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〈怪物たち〉と戯れる内田光子&ラトルのベートーヴェン

 「演奏に〈絶対性〉はありません。それは楽譜に書かれた真実だけです。演奏家は作曲家の手稿譜に当たり、解釈に再考を加えながらそれを究め、人々と分かち合う目的のために存在します。現れては消えていく中で〈まあ、いい演奏もあったわね〉という感じ。だから(ベルリン・フィル・レコーディングスからディスク化の申し出があったときも)最初は〈古いのを出すなんて、いや〉だったけど、〈まあ、聴いてくれ〉と言われ、聴いてみたのです。本当のライヴのバイタリティーがある演奏だと思いました。2010年当時のサイモンと私。お互い、まだ若かった(笑)時点の記録には違いありません。もし今、改めて入れ直せば別のことをするでしょう。私自身は同じ曲を何度も録るの、好きではありません。それは演奏家の驕慢(きょうまん=おごり)です。よく3度も取り直し、最初のが一番よかったなんてケースがあるでしょ? ベートーヴェンの協奏曲の録音も私、クルト・ザンダリンクさんとのものだけと考えています。今回は大好きなサイモンとの記念であり、レコーディングではなく演奏会なので〈まあ、出しても構わないでしょう〉と、ハラをくくりました」

内田光子,SIMON RATTLE,BERLIN PHILHARMONIC ORCHESTRA ベートーヴェン: ピアノ協奏曲(全曲) Berliner Philharmoniker(2018)

 内田光子自身が、サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との全曲ライヴの発売に同意するまでの経緯を語った。確かにライヴならではの〈ノリ〉は圧倒的だ。確かな打鍵と木質系の温雅な音色でベートーヴェンの音楽の懐に分け入りながら、才気煥発に〈相〉を刻々変化させる内田のピアノにラトルが機敏に応じ、フィルハーモニカー全員が獰猛に食らいついてく。「ベルリン・フィルにしかない力です。いうなれば彼ら、怪物なんですよ。怪物と弾く楽しさがありました。ああ、サイモンは怪物ではありませんよ。あくまでベルリンのフィルハーモニカーたちです」と、内田は丁々発止の舞台裏を振り返る。CDとブルーレイ・オーディオ、ブルーレイ・ヴィジュアルでは音の傾向が少しずつ異なるので、聴き比べの楽しみも用意されている。