UK/ミッドランズに居を構えるアーティスト、ビビオ。2005年のデビュー以降、生楽器の優美な音色とダウンテンポのリズムを重ねた暖かなエレクトロニカを紡いできた。この10年、〈洋楽不況〉と言われてきたここ日本でもその支持は厚く、チルやロハスといった言葉とも相性の良いサウンドは、コアな音楽ファンのみならず、さまざまなリスナーの日常を彩っている。

そんなビビオが新作『Ribbons』をリリース。今回は、かねてから彼の作品への好意を公言している識者が同作をクロス・レヴューした。人気モデル/デザイナーにしてシューゲイザーを筆頭に相当な音楽好きとして知られる菅野結以。インターネット世代のトラックメイカーであり、先日新作『Recollect the Feeling』をリリースしたin the blue shirt。そして、音楽ライターの小野島大の3人が、主に60~70年代のフォーク・ミュージックにインスパイアされたという『Ribbons』を紐解きながら、ビビオというミュージシャンの魅力を考察した。 *Mikiki編集部

BIBIO Ribbons Warp/BEAT(2019)

さまざま過去のサウンドに新たな意匠を通し、現代に結びつける
by 小野島大

美しく心地良く、どこか懐かしく切ない音。いろいろな記憶がふつふつと湧き上がり消えていく。インストのアンビエント・アルバムだった企画盤『Phantom Brickworks』(2017年)を挟み、『A Mineral Love』(2016年)以来3年ぶりの新作だが、『A Mineral Love』よりもビビオらしさが感じられる、しみじみと味わい深いアルバムだ。多彩なゲストを迎えた前作に対して、ほとんどの楽器と歌を彼ひとりが手がけたパーソナルな作品であることが、より親密さを感じさせる理由だろう。

前作のようなR&Bやヒップホップ、AORの要素は後退し、全体には彼の心象風景を思わせるようなミニマル・アコースティックなアンビエント・フォーク風の作品が並んでいる。ギターだけでなくマンドリンやヴァイオリンを弾き、フィールド・レコーディングをしたという自然音のSEなども随所に取り入れ、彼がここのところ多くの時間を過ごしているというイングランドの田舎町に広がる自然や田園風景を思わせるような、ひなびた、でも温かい空気感を漂わせている。

『Ribbons』収録曲“Curls”
 

もちろんそうした彼の音楽性はいまに始まったことではなく、コンセプトは2009年のアルバム『Vignetting The Compost』にも通じるが、新作のサウンドは少し対象から距離を置いたようなアンビエントで立体的な音像と柔らかくくすんだ音色で、印象はかなり異なる。使っている楽器や音楽性は全然違うが、私がいちばん近いと思ったのは、エイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works 85-92』(92年)だった。サウンド的に似ている『Phantom Brickworks』よりも、むしろ近く聴こえたのが興味深いところで、コーンウォールの片田舎に引きこもり、ひとり妄想を膨らませながらコツコツと淡い電子音を紡いでいった若き日のリチャード・ジェイムスと、スティーヴ・ウィルキンスンはどこか似ている。

エイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works 85-92』収録曲“Ageispolis”
 

〈リボン〉というタイトルに深い意味はないそうだが(収録曲“Pretty Ribbons And Lovely Flowers”で使われたヴォーカル・サンプルで歌われる言葉からとっている)、聴けば聴くほど、このアルバムにふさわしいものに思えてくる。『Ribbons』はさながらリボンのように、いろいろなものを柔らかく結びつけていく。ビビオの個人的な記憶や体験や目に焼き付いた景色や耳に残る音の断片が、『Ribbons』によって聴き手の感覚と繋がり、聴き手の記憶の奥底に眠っていたものを魔法のように呼び起こす。

そして、初期のフェアポート・コンヴェンションやインクレディブル・ストリング・バンドのようなトラッド・フォーク、あるいはドノヴァンやニック・ドレイクのようなサイケデリック~アシッド・フォーク、70年代のグレアム・ナッシュやジェイムス・テイラーのようなシンガー・ソングライター、ドゥルッティ・コラムのようなポスト・パンク~ニューウェイヴ、70年代のソウルやファンクなどの過去の音楽が、チェンバー・ポップやヒップホップ、フォークトロニカといった現代の意匠を通すことで新鮮に響き、現在のシーンに接続されていく。

『Ribbons』収録曲“Pretty Ribbons And Lovely Flowers”

ここで鳴っているのはもう失われてしまって戻らない風景への哀惜と、懐かしいようでいて、でも実は見たことのない新しい景色を前にした静かな高揚感だ。そのふたつの感覚が同居し、リボンで結ばれたようにゆらめいている。