日常が今よりほんの少しハッピーになる音楽を──ジャズを母体にさまざまな音楽へと翼を広げるインスト・バンド、tsukuyomi(ツクヨミ)のサクソフォニストにしてリーダー、庸蔵が掲げるテーマは明確だ。サックスとヴァイオリンの奏でるメロディーを軸に、R&B、ヒップホップ、ラテン、スカなど、心地良い響きを求めてクロスオーヴァーする音楽性。それは10代でロック・バンドを始め、20代でジャズに転身し、菊地成孔のローディーとして過ごした4年間を経て、30代にしてバンドを立ち上げた庸蔵の〈私の考えるジャズ〉そのものだ。

 「エレクトリック時代のマイルス・デイヴィスを聴いてサックスを始めました。〈マイルスなら菊地成孔さんだ〉という直感で菊地さんをいきなり訪ねたんですけど(笑)、学理は教えてくれてもサックスのことは一切教えてくれない(笑)。それでもタクシーの中での会話とかがめちゃくちゃおもしろくて、音楽よりも深いものを教えてもらったし、いちばん影響を受けたのは間違いなく菊地成孔さんです」(庸蔵:以下同)。

tsukuyomi Parallel Tripper Playwright(2018)

 バンドの売りはソプラノとアルトを使い分けるサックスとヴァイオリンというフロントライン。4年ぶりに届いたセカンド・アルバム『Parallel Tripper』では、唯一の女性メンバーである大岩紗彩が素晴らしい弓捌きを見せてくれる。

 「ヴァイオリンはソプラノ・サックスとほぼ音域が同じなので、複雑なメロディーとハーモニーが作れるんですよ。“Fingertips”には男と女の駆け引きというテーマがあって、ヴァイオリンとサックスのどっちがメインでもなく行ったり来たりする。いわゆる夜の駆け引きを表現してます(笑)」。

 リズム隊も強力だ。ピアノは木村イオリ(bohemianvoodoo/PRIMITIVE ART ORCHESTRA)で、結成当初からのメンバーである丸山力巨(ギター)、梅田誠志(ベース)、只熊良介(ドラムス)の3人は、冷牟田竜之率いるMORE THE MANのメンバーとしても活躍中。涼しい顔で変拍子もバリバリこなす凄腕揃いだ。

 「ほとんどの曲はコードとシンプルなリズムを書いただけの譜面を渡したら、完成形に近い演奏をファースト・テイクで出してきて、とんでもないメンバーだといつも驚かされます。僕が最小限の約束事を作るだけで、みんながいろんなセンスを落とし込む。ジャンルがジャズではない曲をやっても、考え方はジャズだと思います」。

 まずはイメージ作りから始めるという、作曲の手法もユニークだ。高速ラテン調の“Fingertips”が〈男と女の駆け引き〉ならば、ヨーロピアン・ジャズの香り高い“雨時々Paris”は、雨降るパリのそぞろ歩き。ヒップホップ調の“Gran Ce Note”は、メキシコにある天然の洞窟〈グランセノーテ〉の透明度の高い水の中をイメージした……など。そんな話を聞いていると、メロディアスな曲がよりロマンティックに聴こえて楽しくなる。

 「“Endless Job”は、昔々星座を考えた人たちが、翌日になったら星が動いてるから〈昨日の星座はどれだっけ?〉という、その仕事が終わらないというイメージです。“Elevation”は、サグラダ・ファミリア教会ですね。サグラダ・ファミリアの建築には、畑の違う超一流の人が集まっているんですけど、それと同じで、6人がひたすらミニマルなことをやるなかで、音楽が〈Elevation=上昇〉してすごい建物ができるというイメージです。男同士でそんなロマンティックな話をしても照れ臭いんで、〈サグラダ・ファミリアな曲だからよろしく〉とか、ひとことで済ませますけど(笑)」。

 ジャズを出発地に、さまざまな世界を音楽旅行するアルバムだから『Parallel Tripper』。シティー・ポップにも通じる軽やかでロマンティックなスタイルが、tsukuyomiを他のインスト・ジャズ・バンドとは一線を画すオリジナルなものにしている。

 「今回のアルバムのテーマは〈キャッチー〉〈口ずさめる〉〈ハッピーになる〉。人生をガラッと変える曲ではなくて、聴いた人の日常を今よりほんの少しハッピーにしたい。それが僕のやりたい音楽なんです」。

 


tsukuyomi
サックス奏者の庸蔵を中心とするリーダー・ユニット。現在は、大岩沙彩(ヴァイオリン)、木村イオリ(ピアノ:bohemianvoodoo/PRIMITIVE ART ORCHESTRA)、丸山 力巨(ギター:Soothe/MORE THE MAN)、梅田誠志(ベース:The Soul Klaxon/MORE THE MAN)、只熊良介(ドラムス:chocolatre/MORE THE MAN)を加えた6人編成。2011年のワンマン・ライヴをきっかけに活動をスタート。2014年に8人編成のチームとしてファースト・アルバム『honeymooner』をAPOLLO SOUNDSよりリリースし、その後も断続的に活動を続ける。現体制となって制作を進め、セカンド・アルバム『Parallel Tripper』(Playwright)を11月7日にリリースする。