So Sorry,Hobo梶原笙の「聴きました」「読みました」「書きました」「そうですか」

第1回「これはなんですか。あなたは誰ですか」

2月14日

Mikiki編集部の酒井さんから「連載をやりませんか」というメールがくる。バンドの宣伝にもなるし無職で暇なのでとてもありがたい誘いだ。ぜひやらせてください、ぐらいの勢いで返信する。
でも、なにを書こう。「音楽に関連していれば基本的にはなにを書いてもオーケーです」というようなことを言われているのだけど、こういうのが一番困る。なにを書いてもいいということは、なにを書いてもダメだということでもあるような気がしてしかたがない。書いたらダメなことを書いて怒られたくない。怒られるのが本当にいやだ。

音楽に関連していること……このサイトは音楽に関連するものばかりだ。ディスクレビュー、うんうん。ライブレポート、そうだねえ。インタビュー、これ以上なく関連しているね。音楽まみれ。
これらの記事はみんなちゃんとした(ちゃんとした?)ライターさんが書いている。言葉づかいに間違いはなく、丁寧で、読みやすい。僕の文章とは大違いだ。たぶん背も高いんじゃないか。そんなちゃんとしたライターさんの書いたちゃんとした記事が並んでいるなかで、僕みたいな知名度のないミュージシャンにはなにが書けるんだろう。
というか、ミュージシャン、ミュージシャンか。そもそも僕ってミュージシャンなんだろうか。ただ単に音楽をやっているだけの人と、ミュージシャンというものには大きな隔たりがあるような気がする。でもそれを隔てているものってなんだろう。境界線はどこにあるんだろう。これについて考えるには、まずミュージシャンというものが「職業」なのか「ありかた」なのかを定義する必要があって…………。
こんな感じでだんだんと迷走がはじまり、書いては消し書いては消しを繰り返してどん詰まっていたのだけど、酒井さんからのメールを読みかえしてみると「音楽ブログというのはいかがでしょう」という提案がかわいらしく座っていた。あまりにもかわいらしいので見逃していた。そうか、音楽ブログか。音楽ブログってなんだ?

「音楽ブログ」とグーグルに打ち込んでみて、出てきたサイトをいくつか眺めてみる。ふーんと思う。すごいなあと思う。音楽ライターのかたが運営しているサイトが多いのだけど、やっぱりちゃんとしている。ひとつの楽曲やアルバムやミュージシャンを題材に、たくさんの引用を散りばめながら豊富な語彙で批評したり、時代性や政治性を考慮しつつ制作された背景を考察したりしている。知らない横文字もたくさん出てくる。たぶんこの人たちも背が高い。
僕に期待されているのはこういうものなんだろうか。いや、たぶんちがう。こういうものを掲載したいならそれこそ本職のライターさんに依頼すればいいだろう。僕が思うにこれだとすこし「音楽」の要素が強すぎる。もっと「ブログ」に寄り添ったほうがいいんじゃないか。

ブログといえば、僕は一週間にあったことをまとめるだけのブログをやっている。
今日はどこに行って、なにをして、誰と会いました。今日はどこに行って、なにをして、誰と会いました。今日はどこに行って、なにをして、誰と会いました。今日はどこに行って、なにをして、誰と会いました。今日はどこに行って、なにをして、誰と会いました。今日はどこに行って、なにをして、誰と会いました。今日はどこに行って、なにをして、誰と会いました。
そういうことばかり書いている。音楽のことはほとんど書いていない。そうか、ここで省かれている音楽のことを拾いあげて書いてやればいいんじゃないのか。僕だって一応音楽を聴いたり演奏したりしているのだから、書いて書けないことはないだろう。

考えをまとめるために散歩に出かける。寒い。『Ihunke Remixes』をiPhoneから流す。ここ最近で一番聴いているアルバムで、タイトルのとおりアイヌの音楽家安東ウメ子が2001年にリリースしたアルバム『Ihunke』のリミックス盤だ。リミックスはニコラ・クルースとかがやっていて、僕はニコラ・クルース以外の人のことは知らないけどけっこう豪華な面子らしい。
言葉のせいなのか異物感というか、未知のものだという感触が強い。僕がアイヌ音楽にもリミックスものにも疎いからかもしれない。
とくに気に入っているのは四曲目の“Iyomante Upopo (Andi Otto Remix)”で、奥行きがあるようなないような不思議な音の重なりかたがとてもよい。

