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12年の雌伏を経て届けられるシネマティック・オーケストラの音絵巻

 ザ・シネマティック・オーケストラ(TCO)のジェイソン・スウィンコーはスタジオで録ったまっさらなフルレングス・アルバムとしては先の亥年の『Ma Fleur』以来、12年ぶりとなる新作『To Believe』のオフィシャル・インタヴューの末尾で、〈新しいジャズ〉について問う質問者の発言に以下のように答えている。その言葉には既視感がある。なぜなら僕らの99年のデビュー作『Motion』もそのように呼ばれ、まんざらでもなかったけど、よく考えるとジャズなる用語は形式のことを指すのか、音楽の自由さのことをいっているのかよくわからない、「僕は新しいジャズって聞いたときに、またかって思う」。

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 スウィンスコーの発言はいささか辛辣だが、使用楽器と語法の面から『Motion』をジャズになぞらえるのはムリからぬことである。むろんそこには90年代的でニンジャ・チューンらしくもある、ブレイクビーツ(なつかしい!)の――という留保ぶくみで時代の意匠と無縁でなかった彼らは、しかし2002年の『Every Day』、その5年後の 『Ma Fleur』で、形式や属性を後景に退け、独自の音楽の語り口を確立する。名は体をあらわすかのごとき視覚的で物語性のあふれた、そのあり方はオースティン・ペラルタやドリアン・コンセプトらとの協働による『In Motion #1』(2012年)にも通底するが、2008年のドキュメンタリー映画「ディズニーネイチャー/フラミンゴに隠された地球の秘密」におけるロンドン・メトロポリタン管弦楽団とのコラボレーションですでにジャズよりむしろクラシカルな意匠への衣がえの季節を迎えていたかにみえる。むろんジャズの領域にはECM的な裾野も広がっているので巨視的にみればジャズ的ともいえなくないわけですが、私は新作『To Believe』のカンどころは初期に潜在し、しだいに存在感を増した弦楽器の使い方にある。

THE CINEMATIC ORCHESTRA To Believe Ninja Tune/BEAT(2019)

  ライヴでの共演歴はあっても、録音には『To Believe』が初参加だったミゲル・アトウッド・ファーガソンの存在感が、その意味ではきわだっている。LAベースの作曲家でDJであるとともに音楽監督でもある多楽器奏者ファーガソンはフライング・ロータスやサンダーキャットらが肩で風をきる西海岸のシーンの立役者のひとりカルロス・ニーニョとのカップリングで頭角をあらわした編曲家で、上述のブレインフィーダー勢のアルバムでもファーガソンは添えものにとどまらない、楽曲と対話するような弦アレンジをほどこしている。

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 『To Believe』でそれはいっそう顕著になった。LAに拠点を移したスウィンスコーは前作『Ma Fleur』以来のつきあいとなるドミニク・スミスを片腕に、ファーガソンのストリングを全面的にとりいれた結果、『To Believe』はTCOのセオリーを押さえながらも、その色彩感はつやけしの総天然色からコントラストを強調したものにうまれかわっている。原点に戻り、サンプラーを駆使したという音づくりでは、幾多のトラックから組み上げた楽曲を舞台にかけて練り直し、たとえば“Lesson”のドラム・パートはライヴ・トラックをそのまま利用したという、そのような工夫と経験も『To Believe』の音の多様性を裏打ちする一方で、楽曲の歌の部分に目を転じると、男声と女声とを問わず、参加した歌い手の秀抜な表現力が『To Believe』に説得力をもたらしているのがわかる。ルーツ・マヌーヴァの『Every Day』以来となる“A Caged Bird / Imitation Of Life”への客演はオールド・ファンにはうれしい報せだが、象徴的な役割を担うのは冒頭の表題曲であり、LAシーンの媒介役ともいえる写真家B+の仲立ちをえて参加したモーゼス・サムニーをフィーチャーした“To Believe”は聴き手に、なにを信じているのか、なぜそれを信じるのかと問いかける、ギターの爪弾きにのせてはじまるそのサウンドはきわめてなめらかで、高音域に輻輳する弦の響きがエモーションの潮位をあげるころには、私たちはTCOの音世界に首までどっぷりと浸かっていることに気づく。そしてそこではジャズやクラシックやクラブ・ミュージックといった既存の形式は符牒にさえならない。

 


LIVE INFORMATION

THE CINEMATIC ORCHESTRA 2019
○4/18 (木) 開場:18:00 / 開演:18:30 会場:サンケイホールブリーゼ
○4/19 (金) 開場:18:00 / 開演:18:30 会場:昭和女子大学人見記念講堂
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