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ジャズとクラブ・シーンとの交流

そんな本作を聴いて想起したのはモーゼス・ボイドだ。南ロンドン出身のモーゼスは、ドラマーとしてUKジャズ・シーンを牽引する男。ジャズを出自としているが、2017年のミニ・アルバム『Absolute Zero』では、ロイ・ヘインズをリスペクトするジャズ愛聴者としての側面だけでなく、グライムやテクノといった要素も多分に込めるなど、洗練された折衷的サウンドを鳴らした。

そこにはジャズの文脈のみならず、アズ・ワンの『Planetary Folklore』(97年)や、カール・クレイグがインナーゾーン・オーケストラ名義で発表した『Programmed』(99年)など、テクノ側からジャズを拡張した者たちの歩みも射程に入るヴィジョンが描かれている。ヌビア・ガルシアがフローティング・ポインツの支援を受けるなど、最近のUKジャズにはクラブ・シーンの流れを汲むアーティストも多いが、その象徴こそモーゼス・ボイドと言えるだろう。

モーゼス・ボイドの2018年作『Displaced Diaspola』収録曲“Rye Lane Shuffle”

 

スウィンドルはグライム・シーンからジャズを拡張する

本作は、そうしたUKジャズの現況に対する返答とも言える作品だ。先にも書いたように、スウィンドルはグライム・シーンでの活躍によって、リスペクトを集めてきた。そこからジャズ、ファンク、ソウル、グライムが交雑したサウンドを鳴らすに至り、UKジャズ・シーンのアーティストたちと共演するようにもなった。

このような道程を経て誕生した本作は、グライム側からジャズを拡張する革新的音楽で満ちあふれている。それこそ、〈僕たちは自分たちのことを自分たちの流儀でやって、そこにはルールも限界もないという思想〉とスウィンドル自身が述べる、『No More Normal』という言葉の意味そのものだ。

『No More Normal』収録曲“Rerach The Stars”

 

〈人々は手を取り合える〉というポジティヴなメッセージ

本作のオープニング“What We Do”では、ライダー・シャヒークの素晴らしいスピーチが聴ける。音楽は階級や宗教などさまざまな垣根を越えるというメッセージは、あまりにナイーヴすぎると笑われるかもしれない。だが、スウィンドルはそんなこと気にもしないだろう。〈Peace, Love & Music〉という言葉を平然と掲げる男なのだから。

人種差別のニュースを見たことが背景にある“Talk A Lot”など、本作はこれまでの作品と比べてシリアスな側面も目立つ。しかし基本的には、〈人々は手を取り合える〉というポジティヴなフィーリングが色濃い。それを証明するように、スウィンドルは多くのアーティストと素晴らしい音楽を作り、こうして私たちに届けてくれた。そういう在り方自体がメッセージになっている『No More Normal』は、分断の深刻さが叫ばれることも多い現在を憂慮する人々の盾となり、力強く励ましてくれるだろう。