十分ほど歩いてジブリ美術館のあたりまで来たところで、だけどなあ、と一旦立ち止まる。やっぱり自分の知名度のなさが気にかかる。ブログというやりかたは、つまり僕が聴いたものや観たライブや自身のバンドについて書くということになるのだけど、それってどうなんだろう。本当にすこしだけ存在している僕を応援してくれている人たち(ありがとう)以外にはどう映るだろうか。知らないバンドの知らないメンバーが知ってる音楽や知らない音楽についてうだうだと語る……。どう好意的に解釈しても、興味を持ってもらえるとは思えない。
いや、でも、逆にアリという考えかたもあるのか? 音楽について僕みたいな下層のミュージシャン(もうこの連載では思い切ってミュージシャンと自称させてもらう。だって格好がつく。カタカナだし)の目線から書かれたものがメディアに掲載されているのって、そういえばあんまり見たことがない。そこに価値があるんじゃないか。
なんだかいけそうな気がしてきた。うん、これはいけるんじゃないか。急に訪れた根拠のないポジティブ。こういうことがけっこうあるのだ。都合のいい脳。散歩を切りあげ、家に帰る。

方針が決まったことを酒井さんに報告しようと、Gメールを開く。そうすると酒井さんが連載のタイトルまで提案してくれていることに気がついた。至れり尽くせりだ。
「So Sorry,Hobo梶原笙の笙・マスト・ゴー・オンにしましょう」
自分で考えます。

 

2月15日

そもそもなんで連載の依頼がきたのかということにも触れておいたほうがいい気がするのでそうする。その前に簡単な自己紹介。
梶原 笙(かじわら しょう)。26歳。無職。愛媛県松山市出身。東京都三鷹市在住。笙という字がすこし珍しいので、口頭で名前を説明するときに「しょうは竹冠に生きる、ああそうです、なま、生活の生ですね」と遠回りな感じになってしまう。なにかいい説明のしかたがあれば教えてほしい。
So Sorry,Hoboというバンドでギターと歌と作詞作曲を担当している。知らないバンドだな、と思ったかたは自分が無知なんじゃないかと不安になる必要はまったくない。去年ファーストアルバムをリリースしたばかりのバンドで、なおかつあんまり売れなかったのでむしろ知らないほうが自然だ。まあ、暇なときにでも曲を聴いてもらえればうれしい
So Sorry,Hoboは基本的に週に一回の練習と月に一、二本のライブといったペースで活動している。僕の家の近所にある井の頭公園のなかの動物園では、カピバラとか豚とかヤギとかがお客さんの前だろうとなんだろうといつだって眠そうにのんびりとしているけど、ああいう雰囲気のバンドだと思ってもらえればだいたいの感じは掴めると思う。

バンドとして二月にMikiki Pitというイベントに出る機会に恵まれ、その際に自分に影響を与えた十曲でつくったプレイリストとそれについての文章を掲載してもらった。ああいった記事がどれぐらいの量を書くものなのかわからなかったので書けるだけ書いてみたら、同じテーマで書いたほかのバンドのかたたちの何倍も書いてしまっていてめちゃくちゃに浮いた。恥ずかしいなあ、とすこしだけ思った。すこししか思わなかった。
そういえば小学生のときにも似たような経験をしたことがある。たしかあれは五年生の国語の授業でのことで、「おはなしをつくってみよう」みたいな宿題が出た。すこしイレギュラーな宿題だったので一週間とか二週間とか、長めの期限が設定されていた気がする。みんなが原稿用紙三枚だか五枚だかに設定された「すくなくともこれぐらいは書きましょう」という枚数ぎりぎりの絵本や昔話をアレンジしたおはなしを提出するなかで、僕は五十枚ぐらいの(年齢を考慮しても)ぜんぜん面白くないオリジナルのつもりのファンタジーを鼻息荒く持っていって担任の先生を困らせた。たぶんあれが「やさしい嘘」というものの存在を知った瞬間だった。「よくこんなに書いたね」と言った先生の顔も声も、鈍感な僕すら騙せないぐらいどんよりとしていた。僕は昔からやりすぎてしまうところのある人間だったのだ。
プレイリストの記事もそんな感じでたくさんの苦笑いとそれよりもたくさんの無視に迎えられたのだと思うけど、なかにはそれを面白がってくれた人もいたらしく、こうして連載をはじめられることになった。人間の好みに幅があって本当によかった。多様性バンザイ。

