92年に結成された4人組・WRENCHは、海外のミクスチャー/ヘヴィー・ロックからの影響を受けつつ、早くから〈異形〉と表現したくなるほどのユニークな独自性を発揮していた。20世紀の終わりにメジャー・デビューを果たす頃には、すでに世界レベルのオリジナリティーを確立していたと思う。そこから彼らはさらにエレクトロニックな要素も飲み込みながら、どこを探してもないような、オルタナティヴでエクストリームな孤高のラウド・ミュージックへと進化を遂げていく。

以下のメンバー全員インタヴューを読んでもらえればわかる通り、彼らの音楽は、コンピューターを駆使したデジタル・エディット的な手法には頼らず、生身のセンスとプレイヤビリティーによる解体と再構築を通して作り上げられてきた。そして、そのひとつの到達点が、2007年にリリースされた『nitro』というアルバムだった。

その後、浅野忠信やギターウルフのセイジ、石野卓球らとコラボレーションした『drub』(2008年)と、ライヴ&リミックス集『EDGE OF CHAOS reCONSTRUCTION』(2011年)をリリースして以降もライヴ活動こそ絶え間なく続いていたものの、オリジナル・アルバムが完成するまでには、約10年の月日が経過していた。だが、このたびリリースされた待望のニュー・アルバム『weak』から飛び出してくる、まさにWRENCHでしかありえない音を浴びれば、以前からのファンは時間を吹き飛ばされるような感覚を味わうだろうし、新規のリスナーにも、このバンドの持ち続ける斬新さが直ちに伝わるに違いない。

*編集部より:本インタヴュー後、『weak』リリース直前の 3月17日に、MUROCHIN(ドラムス)が家庭の事情のためバンド活動を休止することがアナウンスされた。詳細はこちら

WRENCH weak cutting edge(2019)

イビツだけど絶対に倒れない、ワケわかんない建物みたいな状態

――12年ぶりにニュー・アルバムを出すことになった経緯から教えてもらえますか?

MATSUDA(ベース)「今作のリリース元であるavexのcutting edgeに、もともとWRENCHのスタッフだったディレクターがいて。彼が〈アルバムを出そう〉とずっと言ってくれていたんですよ」

※『nitro』、『drub』も同レーベルよりリリース

MUROCHIN(ドラムス)「飲みの席で12年間毎年言われていて」

SHIGE(ヴォーカル/シンセサイザー)「そんな中、俺がケンカ別れして、5年くらい音信不通になってた別の元スタッフと仲直りして、そこでも同じ話になったんです」

MUROCHIN「それで、たまたまSHIGEちゃんと俺とその仲違いしてたやつと今回の担当ディレクターで飲んだら盛り上がっちゃって(笑)、〈出しましょう〉と決まった。そんなところから始まりましたね」

MATSUDA「じゃあ作りはじめるか、ってなったのが2年前で。その時点で1曲くらいはあったんですけど、ほぼ何もない状態から曲作りを始めました。でも、1年後くらいには出そうと言ってたのが、なかなか出来なくて……。〈もうちょっと伸ばしていい?〉って、結局2年ほどかけて、もうこれ以上は伸ばせませんってところで出来た」

――じゃあ、12年のうちに書き溜めていた曲とかは特になかったんですか?

MATSUDA「作ってはいたけど、残らなかったですね」

SAKAMOTO「作っては消え、作っては消えの連続でした。ただ、それらのエッセンスが今回の曲に生きたっていう部分は多々あります」

SHIGE「ボツ曲がホント多くて」

MATSUDA「ライヴで何度かやっても消えてっちゃう。もし10曲くらい溜まってたら、もっと前から具体的に(アルバムを)出すための動きもしてたと思うんだけど」

SAKAMOTO「その間はライヴで繋いでた感じですね。常にオファーがあったし、基本的に俺らはライヴ・バンドなんで、ライヴをやることにバンドの意義があるというか、それがまず第一にあるから。活動が滞っている焦りとかはそんなになかった」

――それで、アルバム・リリースの話が具体的に決まってからも、曲がどんどん出来てくる感じではなかったと。

MATSUDA「スムーズではなかったですね(笑)」

MUROCHIN「だいぶ難航しましたよ。1年伸ばしたわけですからね、このバンドの曲作りの方法のせいで」

SHIGE「全員で作って、全員で〈うん〉と言うまでに非常に時間がかかるんですよ」

MATSUDA「4人全員が〈この曲はこれでオーケー〉ってならないと、完成しないんで」

『weak』収録曲“KIRAWAREMONO”、映像はrokapenisによるもの
 

――具体的には、どういう作業なんですか?

