数多くのロック・レジェンドたちを撮影してきたカメラマンにして、ウェブページ〈久保憲司のロック・エンサイクロペディア〉を運営するなど音楽ライターとしても活躍しているクボケンこと久保憲司さん。Mikikiにもたびたび原稿を提供いただき、ポップ・カルチャーについての豊富な知識とユーモラスな筆致で、いずれも人気を博しています。

そんなクボケンさんによる連載が、こちら〈久保憲司の音楽ライターもうやめます〉。動画配信サーヴィス全盛の現代、クボケンさんも音楽そっちのけで観まくっているというhuluやNetflixの作品を中心に、視聴することで浮き上がってくる〈いま〉を考えます。今回はhulu独占配信中の海外ドラマ「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」を紹介。架空のディストピア社会を描いた同作を観て、クボケンさんは怖さでブルブルと震えたそう。その理由はいったい? *Mikiki編集部

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The Handmaid’s Tale © 2018 MGM Television Entertainment Inc. and Relentless Productions LLC. All Rights Reserved. 
 

これを読んでいる人で、子供の頃に〈世界が滅ぶ〉と震えていた人はいないでしょうけど、僕はその世代です。この世代は全員「ノストラダムスの大予言」という大デマを信じ、1999年に世界は滅ぶと思っていたのです。

僕は64年生まれで、自分の人生というのは35歳で終わるのだろうと小学校の2年生の頃は思っていました。10歳くらいの子供にとってはあと25年も生きれば大丈夫という気持ちもあったのでしょう。その後、こういう人たちがオウム事件などを引き起こしていったのです。

中学生・高校生になって、「ノストラダムスの大予言」みたいなことはないかと思っていくわけですが、次に襲ってきた大問題は〈1984年〉です。ジョージ・オーウェルが「1984」(1949年)という小説に書いた、世界は社会主義によって支配され自由がなくなるという恐怖です。デヴィッド・ボウイもこの小説を題材に“1984”という曲とアルバム『Diamond Dogs』(いずれも74年)を作りました。

いまだと中国にすべて支配され、一党独裁になるという恐怖なんでしょうけど、どう考えてもそうはならなさそうですよね。ネトウヨの諸君はそういうことを煽って中国ガーと騒ぐわけですが、どう考えてもあと10年くらいでソ連が崩壊したように、中国共産党も倒れ、ロシアくらいの国家に落ち着くというのは目に見えています。

84年当時、世界はまだソ連に支配されるという恐怖があったわけです。多くのアーティストがその恐怖を味わうために、当時社会主義の国に囲まれた都市ベルリンに行っていたわけです。そんな場所から生まれたアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの音楽を興奮しながら聴いていたわけです。ジーザス&メリーチェインがなぜノイズをやったかというとノイバウテンの音楽に影響されていたからです。ドリーム・ポップの生みの親というのは、辿っていけばジョージ・オーウェルまで繋がっていくわけです。

自由がなくなると言いつつもその反面、社会主義には平等という憧れがありました。〈金持ちからすべてを奪い人民に分け与えるのだ、イギリスは僕のもの、イギリスは僕に借りがある〉byモリッシーです。ポール・ウェラーなどがなんとか労働党を勝たせようとレッド・ウェッジなる政治運動をしていたのです。

※スミスの84年の楽曲“Still Ill”の歌詞
 

日本ではこういう運動はなかったですが、欧米の若者たちはいつもこの気持ちが強いのです。

いまの音楽というのはこういう文化を背景に生まれてきているわけです。海外ドラマもそうです。なぜディストピアものが多いかというと、こういうバックグラウンドを生きてきた世代が作っているからです。そんななかでもいちばん怖い海外ドラマが「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」です。

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怖いですけど、シーズン1はプライムタイム・エミー賞で作品賞、主演女優賞、助演女優賞、監督賞、ゲスト女優賞などなどを受賞。シーズン2は怖すぎたのか、3部門しか受賞しませんでした。どういう内容かと言いますと、理由はわからないのですが世界の出生率が低下し、情勢が不安定になっていく。その不安定さを利用し、ある宗教団体が武装蜂起。第二次アメリカ内戦を起こし独立国家を作ります。その国では、支配者の配偶者以外の若い女性は〈侍女〉と呼ばれ、生殖の奉仕を強制されるのです。今回のシーズン2を最後まで観ると、これは「スター・ウォーズ 帝国の逆襲」(80年)的な流れで、次のシーズン3はすごい復讐劇が始まるのかと思わせてくれます。

シーズン2は恐ろしすぎて、一日一話しか観られなかったです。何が恐ろしいって、この物語、いまふたつに分かれているアメリカ、そこで原理主義のキリスト教徒たちが内乱を起こしたら本当にこんな社会になるんじゃないかという恐怖があるからです。そんなの起こりっこないと思うかもしれませんが、過去にアメリカは奴隷問題で国がふたつに別れて南北戦争をやってます。各州にはちゃんと州兵もいますし、「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」の世界を作ることなんか簡単かもしれないんです。

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日本では、「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」に出てくるような独立国家を作りそうな日本会議なんかも、会員数たった3万8千人なんで、そんなことは起きないでしょう。アメリカは「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」的な社会を産む土壌みたいなものを、アメリカ大陸が発見されてから500年かけてゆっくりと作ってきたわけですからね。日本みたいに2千年くらい歴史がある国はちょっとやそっとでは変わらないと思いながらも、そういや軍事国家になったこともあった、といま思い出しました。日本もなかなか油断はできませんな。

「ハンドメイズ・テイル/侍女の物語」、こんなの神を信じる国のホラー・ストーリーと笑うことは簡単ですけど、妄想を信じている人をほったらかしにしていたら、僕らの国もこうなるかもしれませんよ。