新宿レッドクロスへ。僕は普段挫・人間というバンドを手伝っていて、そのライブがあった。
まあ手伝いといっても開演前と終演後に物販に立つとか荷物を運ぶ程度のもので、あとは友だちでもあるメンバーと遊んでいるだけだ。ライブをリハーサルからタダで観れたりご飯やお酒を奢ってもらえたりするので、すごくお得な気分。
この日はカーネーションとツーマン。リハーサルから「夜の煙突」が聴けてうれしくなる。

本番のライブはいろいろあってすこししか観れなかったけど、カーネーションがめちゃくちゃかっこいいロックバンド!という感じでとてもよかった。終演後に挫・人間の下川に「ロックバンドだったね」と言いながら、なんてアホっぽい感想なんだと自分で思った。でもまあ、そう感じたのだ。
そのあと打ち上げに出て、気がついたら終電がなくなったのでびっくりドンキーにいったりしつつ、始発で帰った。無職になってからというもの、時間の捉えかたがアバウトになりすぎていてよくない。

 

2月20日

渋谷のスタジオペンタで週に一度のバンド練習。基本的に水曜日にやっている。
もともとワンコーラスぶんだけできていた曲を、まるっとひとつの曲にしあげてやる作業。素直にアレンジするとつまらない感じになりそうだしどうしようかな、とない頭を捻る。
捻った結果、泰葉の“フライディ・チャイナタウン”がとてもいい曲なので、ああいう雰囲気の間奏にしようとその場の思いつきで言ってみる。

しばらくやってみたけど、そもそもつくっている曲が“フライディ・チャイナタウン”っぽさの欠片もないものだったので当然うまくいかず、じゃあこの曲自体やめようとなる。三時間のスタジオのうち二時間がこの時点で経過。
そのあと適当にギターを弾きながら歌っていると曲ができそうな雰囲気だけが発生したので、じゃあ来週はこれをやろう、と言って解散。
こうやって文字に起こしてみるとあまりにも無軌道すぎてびっくりしている。でもこれで七年以上続いているのだ。こんなんだから売れないのかな。

 

2月21日

下北沢デイジーバーへ。金子くんの誕生日イベント。今年は出不精な自分の身を揺すって、なるべくライブを観にいこうと思っているのだ。金子くんはデイジーバーのスタッフ(社員だったかも)かつこの日の出演者のアナトオル・フランスのベーシストで、けっこう長いことお世話になっている。去年の誕生日イベントには僕たちも出演させてもらった。
身支度にもたもたしていたら到着がだいぶ遅れて、キイチビール&ザ・ホーリーティッツとアナトオル・フランスだけ観られた。どっちもよかった。
アナトオルのみんなとかキイチとか、ひさしぶりに会う人がたくさんいた。ツチノコみたいな扱いを受けた。
帰りの電車でyunggoth(なんて読むのが正しいんだろう)の“die with u baby”をひさびさに聴いたらめちゃくちゃかっこよくて笑った。

 

2月27日

渋谷でバンド練習。先週すこしだけやった曲を詰めていく作業。
いきの電車でンボングワナ・スターを聴いていたので「アフリカっぽいリズムにしよう」と言ってみる。メンバーが「先週はチャイナで今週はアフリカかよ」という顔をした。

そもそも「アフリカっぽいリズム」という言葉の曖昧さといったらない。メンバーも僕もそこに知識があるわけではないので、四人がそれぞれのアフリカを思い描きながら演奏してみる。しばらくやっているうちに、なんだかそんなに悪くなさそうな曲がワンコーラスできあがる。まったくアフリカっぽさはないけど、まあいいんじゃないか。
それを二回繰りかえし二番まではできたということにして、じゃあここからの流れをどうしようとなる。先週がそうだったように、間奏ですこし変化をつけようとして結局まとまらないということがこのバンドではよくあるのだけど、この曲に関しては長尺のギターソロをいれてそのまま終わるのがいいんじゃないか、と珍しくすんなり決まった。

