©竹下智也

菊地雅章の美学を受け継ぐ、須川崇志の異端的デビュー作

 瞬間的な閃きを見せながら、絶えず推移していく怜悧でスリリングな音の群れ。三人の音楽家がときにお互いの様子を伺い、ときに自在にギアを変え個性をぶつけ合う。ブルックリンから届けられた半日に渡る即興的応酬は、瞬間的なスリルに満ちている。しかし、国内外問わず活動をしてきたコントラバス/チェロ奏者須川崇志の満を持しての初リーダーアルバムでもあり、ある種の圧を感じることができる。

須川崇志トリオ アウトグロウイング SONG X JAZZ(2018)

 「昔から自分の最初のアルバムではレオと録りたかった」と語る須川。十数年前留学先で、欧州や南米出身の実力者たちと自由に音楽的な挑戦を試みていたが、そこに当時無名のレオ・ジェノヴェーゼもいた。しばらくしてエスペランザ・スポールディングのアルバムで新鮮な気風を吹き込み、一躍ジャズファンに知られる存在となっていった気鋭ピアニスト。今作では的確なアブストラクト的テクスチャーを変幻自在に披露している。

 そこへ加わるのが、 今秋ネルス・クラインのバンドで初来日も果たし、NYのジャズシーンでその存在を欠かすことのできないドラマー、トム・レイニー。抑制の効いたアンサンブルの精妙さと音色選択に定評のある奏者だ。

 須川もまた、日野皓正、峰厚介や辛島文雄などの日本のベテランから若手の石若駿まで、世代関係なく共演しインタープレイの練度を高めてきた。耳の良い三人が集まると「一瞬で終わりどころを判断できる、編集する必要のない即興が生まれた」とのことだ。

 と同時に、メロディを聴かせるチェロ奏者としても特異だ。簡素でアルカイックな美をもつ、箏奏者八木美知依作曲の「十六夜」を取り上げ、また須川本人による作品には伝統的な和声法からの逸脱や、ある意味突き放されるかのようなメロディの中断が現代的に聴こえる。

 「やっぱりプーさん(菊地雅章)の影響は大きいです」。菊地のNYの自宅に通い交流を深め、和音を音程の集合と捉え直し慣習的奏法を取っ払い、徹底的に耳で音を捉える姿勢に共鳴した。今なおアンダーグラウンドのミュージシャンに影響を与えるその原理的思考を須川は継承し、メンバーと共有している。

 〈Outgrowing〉=「成長すること」。常にエッジを求めながらも、創造的音楽家との邂逅を楽しんできた須川崇志の成長の記録。録音芸術としても、通常のジャズアルバムとは異なる臨場感のあるミックスがされており凡庸さの欠けらもない。日本と国外を行き来する音楽家の、世界へと投げられた問題提起の作品と言えるだろう。

 


LIVE INFORMATION

須川崇志トリオ feat. レオ・ジェノヴェーゼ、トム・レイニー「Outgrowing」CDリリース記念ツアー
○3/2 (土)桐生 Jazz&Blues Bar Village
○3/4 (月)仙台 エルパークスタジオホール
○3/6 (水)福岡 New Combo
○3/7 (木)飛騨市 飛騨市文化交流センター
○3/8 (金)京都 Bonds Rosary
○3/9 (土)東京 新宿Pit-Inn (ゲスト: 八木美知依)

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