COLUMN

アピチャッポン・ウィーラセタクンが初めて手がけた舞台作品「フィーバー・ルーム」が東京芸術劇場で上演!

Courtesy of Kick the Machine Films

 

タイの世界的映画監督であるアピチャッポン・ウィーラセタクンが初めて手がけた舞台作品「フィーバー・ルーム」(2015)を東京芸術劇場で上演!

 アピチャッポン・ウィーラセタクンは、タイ・バンコクに生まれ、シカゴ美術館附属シカゴ美術大学に学んだ作家であり、長編映画では「真昼の不思議な物体」(2000)から「光りの墓」(2015)に至るまで7本の作品を監督しており、その一方で、現代美術の文脈においてシングルチャンネルのビデオ作品や、ビデオインスタレーション、実験映画、写真など、多岐にわたる表現に取り組んできた。彼の長編映画は、フィクションとノンフィクション、あるいは異なる時間や異なる場所といった複数の領域の併置によって構成されるものであり、その特徴的な形式については、これまでにも数多くの論者によって論じられてきた。「ブリスフリー・ユアーズ」(2002)、「トロピカル・マラディ」(2004)における日常生活の場から森への移行、「世紀の光」(2006)の前半部・後半部における酷似した物語の対照、「ブンミおじさんの森」(2010)、「光りの墓」における、目に見える領域の底部に流れる不可視的な記憶や霊的な領域の暗示など、このようなアピチャッポンの長編映画が持つ重層性は、映画を観るという経験において、観客たちを現実と虚構の境界が曖昧化した循環的な物語生成のプロセスに導出するものとして機能する。それは、彼の長編映画以外の仕事においても同様である。2016年に東京都写真美術館で開催された展覧会〈アピチャッポン・ウィーラセタクン 亡霊たち〉では、ビデオ作品やビデオインスタレーション、実験映画、写真など約20点が取り上げられたが、それらは独立したコンセプトによって成立しているというよりも、他の作品との相互的な連関によって成立しているような印象を観客に与える。一連のプロジェクトのもとで進められた作品は勿論のこと制作時期が異なる作品であっても、観客は意識を能動的に働かせ、共通する要素や主題を手がかりに、そこにナラティブな連関を見出してしまう(物語を生成してしまう)のである。

 そんなアピチャッポンの初の舞台作品となるのが、2015年に韓国 光州のアジア文化殿堂(Asia Culture Center)で初演された後、2017年にTPAM(国際舞台芸術ミーティング in 横浜)で上演され、この6月に国際交流基金アジアセンターが主催するフェスティヴァル〈響きあうアジア2019〉のプログラムの一つとして、東京芸術劇場で上演される「フィーバー・ルーム」である。アピチャッポンのインタヴューによると、「光りの墓」を制作する資金を得るにあたって、新しくパフォーミングアーツ作品の制作を求められたことが、本作を手がけた契機であったという。このインタヴューの中で、彼は本作が〈映画(シネマ)〉であり〈ライヴシネマ〉であることを強調している。

 「なぜ映画かというと、『フィーバー・ルーム』には映画の哲学が全て盛り込まれているからです。私にとっての映画の哲学とは、光やスペース、スケールであり、映画のエボリューション、映画に対する尊敬なども含みます。」(佐々木敦、2017「アピチャッポン・ウィーラセタクン―『フィーバー・ルーム』から」http://jfac.jp/culture/features/f-ah-tpam-apichatpong-weerasethakul/

 ここで彼が使っている〈映画(シネマ)〉という語には、映画館のニュアンスが含まれており、そこには〈スクリーン〉や〈光〉といった上映空間を構成するメディウムだけでなく、映画の発展史や文化的価値までも内包する幅広さがあることには注意が必要だろう。映画および上映の場としての映画館とは、発明された時から現在の形態をとっていた訳ではなく、社会的な要請の中で発展してきたものである。時間的な枠組みにおける視覚的・聴覚的手段による表現として映画を拡大解釈するならば、その形態は様々なものであり得たといえる。映画史的にみると、そのような映画の範疇に踏みとどまりながら、映画を成り立たせているメディウムを逸脱的な形で使用した動向としては、実験映画を挙げることができる。実験映画とは、1920年代ヨーロッパのアヴァンギャルド映画の影響を受けながら、戦中・戦後のアメリカにおいて開始され、その後世界各国に波及した、個人の芸術表現として制作される非商業的な映画を指すものである。実験映画のなかでも、特に構造映画やエクスパンデッド・シネマと呼ばれる映画たちは、撮影・現像・編集といった映画制作の工程や上映空間など、映画を成り立たせているメディウムの基本単位を組み替え、逸脱的な映画の実践に取り組んだことで知られる。アピチャッポンが、シカゴに留学していたことは冒頭で述べたが、彼はそこでアメリカの古典的な実験映画(アンダーグラウンド映画)に影響を受け、「弾丸」(1993)と「0116643225059」(1994)という実験映画を制作している。また、実験映画の隣接ジャンルといえるビデオアートについても、最初のビデオ作品として「窓」(1999)を制作している。それらの作品は、アピチャッポンの出発点の所在を明示すると同時に、その後のシングルチャンネルのビデオ作品や、「花火」シリーズ(2014)に至るまでのビデオインスタレーションに直結している。その映画的出自において、アピチャッポンは映画を成り立たせているメディウムの構造に自己省察的な態度を持ち得ていたといえ、特徴的な形式を持っている彼の長編映画もまた、このメディウムへの態度によって裏付けられているのだといえよう。

