©Bob Gruen

貴重なアーカイブ映像とともにクラプトン自らが語る!

 エリック・クラプトンのギター演奏はとても雄弁だが、その人柄は基本的にシャイな性格で、本心をさらけ出すのが非常に苦手だという。彼は07年に自伝を発表したが、心情の露呈が充分じゃない、もっと赤裸々に!と編集者に原稿を突き返され、書き直しを繰り返す過程を経ての出版だったと聞く。

 だから、クラプトンを描くドキュメンタリーの制作はむずかしさを抱えるが、「12小節の人生」は彼の内面にも切り込む映画となっている。監督のリリ・フィナック・ザナックはアカデミー賞に輝く映画プロデューサーで、91年の初監督作「ラッシュ」はクラプトンが音楽を担当した。本作はそれ以来の親しい付き合いゆえに生まれた映画で、クラプトン本人が彼女が監督をするならと申し出て、「ラッシュ」以来の監督作となったのだという。

 〈12小節〉はブルーズの基本的な音楽構造で、若くしてブルーズのとりこになり、その音楽の探究に生涯をかけてきた男にふさわしい題名に思える。だが、実際に映画を観ると、その12小節が指すブルーズは、音楽のこと以上に実人生における苦悩を意味するようだ。本人が人生の体験をどのように音楽に注ぎ込んできたかを率直に回想する内容は、音楽ドキュメンタリーであり、人間のドキュメンタリーでもある。ミュージシャンとしての成長と大成功と同じくらいに、複雑な家庭環境、報われぬ熱烈な恋愛、長年の麻薬と酒の耽溺、幼い息子を失う悲劇という私生活の劇的な状況や事件を大きく扱う。

 映画は「至福の」と回想する幼少期から始まるが、9歳の時に出生の秘密が明らかにされる。祖父母が両親を演じ、不在の姉が実の母だったのだ。だが、息子と再会した彼女は母となることを拒絶する。これが彼にもたらしたトラウマがその後の人生での人間関係、特に女性関係に多大な影響をもたらしたという視点は本作の根底をなすもので、中盤にも時間を戻し、母との関係に再び触れるところがある。

 まもなくエリック少年はラジオでブルーズという音楽を知り、ギターを買ってもらうと、家族を悩ませるほど熱心に練習し、腕前をめきめきあげていく。ギターを弾いている時間には「苦しみを忘れられる」からだった。

 ルースターズに始まり、ヤードバーズへの参加、ジョン・メイオール&ブルーズブレイカーズでのギタリストとしての評価の確立、そしてクリームでの大胆に即興を展開する新たなサウンドとアメリカでの大成功まで、60年代中期は貴重な過去映像とインタヴューできっちり描かれ、リトル・ウォルターのハーモニカやインド音楽がギター演奏に影響したことや、録音方法を工夫し、レコードで聞けるロック・ギターの音を革新的に変えた逸話なども挟まれる。

 だが、音楽ドキュメンタリー的なのはそこまで。クリーム解散後の音楽的方向性の大きな変化に影響を与えたザ・バンドとデラニー&ボニーの名前すら出てこない。ここからは苦悩する人間クラプトンの物語となるのだ。中盤は親友ジョージ・ハリソンの妻パティ・ボイドへの報われぬ恋とその思いを赤裸々に作品にしたデレク&ザ・ドミノズの名作『いとしのレイラ』についてで、全編の3分の1を費やす。

©Harrisongs

©Patti Boyd

 本作では本人と関係者のインタヴューからの語りがナレーションとして物語を進行させるが、インタヴューに答える顔を画面に出さない。主役が過去の告白をする表情を見られたくないからと推測するが、ここでの当事者2人の痛々しいまでの回想と当時の映像、写真とのよく考えられた組み合わせは効果的で、こちらの胸を強く打つパートに仕上がっている。

 70年に『いとしのレイラ』という歴史に残る傑作を完成させたが、その必死の懇願におじけづいたパティは去っていき、〈すべてが無駄だった〉と絶望にとらわれたところに、親友ジミ・ヘンドリックスの急死が追い打ちをかける。クラプトンはサレーの豪邸にひきこもり、ヘロインに耽溺する数年間を送った。

 74年になんとか復帰するが、断った麻薬の代わりに、大量の飲酒に溺れる生活を長年続けることになる。昼前にコニャックが1本空く悲惨な状態だった。当然酒浸りは演奏の質にも影響し、コンサートで観客と揉める事件もしばしば起こした。この時期はアルバムを着実なペースで発表し、ヒット作もあっただけに、その裏側の実態を暴露する映像がファンには一番衝撃的に違いない。自殺しない唯一の理由は酒を飲めなくなるからと発言する酩酊状態のインタヴューには言葉を失う。そして、76年の泥酔しての悪名高い人種差別発言についても触れられる。

©Janet Bruce

 80年代前半、そんな荒れた生活に体が耐えられずに遂に入院。禁酒の努力を始めるが、本当に人生を立て直すきっかけは、86年の息子コナーの誕生で、子供の存在に〈大人になれ〉と教えられ、遂に彼はしらふに戻ることができた。

 ところが、その愛する息子が転落事故で僅か4歳で死亡する。彼は音楽に癒しを求め、この悲劇の苦難を乗り切った。そこから生まれたのが、あの“ティアーズ・オブ・ヘブン”だが、〈天国で再会できたら〉という歌詞の発想のもとになった死後に届いたコナーの〈パパにまた逢いたい〉の手紙の映像と共に歌われる場面には目頭が熱くなるはず。

 そして終盤は急ぎ足だが、2002年に再婚したマリアと娘3人と幸せな家庭を築き、98年にアンティグアに設立した更生施設クロスロード・センターで、中毒患者の社会復帰を手助けする姿を紹介し、遂に安定した人生をつかんだクラプトンの姿で締め括られる。

「エリック・クラプトン~12小節の人生~」
監督:リリ・フィニー・ザナック(「ドライビングMISSデイジー」製作)
製作:ジョン・バトセック(「シュガーマン 奇跡に愛された男」「We Are X」)
編集:クリス・キング(「AMY エイミー」)
音楽:グスターボ・サンタオラヤ(「ブロークバック・マウンテン」)
出演ミュージシャン:エリック・クラプトン、B.B.キング、ジョージ・ハリスン、パティ・ボイド、ジミ・ヘンドリックス、ロジャー・ウォーターズ、ボブ・ディラン、ザ・ローリング・ストーンズ、ザ・ビートルズ etc.
2017年/イギリス/英語/ビスタ/135分/原題:ERIC CLAPTON : LIFE IN 12 BARS/日本語字幕:佐藤恵子
©BUSHBRANCH FILMS LTD 2017
配給:ポニーキャニオン/STAR CHANNEL MOVIES
提供:東北新社 映倫(PG12)
◎11月23日(金・祝)TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー!
ericclaptonmovie.jp