COLUMN

マシュー・ハーバート・ビッグ・バンドはなぜ音楽で英国のEU離脱に抗うのか?

新作『The State Between Us』の背景とメッセージを解説

Photo by Chris Plytas
 

イギリスのEU離脱問題によって引き裂かれた英国の人びと

2016年6月にイギリスにおけるEU残留の是非を巡って行われた国民投票の結果、51.9%が離脱支持に票を投じたことによりイギリスのEU離脱が決定した。いわゆるブレグジットである。同年のトランプ政権誕生とともに〈まさかないだろう〉と大方は見られていたが、結果は周知の通り。世界に衝撃を与えた。

背景のひとつにあるのは欧州における移民問題である。英国ではEUからの人の自由移動に対して制限が設けられていなかったために主に東ヨーロッパからの移民が急増し、医療や教育など社会インフラに負担がかかったとされている。また、そんな折に台頭した最右派政党であるUKIP(イギリス独立党)が移民問題を強調することで勢力を増したことも要因となり、移民や難民が政治的議論の攻撃対象にされることに繋がった。少なからず人間の自由な移動が経済や文化を発展させてきたイギリスだが、EU離脱は今後、移民や難民の受け入れに実際的にも心情的にも大きな影響を与えることとなるだろう。

2016年、残留に票を投じた人びとは、いまも声を上げ続けている。これを書いている2019年3月中旬時点では、英国側とEU側の離脱条件を決める協定案がまとまっておらず議会は混迷を深めているが、事実として29日の離脱が迫っている。この混乱のなか、離脱自体がなくなるか、あるいは条件を決めずに離脱するいわゆる〈合意なき離脱〉の可能性もあるというが、いずれにせよブレグジット問題によって英国の人びとがズタズタに引き裂かれたことは間違いない。

 

マシュー・ハーバート・ビッグ・バンド、その目的はEU離脱への抗議

これまでも政治的な主張をオリジナルなやり方で作品に昇華してきたマシュー・ハーバートがブレグジット問題を無視できるはずもなく、彼のビッグ・バンド・ジャズ・アウトフィットである〈マシュー・ハーバート・ビッグ・バンド〉を再始動させた。目的はブレグジットに対する抗議。なんでもハーバートはUKがEU離脱交渉を始めた時期にこのプロジェクトを始動させており、ヨーロッパ各地でコンサートやレコーディング・セッションを行ったのち、離脱する2019年にアルバムをリリースすることを決定していたそうだ。

マシュー・ハーバートがブレグジット・ビッグ・バンドについて語る2017年のインタヴュー映像
 

彼はバンド名を〈ブレグジット・ビッグ・バンド〉とし、ヨーロッパを中心としたコンサート・ツアーを敢行。2017年にはここ日本でもパフォーマンスを披露し、右派系タブロイド紙である「デイリー・メール」を破ったり前ロンドン市長で離脱派だったボリス・ジョンソンのお面を被ったりするユニークな振る舞いが話題になった。こうした過程を経てリリースされるアルバムが本作『The State Between Us』である。リリースは3月29日。そう、イギリスのEU離脱日だ。

※2019年4月1日編集部注:その後、​離脱期限は4月12日に再設定されたが、EU離脱協定案はいまだ可決されていない

THE MATTHEW HERBERT BIG BAND The State Between Us Accidental/HOSTESS(2019)

参加ミュージシャン1000人以上、2枚組16曲の大作という事実が発するメッセージ

アルバムは先述の通り、世界各地で行ったコンサート・ツアーやセッションを基にしている。マシュー・ハーバートその人の〈移動〉が作品を形成していったのである(UKやヨーロッパ各地でのフィールド・レコーディングの模様が本作の随所に挿入されている)。その結果、本作には1000人以上のEU加盟国出身のミュージシャンが参加することとなった。

かねてからコラボレーションをしてきたマルチ・インストゥルメンタル・プレイヤーであるメルツ、ハーバート名義の『The Shakes』(2015年)などでも華麗な歌声を聞かせていたラヘル・デビビ・デッサレーニ、イタリアン・ジャズの大御所エンリコ・ラヴァ、UKジャズ・シーンで活躍するトランペッターのバイロン・ウォーレンやシェイラ・モーリス・グレイ、トロンボーン奏者のナサニエル・クロスらの名前が本作のクレジットには並ぶ。

