サウンド面で助力した共同制作者・荒木正比呂が語る中村佳穂と『AINOU』

 『AINOU』のサウンド面のキーを握るのが、レミ街やtigerMos、fredricsonなど複数のユニットで活動する荒木正比呂だ。〈キーボーディスト〉と紹介されることも多いが、本人が「僕は電子音楽の人間であって、キーボーディストという意識はありません」と話すように、エレクトロニカや現代のビート・ミュージックにも精通したサウンド・クリエイターと呼ぶのが相応しいかもしれない。生音の響きを活かしながら、それを現行ソウル通過後の音として構築した本作の立役者のひとりだ。

 中村はそんな荒木のことを「彼はどの位置にどの音があるべきかすごくこだわり抜いてる一方で、ラフさも持ち合わせている。そのバランス感覚が天才的だと思うんですよ」と絶賛するが、かたや荒木も中村のことをこう讃える。

 「彼女の歌にはストレートに脳を揺さぶられるような感覚があるんですよね。特定の歌唱法を用いず、脚色のない歌で、これほど力強くユニークな人は稀な存在だと思う」。

 2年半に及ぶ制作期間を振り返り、「参加した曲のほとんどにおいて、一度は〈この曲は完成しないんじゃないか〉と絶望的な気持ちになった」と荒木は話すが、そのなかでさまざまな制作方法が試みられたという。

 「例えば佳穂ちゃんとドラムスの深谷雄一と何日間も合宿し、部屋にずっと簡易セットを組んでおいて朝起きてすぐ作ってみたり。そういったことを繰り返しながら、作る時間帯も朝がいいのか晩なのか、連続何日間までなら集中力が保つのか、食事や睡眠のベストなタイミングはいつなのか、いろいろ探ってみました。合間に運動を挿んでみたり、温泉に入ってみたこともあった。そうするなかで、それぞれの得意/不得意や性格の相性もわかってきました。また、SNSで毎日雑談するようなノリで曲作りができたらチームとしてかなりレヴェルアップするんじゃないかと思って、Slackを使ってデモやスタジオ録音をアップしたり、同じソフトを買ってアレンジや音色、フレーズのアイデアを日常的に交換するということもやりました」。

 レコーディング中は荒木が打ち込んだビートを深谷の生ドラムで再現するなど、打ち込みと生の境界線をあえて曖昧にする試みも行われたほか、共同作曲者として5曲で荒木の名前がクレジットされているように、メロディー作りにおいても彼のアイデアが反映されている。そこにあるのは荒木の「僕はトラックに〈うたもの〉を乗せただけの音楽が嫌いなんです」という思いだ。

 「だから、今回はたっぷり時間をかけて佳穂ちゃんと曲を共有したんです。例えば僕がメロディーを持ち込むときは、あえて不完全なメロディーにしておいて、移動中や休憩中などに拙い鼻歌で繰り返し伝えたりしました。形になるまでにとても時間はかかりましたが、曲が堅くならないよう、僕の作ったメロを彼女の中に入れてもらうことが大事だと思ったんです」。

 気の遠くなるような作業の果てに完成した『AINOU』。本作は2年半に及んだ彼らのコミュニケーションの成果でもあるのだ。

『AINOU』に参加したアーティストの関連作品。