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ビビオはなぜ心に寄り添うのか? 新作『Ribbons』を菅野結以、in the blue shirt、小野島大がクロス・レヴュー

ビビオはなぜ心に寄り添うのか? 新作『Ribbons』を菅野結以、in the blue shirt、小野島大がクロス・レヴュー

UK/ミッドランズに居を構えるアーティスト、ビビオ。2005年のデビュー以降、生楽器の優美な音色とダウンテンポのリズムを重ねた暖かなエレクトロニカを紡いできた。この10年、〈洋楽不況〉と言われてきたここ日本でもその支持は厚く、チルやロハスといった言葉とも相性の良いサウンドは、コアな音楽ファンのみならず、さまざまなリスナーの日常を彩っている。そんなビビオが新作『Ribbons』をリリース。今回は、かねてから彼の作品への好意を公言している識者が同作をクロス・レヴューした。人気モデル/デザイナーにしてシューゲイザーを筆頭に相当な音楽好きとして知られる菅野結以。インターネット世代のトラックメイカーであり、先日に新作『Recollect the Feeling』をリリースしたin the blue shirt。そして、音楽ライターの小野島大の3人が、主に60~70年代のフォーク・ミュージックにインスパイアされたという『Ribbons』を紐解きながら、ビビオというミュージシャンの魅力を考察した。 *Mikiki編集部

さまざま過去のサウンドに新たな意匠を通し、現代に結びつける
by 小野島大

美しく心地良く、どこか懐かしく切ない音。いろいろな記憶がふつふつと湧き上がり消えていく。インストのアンビエント・アルバムだった企画盤『Phantom Brickworks』(2017年)を挟み、『A Mineral Love』(2016年)以来3年ぶりの新作だが、『A Mineral Love』よりもビビオらしさが感じられる、しみじみと味わい深いアルバムだ。多彩なゲストを迎えた前作に対して、ほとんどの楽器と歌を彼ひとりが手がけたパーソナルな作品であることが、より親密さを感じさせる理由だろう。

前作のようなR&Bやヒップホップ、AORの要素は後退し、全体には彼の心象風景を思わせるようなミニマル・アコースティックなアンビエント・フォーク風の作品が並んでいる。ギターだけでなくマンドリンやヴァイオリンを弾き、フィールド・レコーディングをしたという自然音のSEなども随所に取り入れ、彼がここのところ多くの時間を過ごしているというイングランドの田舎町に広がる自然や田園風景を思わせるような、ひなびた、でも温かい空気感を漂わせている。

『Ribbons』収録曲“Curls”
 

もちろんそうした彼の音楽性はいまに始まったことではなく、コンセプトは2009年のアルバム『Vignetting The Compost』にも通じるが、新作のサウンドは少し対象から距離を置いたようなアンビエントで立体的な音像と柔らかくくすんだ音色で、印象はかなり異なる。使っている楽器や音楽性は全然違うが、私がいちばん近いと思ったのは、エイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works 85-92』(92年)だった。サウンド的に似ている『Phantom Brickworks』よりも、むしろ近く聴こえたのが興味深いところで、コーンウォールの片田舎に引きこもり、ひとり妄想を膨らませながらコツコツと淡い電子音を紡いでいった若き日のリチャード・ジェイムスと、スティーヴ・ウィルキンスンはどこか似ている。

エイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works 85-92』収録曲“Ageispolis”
 

〈リボン〉というタイトルに深い意味はないそうだが(収録曲“Pretty Ribbons And Lovely Flowers”で使われたヴォーカル・サンプルで歌われる言葉からとっている)、聴けば聴くほど、このアルバムにふさわしいものに思えてくる。『Ribbons』はさながらリボンのように、いろいろなものを柔らかく結びつけていく。ビビオの個人的な記憶や体験や目に焼き付いた景色や耳に残る音の断片が、『Ribbons』によって聴き手の感覚と繋がり、聴き手の記憶の奥底に眠っていたものを魔法のように呼び起こす。

そして、初期のフェアポート・コンヴェンションやインクレディブル・ストリング・バンドのようなトラッド・フォーク、あるいはドノヴァンやニック・ドレイクのようなサイケデリック~アシッド・フォーク、70年代のグレアム・ナッシュやジェイムス・テイラーのようなシンガー・ソングライター、ドゥルッティ・コラムのようなポスト・パンク~ニューウェイヴ、70年代のソウルやファンクなどの過去の音楽が、チェンバー・ポップやヒップホップ、フォークトロニカといった現代の意匠を通すことで新鮮に響き、現在のシーンに接続されていく。

『Ribbons』収録曲“Pretty Ribbons And Lovely Flowers”

ここで鳴っているのはもう失われてしまって戻らない風景への哀惜と、懐かしいようでいて、でも実は見たことのない新しい景色を前にした静かな高揚感だ。そのふたつの感覚が同居し、リボンで結ばれたようにゆらめいている。

 

忙しない日々のなか、わたしだけの時間や記憶に還らせてくれる音楽
by 菅野結以

時代の境目、春の訪れと共にビビオの新作が届く。それはこのうえなく完璧なタイミングと言えると思う。

平成が幕を閉じて、もうまもなく新しい時代がはじまろうとしているこの季節は、誰もが新しい自分にならなくてはいけない強迫観念みたいなものさえ感じるけれど、ビビオから届いた音楽はその真逆をいくものだった。