ハーバートの2015年作『The Shakes』収録曲“Middle”。ヴォーカリストはラヘル・デビビ・デッサレーニ
 

大物としてはアート・リンゼイも参加しているが、彼の最近作『Cuidado Madame』(2017年)が現行のエレクトロニック・ミュージックを視野に入れつつ従来の〈ワールド〉の枠組みを脱構築するような作品だったことを思えば、国境をやすやすと越えていく音楽を獲得するために必要な1ピースだったのかもしれない。だがそんな彼ですら、ここでは集団の一部である。しかもアルバムはCD2枚組、16曲収録の大作だ。

アート・リンゼイの2017年作『Cuidado Madame』収録曲“Uncrossed”
 

つまり、これは膨大な人数の集まりによって達成された長大さそのものが重要なコンセプトとなっている作品なのである。さまざまな国の出身者が、異なる言語や文化的背景を持ちつつ一堂に集うこと。先のコンサート・ツアーでは、それまでのマシュー・ハーバート・ビッグ・バンドよりもクワイアの存在がキーになっていたそうだが、そのようにして大所帯であること自体が政治的なメッセージになっている。人びとの〈移動〉がなければ、実現しなかった壮大な音楽として。

冒頭、司祭長だったというジョン・ダンが1624年に発表した散文作品の言葉が引用される――〈人は離れ小島ではない/己のみで一個の島となることはない〉。それは、〈離れ小島〉になろうとしているUKへのメッセージとして引用されているが、〈アンサンブル〉とは何かを明確に表現する言葉でもある。

 

ここに居ていいよ――移民への思いやりと慈しみ

アルバムはCD1枚目と2枚目で傾向を別にしているが、1枚目はおもに親密なジャズ・セッションやオーケストラによる叙情的なアンサンブルが目立つ。3曲目の“You're Welcome Here”はしっとりとしたヴォーカル・ナンバーだが、そこでは移民への思いやりがメロウなラヴソングの形式で告げられる。〈ここに居ていいよ〉と優しく歌が告げると管楽器が寄り添う。〈たとえ髪が真っ直ぐでなくても、たとえ肌が白くなくてもここに来てね、歓迎するから〉。そんなふうにしてアルバムは、異なる政治的立場の人間に対する敵意ではなく、弱い立場に置かれた人びとへの慈しみから始まる。

『The State Between Us』アルバム・トレイラー
 

〈The State Between Us〉というアルバム・タイトルの〈The State〉とは直接的に捉えれば〈国〉、つまりはUKのことで、〈わたしたちの間にある国家〉ということだろうが、〈わたしたちの間にある状態〉と解釈すれば、これがある種のラヴソング集だと捉えることもできるのである。

誰もが知るジャズ・スタンダード・ナンバーがゆったりと演奏される“Moonlight Serenade”を経て、哀切に満ちたトランペットのメロディーが味わい深い“Be Still”では〈ここに居て〉という想いが繰り返される。あなたたちが必要だ、と。1枚目の幾分メランコリックで華麗なジャズ・オーケストラ・アンサンブルの感傷は、攻撃対象とされる移民たちへの慈愛や分断していく社会的状況に対する心の痛みを示すようだ。

 

絶望ではなく怒りを感じるべき――ビッグ・バンドは〈人びと〉へ切実に呼びかける

一方の2枚目は、2曲目の“Where's Home”で一気にギアがかかる。〈家はどこ?〉と繰り返すコーラスが遠方から聴こえてきたかと思えば、5分を過ぎたあたりでけたたましく管楽器が唸りだし、ハウスのビートがスタートする。フレーズごとにガラッと光景を変えていくプログレッシヴ・ハウス然としたそのトラックはスリリングで、また狂乱的でもある。〈家はどこ?〉という問いはもちろん、現在の移民たちによる切実な叫びだ。ジプシー・ブラス風のフレーズが挿入されるのもダイレクトに東ヨーロッパを連想させる。