MATSUDA「元になる骨格の部分を作ってきて聴かせて、〈これをスタジオでできるようにしてきて〉と言ってからがスタートで、そこから原型をとどめないくらいグチャグチャにして、出来上がっていく感じですね。だからスタジオじゃないと進まないし、全員そこに集まんなきゃいけないし、どうしても時間がかかっちゃう」

SAKAMOTO「自分の家で作ってきたフレーズを元に、こういう曲になればいいなってみんなに説明するんですけど、そこからが大変なんですよ。まず最初にそのイメージを説明するのも難しいんですけど、例えば〈これはギターとベースがユニゾンするイメージなんだけど〉って言っても、誰かが〈いや、俺はこれ、ユニゾンしないよ〉とか言ってくるし。〈いやいやいや、これユニゾンしてるフレーズなんだけど〉って(笑)。それじゃ曲作りになんないじゃんってレベルからのスタート」

SHIGE「俺がシンセで作ってきたフレーズにも、絶対に合わせてくんないの(笑)」

MATSUDA「そんなのみんなそうじゃん。俺が持ってきたアイデアも、絶対その通りにはならないから(笑)」

SAKAMOTO「まあ、そういう感じで、グチャグチャにみんなで混ぜていくんです」

MATSUDA「とても一筋縄じゃいかない」

MUROCHIN「仲良しじゃないと無理ですよ、こんなの」

――ああ、でも、だからこそこういう特殊な音楽が出来上がるんでしょうね。

MATSUDA「ほんと、ワケわかんない感じですよね」

一同(笑)

MATSUDA「〈こういうふうに進みたい〉と投げかけたものに対して、誰も歩み寄らないんですよ(笑)。まあ最終的にはカチッと合って、〈これは全員がオーケー!〉っていうものがここ(アルバム)には出来上がってますよ。すごくイビツなんだけど絶対に倒れない、ワケわかんない建物みたいな状態というか」

 

これほど濃いのは他にない

――アルバム収録曲“ヘルノポリス”はシンセの音に初期YMOを感じましたが、タイトルもやはりそこから?

MATSUDA「まさにその通り」

MUROCHIN「作りながら、〈これYMOっぽいね〉って」

――でも、終盤には大爆発して、最後の40秒でやっと歌になるのがスゴイと思いました。

SHIGE「この曲の展開ほどワケわかんないものはないね(笑)」

MATSUDA「“ヘルノポリス”の最後のリフが出来た時、俺はめちゃくちゃカッコイイと思って持っていったのに、みんなに大笑いされて」

SHIGE「大爆笑したな」

MATSUDA「B級ホラー感というか、『エクソシスト2』の曲でこういうリフがあって。そのオマージュで作ったんですけど、曲のタイトルも“ヘルノポリス”になって、ピタッとハマった感はあった」

――曲作りのうえで、映画とかそれぞれの趣味的な要素をバンドに持ち寄ることは、やはり多いんでしょうか?

MATSUDA「多いと思います。でも、そういう自分が影響を受けてるものとか、その時ちょうど聴いてる音楽とかを持ち寄っても、結局4人でグチャグチャにするんで、最終的にはいかにもWRENCHのサウンドみたいなものになる。自分が聴きたい、やりたい音楽を提案しても、絶対そのままにはならないですね」

――今月アルバム『Black Babel』もリリースされたばかりのSAKAMOTOさんのBBなど、メンバー全員が他のバンド/プロジェクトもやられていますが、それぞれWRENCHとは関わり方もかなり違うんでしょうね。

MATSUDA「まったく違いますね。これほど濃いのは他にないと思う」

MUROCHIN「こんなの、2つはできませんよ(笑)」

MATSUDA「他のバンドの場合は、特定のジャンルとかシーンがあって、そういう音楽をやっている。何人かのメンバーで作ったりしていても、大枠から飛び出したりはしないです。それはそれでいいと思うんですけど、WRENCHはそれぞれが聴いてるものもてんでんバラバラで、こういうジャンルだっていうものももはやなくて、自分たちでも何が出来上がるのかよくわからないんです」

BBの2019年作『Black Babel』収録曲“SCARS”
 