 「フィーバー・ルーム」の詳細についての言及はここでは省くが、この舞台作品には、これまでになくアピチャッポンの出発点にある実験映画、それもエクスパンデッド・シネマからの影響が色濃く表れている。作中でのアピチャッポンの表現には、明らかにイギリスの実験映画作家であるアンソニー・マッコールの「円錐を描く線」(1973)を参照している箇所があり、観客の身体と知覚を激しく撹乱するものとなっている。それは、映画および上映の場としての映画館を身体性において活性化させるものであり、ある種のスペクタクルとして観客の眼前に立ち現れる。これまでの彼の長編映画であれば、非常に緩慢に進行する重層性によって、観客らの意識の中でゆっくりと物語生成のプロセスは開始されていたのだが、このスペクタクルは観客の身体と知覚をあっさり攫ってしまうだけの強度を持つ。それが観客の意識の能動性を拡大させるものなのか、縮小させるものなのか、その判断はまだ保留にしておきたいが、アピチャッポンの変化の兆しがそこに刻まれている。いずれにせよ、現在製作中だという新作長編映画「メモリア」(仮題)を待つあいだ、極めて特異な映画でもある本作の東京上演に立ち会うことは、意義深いものとなるはずだ。

 


Courtesy of Kick the Machine Films

アピチャッポン・ウィーラセタクン (Apichatpong Weerasethakul)
アーティスト/映画作家。〈記憶〉を扱う彼の作品は、個人レベルのポリティクスと社会問題を繊細に反映している。タイの映画産業には属さず、タイ内外で実験的でハイブリッドな物語映画を活発に制作。アート・プロジェクトと劇場映画で広く評価を高め、数々のフェスティヴァルで受賞。カンヌ国際映画祭パルムドールの他、最近ではオランダのプリンス・クラウス・アワードや英国のアルテス・ムンディ賞を受賞している。

 


LIVE INFORMATION

フィーバー・ルーム
○6/30(日)~7/3(水)12:30/16:00/19:30 各日3回公演
会場:東京芸術劇場 プレイハウス
ディレクター:アピチャッポン・ウィーラセタクン
fr2019.jfac.jp

 


LIVE INFORMATION

響きあうアジア2019

日本と東南アジアの文化交流事業を幅広く紹介する祭典。国を超え共に創り上げた舞台芸術、映画から、東南アジア選抜チーム〈ASIAN ELEVEN〉と日本チームによるサッカー国際親善試合、“日本語パートナーズ”のシンポジウムなど。国際交流基金アジアセンターが開催。
https://asia2019.jfac.jp/

 

 舞台芸術 響きあうアジア2019 ガラコンサート
○7/1(月)東京芸術劇場  コンサートホール
指揮:小林研一郎
ヴァイオリン:瀬﨑明日香
司会:朝岡聡
演奏:響きあうアジア2019交響楽団
小林研一郎指揮 東南アジア5か国と日本のオーケストラ奏者による特別編成のコンサート

 舞台芸術 フィーバー・ルーム
○6/30(日)~7/3(水)東京芸術劇場  プレイハウス
ディレクター:アピチャッポン・ウィーラセタクン
タイの映画作家/美術家アピチャッポン・ウィーラセタクンが初めて取り組んだ舞台作品

「プラータナー:憑依のポートレート」Photo: Takuya Matsumi

 舞台芸術 プラータナー:憑依のポートレート
○6/27(木)~7/7(日)東京芸術劇場  シアターイースト ※7/2(火)休演日
原作:ウティット:ヘーマムーン
脚本・演出:岡田利規
セノグラフィー・振付:塚原悠也
タイ文壇注目のウティット・ヘーマムーンの小説を岡田利規の脚本・演出、塚原悠也(contact Gonzo)のセノグラフィーにより舞台化

 

 舞台芸術 DANCE DANCE ASIA―Crossing the Movements 東京公演 2019
○7/12(金)~7/14(日)東京芸術劇場 シアターウエスト
東南アジアと日本をストリートダンスでつなぐ共同作品

 スポーツ サッカー国際親善試合 JapaFunCup
U-18東南アジア選抜〈ASIAN ELEVEN〉VS U-18東北選抜
○6/22(土)Jヴィレッジ(福島県)

「東南アジア映画の巨匠たち」

 映画 東南アジア映画の巨匠たち
○7/3(水)~7/10(水)
シンポジウム:東京芸術劇場(7/3)
上映:有楽町スバル座(7/4~7/10)
国際的に活躍する巨匠監督たちの東南アジア映画特集上映および国内外のゲストによるトークイベント

 

「サタンジャワ」 (c) Erik Wirasakti

 映画 「サタンジャワ」 サイレント映画+立体音響コンサート
○7/2(火)有楽町朝日ホール
インドネシア映画の巨匠ガリン・ヌグロホと気鋭のサウンド・デザイナー森永泰弘
そして〈水曜日のカンパネラ〉コムアイによる1日限りの映像と立体音響による饗宴

 

 社会課題とアート 災害とデザイン
○7/1(月)~ 7/15 (月・祝)  東京芸術劇場  アトリエイースト
災害と環境問題をテーマとしたアジアのクリエイティブな取り組みの展示とワークショップ

 日本語パートナーズ シンポジウム「日本語で、日本を伝える。アジアを学ぶ。」
○6/27(木)日経ホール

 日本語パートナーズ 展示で巡る“日本語パートナーズ”の5年
○7/1(月)~7/15(月・祝)東京芸術劇場  アトリエウエスト

  日本語パートナーズ “日本語パートナーズ”経験者と話す会
○7/7(日)東京芸術劇場 ギャラリー1 

ほか

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