々に制作/公開されている近年ではあるが、それともまったく趣を異にするものだ。〈伝記〉という呼び方もしたくない。むしろこれは、あくまで事実をもとにしながら構築されたヒューマン・ドラマであり、同時に、これまで伝えられてきた〈絵に描いたような物語〉が幻のような作り話ではなく現実だったことを教えてくれるものでもある。

 物語は、あくまでフレディ・マーキュリーという存在を軸にしながら、クイーンの誕生前夜から、その歴史のなかで大きな節目となった85年の〈ライヴ・エイド〉出演時までを追うものとなっている。結果的にはクイーンの前身として認知されることになったバンド=スマイルからフロントマンが脱退し、途方に暮れたブライアン・メイとロジャー・テイラー。彼らの前に突然現れて「僕はどう?」とアピールしてきたフレディ。そのフレディが、英国生まれではないがゆえに抱えていたある種のコンプレックスと、日頃から受けていた差別や侮辱。クイーンとしての始動と、チャンス到来……。そうした経緯と背景は、これまでに多数刊行されてきた書籍などを通じて筆者自身も理解してきたつもりだったが、スクリーンのなかでは記憶のなかにあるそうした事実の〈点〉のひとつひとつが〈線〉として繋げられていく。

 音楽業界の有力者との接触。影響力の大きなTV番組への出演。何かひとつヒットすれば同じようなシングルを求めるレコード会社と、自分たちならではの音楽スタイル確立をめざそうとするバンドとの闘い。成功劇と、その裏側で失われていく平穏な日常。数々の甘い誘惑と、そこに隠された落とし穴。深い愛情と、呆気ない裏切り。そうした紆余曲折を経ながら、ようやくみずからにとっていちばん大切なものが何であるかを改めて理解するに至った主人公は、ほぼ同じ頃に、自身の人生が終わりに近付きつつあることを察知してしまう。しかし、だからこそ彼は、残された日々を……。

 必要以上の具体的説明は避けておこうと思うが、フレディとクイーンは、まさにそうした〈嘘のような本当の物語〉を歩んできた。それを裏付けるようなこの作品と向き合いながら改めて痛感させられるのは、クイーンの誕生こそがフレディにとっての新たな人生の始まりであり、このバンドこそが彼にとってのファミリーだったのだということ。そして、死というものを意識したときに見えた、実際の家族や身近な人間の大切さ。そうした心境変化が描かれる終盤の展開には、本当に心を打たれるものがある。そうした感動がもたらされるのは、称賛に値する美しい出来事ばかりが描かれているわけではなく、相当な自信家でもあったはずのフレディが抱えていた孤独の大きさや、それゆえに誘惑に抗いきれないある種の愚かしさも持ち合わせていたことが、しっかりと描かれているからでもある。

 しかも、当時がいわゆるLGBTについて今現在に比べてまだまだ無理解で不寛容と言わざるを得ない時代だったこと、フレディ自身とバンドにとって大きな分岐点となった〈ライヴ・エイド〉が飢餓に苦しむアフリカ難民の救済を目的とするものだったこと、そして、彼の生涯に終止符をもたらしたのがエイズだったこと……。そうした事実のひとつひとつが、クイーンとフレディの物語における時代背景の意味を大きさまでをも伝えてくれる。

 「ボヘミアン・ラプソディ」は、そうした人間ドラマとして奥行きのある作品であるのと同時に、当然ながら、音楽ファンならばいっそう深く楽しめる部分というのを持ち合わせている。初期のクイーンは、当時の所属マネージメントが所有するスタジオの空き時間を縫うようにしながらアルバム制作に取り組み、幾度もテープ・ダビングを重ねながらあの分厚いコーラスや独特のサウンドを作り上げており、70年代の作品にはいつもクレジットの最後に〈誰もシンセサイザーを使用していない〉という一文が見受けられたものだ。この映画のなかでは、そうした気の遠くなりそうな作業の模様も再現されている。

©2018 Twentieth Century Fox

 そうした過程を経て、のちに広大な農場に設えられたスタジオにこもって録音された『A Night At The Opera』の制作風景や、さらには“We Will Rock You”や“Another One Bites The Dust”といった楽曲が生まれたプロセスなども、とても克明に描かれている。何度歌っても終わらないコーラス録音にしびれを切らしたロジャーが苛立ち、フレディがそれをなだめる場面なども、とてもリアルだ。同時に、各メンバーを演ずる役者たちのなりきりぶりも尋常ではない。なにしろ姿や表情ばかりではなく、語り口調までそっくりなのだから。

 あくまでフレディの存在を軸としながら編まれた物語であるとはいえ、当の彼自身の記憶や現在の解釈といったものを、この映画に盛り込むことが不可能であるのは言うまでもない。が、そこでブライアンとロジャーが制作面に全面協力していることが、この映画にとんでもないリアリティをもたらしている。さまざまな局面でのフレディの発言や仕草がとても生々しく感じられるのは、それらが実際、かつて彼らが耳にし、目にしてきたものだからであるに違いない。もっと言うならば彼らには〈フレディが言いそうなこと、やりそうなこと〉もわかっているのだ。

 加えて、まさしく70年代の音楽雑誌の誌面で見た覚えのあるような風景やコスチューム(ステージ衣装ばかりではなく普段着までも!)、場面といったものが映画の随所にちりばめられている。古くからのファンはそうした記憶が映像となって動きはじめたかのような不思議な感覚を味わうことになるだろうし、逆に当時を知らない世代にとっても、この「ボヘミアン・ラプソディ」と向き合うことは、クイーンとフレディの足跡、そしてあの時代を追体験することのできる絶好の機会となるに違いない。 *増田

 

「ボヘミアン・ラプソディ」
【監督】ブライアン・シンガー
【製作】グラハム・キング、ジム・ビーチ
【脚本】アンソニー・マクカーテン
【音楽総指揮】ブライアン・メイ、ロジャー・テイラー
【出演】ラミ・マレック(フレディ・マーキュリー)、ルーシー・ボイントン(メアリー・オースティン)、グウィリム・リー(ブライアン・メイ)、ベン・ハーディー(ロジャー・テイラー)、ジョー・マゼロ(ジョン・ディーコン)、エイダン・ギレン(ジョン・リード)、トム・ホランダー(ジム・ビーチ)、マイク・マイヤーズ(レイ・フォスター)他
■原題:Bohemian Rhapsody
■11月9日(金)より全国ロードショー
■配給:20世紀フォックス映画 © 2018 Twentieth Century Fox

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