忙しない日々のなか、わたしだけの時間や記憶に還らせてくれる音楽
by 菅野結以

時代の境目、春の訪れと共にビビオの新作が届く。それはこのうえなく完璧なタイミングと言えると思う。

平成が幕を閉じて、もうまもなく新しい時代がはじまろうとしているこの季節は、誰もが新しい自分にならなくてはいけない強迫観念みたいなものさえ感じるけれど、ビビオから届いた音楽はその真逆をいくものだった。

『Ribbons』のトレイラー映像 Pt.1
 

『Ribbons』で描かれる幽玄でフォーキーな音世界は、穏やかに緩やかに、心の奥底に隠れていた〈いつかのやさしい記憶〉にわたしたちをそっと連れ出していく。こどもの頃かけ回った原っぱ、色とりどりの花畑とそこに吹く風、木漏れ日のなか眠るあの色や匂い……そういったものを再訪してあたたかな感覚に触れてしまう体験をする。

「都会には住めない」と明言しているビビオが日々見ている田舎町の有機的な景色が、確実に彼の鳴らす音の粒には入りこんでいて、それは都会で生きるわたしたちにとってはあまりに柔らかくサウダージな風を吹かせることになる。

同じリズムと一体感で〈みんなをひとつに〉するための音楽には到底実現させることのできない、歪なひとりひとりを個のままに認め、それぞれの深淵に漂う内的宇宙をめぐる旅に出かけさせる、そんな優しく美しい音楽なのだ。

いまこの瞬間も時間は前へ前へと流れ、流行はファストにみるみると移り変わり、スポットライトを浴びた3か月後にはもう古くなる。刺激的で退屈しないおもしろさは同時に安心を遠ざけていくけれど、目まぐるしく新時代へと向かっていくいまだってビビオは、わたしだけの時間、わたしだけのあたたかい記憶に還ることを許してくれる。

『Ribbons』収録曲“Old Graffiti”
 

忙しない日々のなかで、そんな風に自己へ立ち返り穏やかな時間を持つことは、時代の速度に飲み込まれたり振り払われたりせず、自分を見失わずに生きていくコツのひとつなのではないだろうか。

ビビオのこれまでの作品がそうであるのと同じように、この効能はずっと変わらずに瑞々しくあるんだろう。こうした永続性をもった個のための音楽だけが、いつまでも色褪せることなくそれぞれの人生に優しく寄り添っていくのではないかと思う。