――むしろそこまでバラバラな4人で、解散していないのが不思議という感じさえしてきますね。

MATSUDA「結成した時は、ミクスチャーとかヘヴィー・ロックみたいなところで4人の音楽指向は一致してたんです。でも次第にそれぞれ違う音楽を聴いて、それぞれ違うバンドやシーンでやるようにもなって。それでもWRENCHが解散しなかったのは、人間的な繋がりがあったからだと思う」

MUROCHIN「ライヴのオファーがなければ会わなかったりするのかもしれないけど、オファーは定期的にもらえてるので、普通に会い続けてて。まあ、仲良いしね」

SAKAMOTO「でも、あんまり自分らで〈仲がいい!〉とかは……」

MATSUDA「言いたかないね(笑)」

一同(笑)

MATSUDA「仲悪いっちゃ仲悪いというか、スタジオでは本当にいつも揉めに揉めてるんで」

SAKAMOTO「普通は険悪になるじゃないですか? ヘタしたら何週間か話したくないくらいの。でも、一歩スタジオから出ると……」

SHIGE「〈カンパーイ!〉って(笑)」

SAKAMOTO「ああ乾杯乾杯、お疲れお疲れって(笑)。アホだなって思うけど」

――(笑)。それはもう、そうやって作っているのを楽しんでるということなのでは?

MATSUDA「まあ、完成したものを聴くと、すごく達成感はありますよね。作ってる間はずっと揉めてるので、その間は〈もう2度とアルバム作りたくないな〉って思うくらいだけど、出来上がったものを聴くと、すべてがチャラになる」

 

飽くなき変拍子

MATSUDA「今回いちばん大変だったのは、変拍子でノれる曲にまとめることでした。みんなの共通の方向性として、サイケデリックな要素を出したいっていうのがあるんですけど、自分の中で変拍子は、撹乱するようなサイケデリック感をもたらすと思っていて。それをうまくループに落とし込むことでノれるように作っていきました」

SHIGE「〈7拍子は3.5で割れない〉っていうの、いい発見だったね。俺がスタジオ後に行った飲み屋で、〈7拍子ってさ、3.5じゃ割れないんだよ!〉って話してたら、音大出身の人が横にいて〈おっさん、そんなの40過ぎてようやくわかったのか〉とか言われちゃったけど(笑)。大発見だったよ、俺たちにとっては(笑)」

MATSUDA「それが“NOCHINOI”なんですけど、危ういバランスだもんね(笑)。シンセを無理やり3.5で仕切り直してるだけなんで。ほんとは8拍子のフレーズなのを、ひたすら手動でリスタートして合わせてる。ライヴでもそうやったもんね」

SHIGE「緊張感たるや凄いけど」

MUROCHIN「緊張感を超えてますよ(笑)」

MATSUDA「だから、ライヴだとズレたりもするんだけど、それがおもしろくもある」

SHIGE「ミスった時の俺たちの顔とかね(笑)。大の大人が〈アーッ!〉みたいな顔して」

MUROCHIN「一番のキモを飛ばして次に行っちゃったり」

MATSUDA「そうそう。MUROCHINは“ヘルノポリス”を最初にやった時も、いちばん盛り上がるところを完全に飛ばしてたね(笑)」

MUROCHIN「あれ? みんな振り向くなあ……とか思ったら」

SHIGE「MUROCHINは顔に出るからね。その時も〈うわー、やっちまったー!〉って顔して叩いてたな」

――(笑)。実際、このアルバムの曲はどれも、ライヴで再現するのがかなり大変じゃないかと思うのですが。

SHIGE「いや、できます、できます」

MATSUDA「基本的にライヴ・バンドなんで、全部ライヴでやることを想定してやってるんで」

SHIGE「不可能な曲は1曲もないですね。まあ、けっこう大変ですけど(笑)」

SAKAMOTO「難しいのは難しいです。ひねくれたリズムが多いんで」

MATSUDA「基本的には、せーのドン!で録ってるから」

――レコーディング自体が一発録りとかに近い?

MATSUDA「重ねてるところもありますけど、スタジオだけでしかできない曲みたいなものはないです。でも、ライヴでやる時のハードルは確実に上がってる(笑)」

SHIGE「上がってるよー、もう。飽くなき変拍子」

MATSUDA「で、アルバム自体の演奏もけっこう揺らいでて、わりと危ういじゃん。でも、その揺らぎ加減がなんか絶妙な、グラグラしてるんだけど倒れないみたいな状態になってるんですよね」

――そこも、まさにWRENCHの独自性なんでしょうね。5月のレコ発ライヴでも、最新作からは全曲やる感じですか?