そのソロの裏のドラムにもっと音数がほしいねという話になったものの、ドラムの足立くんはすでに両手両足をフルにつかっていたため、ひとまずライブのときは僕がそのパートだけスティックを持ってシンバルを叩くということになった。そうして曲がだいたい完成した。パチパチ。
やっぱり文字に起こすとあまりにも行き当たりばったりだなあ。大丈夫かこのバンド。あとンボングワナ・スターってそんなにアフリカアフリカしてないな。アフリカアフリカしてる/してないって言葉も意味わかんないな。あ~~。

バンドの練習が終わってメンバーとわかれたあと、下川と合流。この連載のバナー用に写真を撮ってもらう約束をしていたのだ。
街を歩きながらいくつか撮ってもらう。僕みたいな冴えないルックスの人間がかっこよく写れるわけがないので、なんというかもにゃっとした写真がいくつも生まれた。
下川には「顔面が面白いからどう撮ってもそういう感じになるよ」と言われたのだけど、いま思うとこれって普通に悪口だな。
撮れ高じゅうぶん、ということでファミレスに移動してご飯を食べることになった。おそらく長く居着くことになるので、席に案内されながら終電の時間を調べておく。

下川も僕もおたくっぽいというか、そういうところがあるのでウマが合う。バンドをやっているとそれなりに関わる人間は増えていくし、それなりに深い仲になった人もまあまあいる。でも彼や彼女らとの交流はライブハウスでしか発生せず、わざわざ外で会って遊ぶ(この日も撮影とか言ってるけど、要は遊びだ)ような友だちは下川ぐらいしかいない。三人とか四人で遊ぶときも、下川はそのなかに絶対いる。今年にはいってから下川抜きで誰かと遊んだのは、ふだん北海道に住んでいる友だちが東京に来たときにご飯を食べにいった一度だけだ。
僕って本当に友だちがいないんだなと思う。まあいいんだけど。
おたがいにめちゃくちゃおしゃべりで、喉を傷めるぐらい話しまくる。基本的に話題は「人生どうにもならないね」ということを再確認しあうか、最近読んだ本や聴いた音楽をオススメしあうかの二種類しかない。この日は主に後者だった。「人生どうにもならないね」という事実の再確認も、もちろんすこしした。

僕はほそやゆきのの「鹿の足」という漫画や、井戸川射子の「する、されるユートピア」という詩集がとてもよかったという話をした(こういうときに作者のかたに敬称をつけるべきかどうか、いまだによくわからない)。

下川からはキング・ギザード&ザ・リザード・ウィザードの新曲がよいという話を聞いた(MVも最高!)。

僕は最近突然思い出した「二十一世紀で一番頭の悪いバンド(褒め言葉)」ことエアボーンの話をした。

ひととおりオススメ合戦も終わり、下川に最近なにやってんの、と聞くと、ニンテンドースイッチで配信されている「FFIX」を遊んでいるとのこと。下川は旧版を何度もクリアしているようで、プレイ済みのプレイヤーに向けたオプションから「レベルマックス」と「与えるダメージマックス」と「イベントと移動と戦闘の速度二倍」を選んでプレイしているらしい。
ボスもザコも関係なく一撃で9999ダメージを叩きこまれて倒れる敵キャラや、目で追いきれないほどのスピードで流れるメッセージウインドウなどの話を聞きながら、僕の知ってるゲームじゃないな、と思う。いや、たしかにFFシリーズはスーファミまでしかプレイしていないんだけど、そういうことではなく。
下川に「それって楽しいの」と聞くと、とてもこまった様子の表情で「わからねえ……」とつぶやき、ついには「俺ってほんとにゲーム好きなのかな……」などとわけのわからないことを言いはじめたので、ほうっておいて帰った。終電にはなんとか間に合った。

今回はここまで。だいたい月に二回のペースで更新していければいいなと思う。
ではまた。

【プロフィール】
梶原笙

梶原笙 (かじわらしょう)

ロックバンド、So Sorry,Hobo(ソーソーリーホーボー)のギター・ヴォーカル。​バンドは「内在するファンタジーの再現」を目標にマイペースに活動中。話と文章と髪が長い。オタク。

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