“Fish And Chips”では洒脱なスウィング・ジャズが展開され、管楽器の野太い音がファンキーなムードを醸す“Backstop (Newbury To Strabane)”では愉快な時間が演出される。この辺りはサウンドとしてもマシュー・ハーバート・ビッグ・バンドの真骨頂だろう。そしてそこで呼びかけられるのは、〈絶望ではなく怒りを感じるべきなんだ〉という政治的な主張だ。

アンビエント・ハウスとIDMとジャズ・セッションが合体したような“Feedback”では〈馬鹿がまた一人、金の無駄遣い、呆れて言葉も出ない〉と明確に怒りを露にする。アルバム最終曲である“Woman Of England”は19世紀のロマン派詩人パーシー・ビッシュ・シェリーの詩を引用しており、こんなふうに始まる。

イングランドの人々よ、何故に諸君を踏みつけにする支配者のために耕すのか?
何故に、苦心を重ね暴君がまとう豪華な衣服を織り上げるのか?
何故に、揺りかごから墓場まで恩知らずな怠け者の雄蜂共の面倒を見て衣食を与えて護るのか?

アジテーション? いや、これは現在の引き裂かれた英国で生きる民衆――〈人びと〉への切実な呼びかけだ。楽曲はアルバムの、あるいはこのプロジェクト自体の集大成と言わんばかりに壮大なオーケストラ・アンサンブルとなり、クワイアの合唱が感情を爆発させる。圧巻のエンディングだ。ここに至って、わたしたち聴き手は〈人びと〉の力そのものに圧倒されていることに気づく。それこそが歴史や社会を動かしていくのだと、もしくはパワフルで優美な音楽を奏でるのだと。

終盤、アンサンブルが巨大になるほどアンクリアな響きの和音や混沌とした状態が生み出されていくが、つまりそういった混乱や複雑さこそがこの〈ビッグ・バンド〉では謳歌されているのである。これは明確にブレグジットをモチーフとした作品だが、英国や欧州に住まない我々にとっても社会と音楽のあり方を考える契機となるに違いない。

 

〈人びと〉を考えさせ、踊らせるマシュー・ハーバート

ハーバートはEU離脱直前の23日に〈Stop Brexit〉と題されたDJたちによる反ブレグジット・イヴェントへの出演が予定されているが、その後来日ツアーを行うことが決定している。東京、北海道、福岡、京都を回ったのち〈RAINBOW DISCO CLUB〉で完結するDJツアーで、おそらく今回のアルバムとは異なるハウス/テクノを主体とするプレイになると予想されるが、このアルバムの精神的なモードはいくらか引き継いだものとなるかもしれない。音楽によってこの世界を鋭利に描写し風刺し、そして〈人びと〉を考えさせ踊らせるマシュー・ハーバートの現在を目撃しない手はないだろう。

 


Live Information

Hostess Club Presents Matthew Herbert Japan DJ Tour 2019
4月22日(月)東京・代官山 UNIT
開場/開演:19:00
共演:Yoshinori Hayashi/食品まつり a.k.a foodman
前売り:5,800円(税込)
Extra Sound System Provided by Pioneer

4月23日(火)北海道・札幌 Precious Hall
開場/開演:20:00
共演:Naohito Uchiyama and OGASHAKA
前売り:5,300円(税込)

4月24日(水)福岡 Kieth Flack
開場/開演:20:00
共演:T.B.(otonoha/under bar)
前売り:5,300円(税込)

METRO 29th Anniversary Special!
4月25日(木)京都 CLUB METRO
開場/開演:20:00
共演:metome(Live Set)
前売り:5,300円(税込)

★詳細はこちら

 

RAINBOW DISCO CLUB 2019
4月27日(土)~4月29日(月・祝)静岡・東伊豆クロスカントリーコース特設ステージ
出演:マシュー・ハーバート/DJハーヴェイ/ラッシュ・アワー・オールスターズ(アンタル/フニー/サン・プロパー/マサロ)/DJ Nobu b2b Wata Igarashi/ベン・UFO/ムーヴ・D/パームス・トラックス/ジェイダ・G/Kenji Takimi/Yoshinori Hayashi/Sisi/Kikiorix and more
通し券(2泊3日):20,000円
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