〈ウッドストック〉の行われた69年、音楽シーンの流れが大きく変わろうとしていたその年に、あるバンドが本格的な活動を開始する。従来のロック・フォーマットにブラスを採り入れ、当時としては画期的な編成で新時代を牽引した彼らは、以後、時流に合わせてスタイルを変えながら、質の高いエンターテイメント性を維持し続けてきた──シカゴ。朝靄に包まれた甘いまどろみ、素直になれない別れ際、心浮き立つ土曜の昼下がり、そこにはいつもあの音が鳴っていた。そして今も……

 オリジナルの新作としては『Chicago XXX』から約8年ぶりとなる『Chicago XXXVI: Now』を発表したアメリカン・ロックの雄、シカゴ。ひと口に8年と言うと、長いブランクがあったように思いがちだが、実際の彼らは毎年ツアーで世界中を駆け、日本にも3回来ている。作品的にも、94年に完成したままお蔵入りしていた幻のアルバムが『Chicago XXXII: Stone Of Sisyphus』として陽の目を浴びたのを筆頭に、75年の未発表ライヴ音源『Chicago XXXIV: Live In ’75』やクリスマス盤『Chicago XXXIII: O Christmas Tree』などを出し、昨年もセルフ・カヴァー集をデジタル・リリース(サイトではCDも)。これは今作の発表前に〈35〉とナンバリングされた。折しもこの6月には、かつてバンドの表看板を背負ったピーター・セテラがクラブ公演のために来日。何かと話題の絶えないシカゴ周辺だったから、ファンも新作への枯渇感は強くなかったのではないか。

CHICAGO 『Chicago XXXVI: Now』 Frontiers/MARQUEE(2014)

 そんなところにすんなり登場した『Chicago XXXVI: Now』。振り返ればツアーで新曲を披露するなど、実は2年ほど前から断片的なニュースが届いていた。昨年にはリード曲の配信も始まったが、〈XXX〉の時は15年以上もオリジナルの新作を出さず、ファンをヤキモキさせた連中である。リリースへ漕ぎ着けるにはもっと時間が必要、と思い込んでいた。

 長きに渡って新作がなかった原因のひとつは、従来のAOR路線を離れたいと思っていた彼らが新たな地平をめざした渾身の冒険作〈Stone Of Sisyphus〉にある。これが新機軸を望まないレコード会社の圧力で未発表となり、そのショックがバンドに暗い影を落としたのだ。彼らは企画作品やライヴ盤でお茶を濁し、せっかくの新曲もベスト盤に収録するだけ。結束が乱れたメンバーのなかには、「もうツアーだけやっていけば良い」というネガティヴな発言さえ出たという。

 だが、シカゴの熱狂的なファンであるラスカル・フラッツのジェイ・ディマーカスがプロデュースを買って出て、〈XXX〉が完成。2年後には因縁の〈Stone Of Sisyphus〉も世に出て、メンバーは大いに溜飲を下げたに違いない。今度の『Chicago XXXVI: Now』も、録音時期の近い〈XXX〉より、むしろ〈Stone Of Sisyphus〉に似た印象がある。これはバンドが〈サプライズと探求の心〉を取り戻した証左だろう。もちろん〈XXX〉にもそんなスピリットがあったと思うが、勢いで急ぎ作り上げた作品ゆえ、全員が一丸となってモチヴェーションを上げる余裕はなかったと思われる。