もうひとつ、同時代にブロディが影響を受けたものに、パリのアート集団バズーカ(Bazooka)がある。1974年に美術学校の学生たちによって結成されたバズーカは、リベラシオン紙などの大手新聞メディアを自身の活動の場として、ポリティカルかつアナーキーなイラストやバンド・デシネを合作で発表し一世を風靡していた。ブロディは、それらのヴィジュアルを見て、彼らにもパンクと同じような姿勢、アティチュードを感じていた。

 その後も、キャバレー・ヴォルテールなどのレコード・カヴァーを手がけ、80年代以降の音楽のスタイルの変化をヴィジュアルの側面からアップデートしていく一方、音楽にとどまらない、90年代以降のタイポグラフィーのあり方を決定づけた。しかし、「自分の中で終わりが来た」と、90年代初頭からレコード・カヴァーの仕事に区切りをつけた。「80年代に実験的なデザインを試み、やりつくした感もある」と振り返りながら、そこには音楽産業におけるトレンドの変化があった。「90年代になるとポップ・スターイズムともいうべき文化が生まれ、(リスナーは)レコード・カヴァーのデザインがどうというよりも、ミュージシャンの髪型に関心が移ってしまった」のだという。

 「今日、パンクに代わるものが生まれるかと言えば生まれないだろう」と言うブロディは、サブカルチャーは時間をかけていろいろな文脈を経て生まれるもので、現在のようにソーシャル・メディアがすごいスピードであらゆるものが情報として押し流されてしまう時代には、独自のサブカルチャーは出てこないだろうと考える。「今日のイギリスはこれまで以上に保守的で、過去のしきたりや歴史に制約されてしまって、身動きが全く取れない状況」であり、かつて同じような閉塞状況を撃ち破ろうとしたパンクが現在振り返られるとするなら「すべてが可能だと考える、その力だ」とする。

 学生時代にはタイポグラフィーの授業は好きではなかったが、「書体がイメージに代わるもの」という信念を持っていた。「もちろんタイポグラフィーというのは言葉を要素として構成されるものだけれど、言葉の意味ということではなく、イメージとしてどんな印象を与えるか、どんな見え方をするのか」といったことに彼は大変関心があった。しかし、タイポグラフィーを教育された方法とは違うかたちで見ていたために教わらなかったやり方や実験的なことも試みることができた。いわば、彼の学校は大学教育というものの外部にあった。それは音楽や音楽と結びついた社会的な動向という別のカルチャーからのインスピレーションだったかもしれないが、「音楽の仕事をする以前からタイポグラフィーに関して強い想い」を持ち、「古臭い教育のタイポグラフィー」ではなく、タイポグラフィーに新しいものを見出そうと思っていたという。

 現在では、音楽はどのように彼のデザインに関わっているのだろうか。彼はジャズを引き合いに出す。「それは私たちの働き方のスタイルという意味で、まずベースとなるシステムを作る。その枠の中でいかに自由に実験的なことをやって新しい表現を作るかを考える。しかし、そのシステムははずさない。決まったコードの中で速さや、いろいろなスケールを使って即興ができるのと同じだ。何の枠もなしにただやりたいことを無根拠にやるのではなく、決められたシステムを守りつつ、いかに自由な価値を見出すかということ」であり、デザイナーとは、言葉だけの意味ではなく、ヴィジュアルやデザインという可視化された言語、つまりシステムを使って意味を伝えることに神経を使う。その意味で、今回のヴェルディの依頼においても、どのようなシステムやストラクチャーを構想するかが重要なことだったと言う。

「今回のヴェルディのプロジェクトは、ブランドのために彼らがどういう言葉でどういうメッセージを発することができるか、そのためのシステムを作るのが大きな役割です。その仕組みをしっかり作れば、彼らがその要素をどう打ち出そうがうまく調整できるようなロゴやタイプフェイスを作りました。それはヴェルディのレコード・カヴァーのようなものになるかも知れませんね」

 


ネヴィル・ブロディ(Neville Brody)【1957-】
デジタル・デザイン、タイポグラフィー、アイデンティティ、そのほか総合的デザインを手がけるデザイナー。クリエイティヴ・エージェンシー〈ブロディ・アソシエイツ〉代表。活動はレコードジャケットのデザインから、文化的施設やグローバル企業のブランディングに及ぶ。〈ロイヤル・カレッジ・オブ・アート〉コミュニケーション学部長。世界中のデザインおよび教育の機関にて講義を行っている。

 


寄稿者プロフィール
畠中実(Minoru Hatanaka)

1968年生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)主任学芸員。多摩美術大学美術学部芸術学科卒業。1996年の開館準備よりICCに携わる。主な企画には〈みえないちから〉(2010年)、〈[インターネット アート これから]―ポスト・インターネットのリアリティ〉(2012年)など。