『Ribbons』のトレイラー映像 Pt.1
 

『Ribbons』で描かれる幽玄でフォーキーな音世界は、穏やかに緩やかに、心の奥底に隠れていた〈いつかのやさしい記憶〉にわたしたちをそっと連れ出していく。こどもの頃かけ回った原っぱ、色とりどりの花畑とそこに吹く風、木漏れ日のなか眠るあの色や匂い……そういったものを再訪してあたたかな感覚に触れてしまう体験をする。

「都会には住めない」と明言しているビビオが日々見ている田舎町の有機的な景色が、確実に彼の鳴らす音の粒には入りこんでいて、それは都会で生きるわたしたちにとってはあまりに柔らかくサウダージな風を吹かせることになる。

同じリズムと一体感で〈みんなをひとつに〉するための音楽には到底実現させることのできない、歪なひとりひとりを個のままに認め、それぞれの深淵に漂う内的宇宙をめぐる旅に出かけさせる、そんな優しく美しい音楽なのだ。

いまこの瞬間も時間は前へ前へと流れ、流行はファストにみるみると移り変わり、スポットライトを浴びた3か月後にはもう古くなる。刺激的で退屈しないおもしろさは同時に安心を遠ざけていくけれど、目まぐるしく新時代へと向かっていくいまだってビビオは、わたしだけの時間、わたしだけのあたたかい記憶に還ることを許してくれる。

『Ribbons』収録曲“Old Graffiti”
 

忙しない日々のなかで、そんな風に自己へ立ち返り穏やかな時間を持つことは、時代の速度に飲み込まれたり振り払われたりせず、自分を見失わずに生きていくコツのひとつなのではないだろうか。

ビビオのこれまでの作品がそうであるのと同じように、この効能はずっと変わらずに瑞々しくあるんだろう。こうした永続性をもった個のための音楽だけが、いつまでも色褪せることなくそれぞれの人生に優しく寄り添っていくのではないかと思う。

 

つま弾いたギターの1音にすら名前が書いてあるようなサウンド
by in the blue shirt

曲を初めて聴いたときからいまに至るまで、ビビオは変わることなく自分のなかでのフェイヴァリットである。あのとき感じたえも言われぬ優しい気持ちを、リスナーとしても、トラックメイカーとしても、自分はなんとなく追いかけ続けているのかもしれない。

ビビオはいつだって、〈自然への憧憬と、それに触れたときに想起される感情〉を表現しようとしているように思える。そして彼の音楽を聴いていると〈音楽でならそれができる〉という絶対的な信頼と、それを志向する際の感情がまざまざと感じられ、自分はいつだって強く心を動かされてしまう。

〈感情の的〉みたいなものを言葉で言うのは難しいが、ビビオは音楽によって向かいたい感情の行き先が比較的はっきりしているアーティストだと自分は考えている。その行き先に向かうために、彼がこれまでにとった音楽的アプローチは多岐に及ぶが、今作はアルペジオ・ギターを中心とした、リズム・セクション控えめのアレンジが主。

『Ribbons』収録曲“Watch The Flies”
 

風景描写そのものだけでなく、それに付随する感情もまとめて音楽で表現することに向き合い続けた人間の到達した境地たるや、演奏、録音からサウンドメイクまで単身でこなすがゆえの煮詰まりっぷりは凄まじく、シンプルであるにもかかわらずつま弾いたギターの1音にすらも名前が書いてあるようなサウンドのオリジナリティー、そしてそれによって紡がれる美しいメロディー。

ありがたいことに使用した楽器・機材がすべてクレジットされており、個人的にテンションがぶち上がったのは、Roland V-Synthが用いられていたところ。シンセとしてではなくサンプラーとしての利用! 登場するのは2曲、彼がこれまでの作品でも幾度となく用いてきた、録音されたギター・サウンドをサンプラーで再編集する手法が用いられた“You Couldn’t Even Hear The Birds Singing”、フィードバック・ノイズとヴォーカルをサンプリングして組まれた“Pretty Ribbons And Lovely Flowers”。有機的な、人間のフィールを導入しやすいインターフェースであるタイム・トリップ・パッドやツイン・D・ビームといった機能を備えているV-Synth、彼が好んで使う理由がなんとなくわかる気がしてニヤリとしてしまう。

『Ribbons』収録曲“You Couldn’t Even Hear The Birds Singing”
 

自分は彼の住むイギリスの田舎の風景など見たこともないし、それを見てどんな気持ちになるかなんて知る由も無い。しかしながらビビオの音楽を通して、自分の記憶のなかのなにかしらのランドスケープが参照され、そして彼の〈感情の的〉に似た気持ちのなかへと放り込まれる。今作はそれの真骨頂。紫色のヴァイナルに針を落とすと、あの、えも言われぬ、優しさを帯びたノスタルジアが立ち上がってくる。それは彼の見た景色なのか、参照された自分の記憶なのか。彼が景色とともに投げた感情を、受け止められたような気がしてしまう。自分にはこんな音楽が必要である。

人をそんな気持ちにさせることができる音楽を、自分も信用していきたい。あらためてそんなことを考えてしまうほど。

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