SHIGE「そういう目標でやってますよ」

MATSUDA「まあ、制作期間が2年くらいあったんで、その間にも、曲が出来たらまずライヴでやったりもしていて……ライヴで演奏してみないとわからない感覚というのがやっぱりあるし。ライヴでやって、ここんとこイマイチだったから、ちょっと変えようみたいな感じで作ってきてるんで」

――作曲のプロセスに、ライヴが組み込まれているような感じ?

MATSUDA「そうですね、まあ最後のほうに出来た曲はやれなかったものもあるけど、なるべくライヴで、8割くらい出来たところでやってみたり」

 

懺悔することでパワーが出てくる

――ところで、アルバムのタイトルに『weak』とつけたのには、どういう理由があるんですか?

SHIGE「さらけ出してる感を、そのまんま伝えたかった」

――〈弱点〉みたいな意味合いですよね?

SHIGE「そうですね、弱者とか」

――ちょっと意表を突かれる感じもありました。

MUROCHIN「バンドのイメージ的には意外かもしれませんね。どうしたの?みたいな(笑)」

MATSUDA「でも、決して音自体が弱いわけじゃないので。タイトル的にはおもしろいかなと」

――歌詞はすべてSHIGEさんによるものですが、"KIRAWAREMONO"で〈嫌われ者〉とか〈人間のクズ〉、"New World"でも〈オレはニセモノ〉とか、けっこうネガティヴな表現が見られますね。

SHIGE「そうですね(笑)。歌詞については、これ以上何も説明する必要もないくらい全部をさらけ出しちゃったんで、感じとってくれればなと。〈懺悔アルバム〉ですね。懺悔することでパワーが出てくるっていう意識があった気がします」

――懺悔の気持ちというのは、SHIGEさんの個人的な、プライヴェートにおけるものですか?

SHIGE「そうです。いろいろとやらかして」

MATSUDA「歌詞では抽象的な表現になってるけど、うちらは具体的に何があったか知ってます(笑)」

SAKAMOTO「だから、タイトルも〈ああ、こうきたか、納得!〉みたいな(笑)」

MATSUDA「ジャケット・デザインを考えてる時も、SHIGEの歌詞を読んで〈今回はSHIGEの懺悔なんだな〉と思ったから、〈懺悔〉というワードがありましたね」

※アートワークはMATSUDAが担当

――ジャケットのタイプライターの文字は何が書かれているんですか?

MATSUDA「歌詞をロシア語に訳したものです。作ってる時、SHIGEから〈言葉を入れたい〉って言われてたんで、言葉を象徴するものとしてタイプライターを持ってきて。最初は英語で書いてたんですけど、拡大してよく見てみたら、ロシア語のタイプライターだと気づいて、急遽ロシア語に訳し直しました」

――シンメトリーなのが映画の「シャイニング」のような印象も受けました。

MATSUDA「それはありますね。(タイプライターで打たれた言葉は)1ワードだけを繰り返してるんで、そこもまさに『シャイニング』ですし」

SHIGE「ちなみに、わかりずらいかもしれないですけど、俺の歌詞の世界観の根本は車寅次郎、『男はつらいよ』なんですよ(笑)」

 


Live Information

『weak』 RELEASE LIVE!!!
日時:5月11日(土)東京・新代田FEVER(03 6304 7899)
開場/開演:18:00/19:00
前売り3,000円/3,500円(+1DRINK)
チケット発売中
FEVER店頭
Lawson : L-code:70455
e+ : http://eplus.jp

All Night『グラインドカオス』
3月23日(土) 東京・新宿LOFT
開場/終演:23:30/5:00
https://www.loft-prj.co.jp/schedule/loft/110563

SYNCHRONICITY’19
4月7日(日)
開場/開演:13:00
会場:TSUTAYA O-EAST/TSUTAYA O-WEST/TSUTAYA O-Crest/TSUTAYA O-nest/duo MUSIC EXCHANGE/clubasia/VUENOS/Glad/LOFT9
https://synchronicity.tv/festival/

CONNECT歌舞伎町MUSIC FESTIVAL 2019
4月20日(土)
会場:新宿BLAZE/新宿LOFT/MARZ/RUIDO K4/Zirco Tokyo
開場/開演:12:00/13:00
http://www.connectkabukicho.tokyo/

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