ビートメイカーとして、レーベル・オーナーとしてマルチな才能を光らせてきた
シーンの要人が、自身の〈現在〉を記すべく満を持してソロ・デビュー!

 日本のヒップホップを考えるうえで、〈スチャダラパー以降〉〈キングギドラ以降〉〈KOHH以降〉などさまざまな断層のなかには、〈TOKYO HEALTH CLUB以降〉という断層が存在するだろう。恐らくTOKYO HEALTH CLUB(以下THC)が登場しなければ、chelmicoやザ・おめでたズといったグループや、THCのDJ/トラックメイカーにしてブレーンのTSUBAMEが主宰するレーベル=OMAKE CLUBに所属するJABBA DA FOOTBALL CLUBや中小企業といった面々が高い注目を集めるには、いまよりも時間がかかったかもしれない。その意味では〈ハードコア〉〈文系〉という枠組とも違う、第三極とも言えるシーンを可視化させ、その存在感を高めたことにTHCが果たした役割はかなり大きい。

 そんなTSUBAMEがソロ活動を開始したのは、おかもとえみとRachel(chelmico)を迎えた2018年の“GOOD NIGHT”から。おかもとが所属するフレンズやchelmicoの登場もTHC以降という断層に存在するであろうし、そのメンツが組んだことは非常に興味深かった。

 「THCでの活動はもちろん好きなんですけど、キャッチーな方向に捉えられがちだし、自分が根本的に作りたい音とは、実はちょっと性格が違う部分を感じていて。だからTHCとしてではなく、〈TSUBAME〉という単体としてじゃないと出来ない作品を作りたかったんですよね」。

 TSUBAMEの出自となるのは、かつてROC TRAXに所属したエレクトロ・デュオ、MYSSでの活動だ。その意味では、先述の発言はMYSSのようなBPMの速いダンス・ミュージックにベクトルが振れるという意味かと思いきや、ソロ・アルバム『THE PRESENT』は、みずから「ダウナー」と表現するように、渋く、鈍く光るような、低い温度でじっくりとリスナーに届くような作品となっている。

TSUBAME THE PRESENT OMAKE CLUB(2019)

 「もっと自分と向き合ってみようって。だから、単純に自分のエゴや趣味嗜好を突き詰めてみたんですよね。そうやって自分の好きなタイプの曲を作っていくと、根が暗いのか、ダウナーになっていって(笑)。ただ、そういう音作りは、楽しいよりも苦しいのほうが強かったかもしれない。フィーチャリングのアーティストと会ったり、作業を進めるのは楽しかったんですけど、その原点となる〈自分の音〉と向き合うのはこんなに大変だったんだって。後半は辛すぎて逆にランナーズハイみたいになりましたけど(笑)、でも〈自分の音〉を形にするのはスゴく難しかったですね」。

 しかしダウナーとは言えども、ひたすら沈み込むようなものではなく、TENDREと共に作り上げた“SPACE”でのガジェット感のある音色や、kiki vivi lilyとKick a Showという当代きっての客演強者2人を招いた“RAINS”、AAAMYYYとIttoをフィーチャーした“YOU”のセンティメンタルかつダンサブルな色合い、mabanua & HUNGER(GAGLE)とオリジナリティーをぶつけ合う“DREAMER”と、その彩りは非常にヴァラエティーに富んでいる。〈異形〉とも言えるMACKA-CHINのラップを刻んだ“窓をあけたら ~69 Merry Go Round~”、OMAKE CLUBからもリリースを展開する週末CITY PLAY BOYZとの“WEEKEND PLANS”など、TSUBAMEとの関係性を感じるコラボも非常に興味深い。加えてインストも3曲パッケージされているが、それらの色合いもそれぞれ異なっており、TSUBAMEというアーティストの根本が見える作品となった。

 「〈○○っぽいとか要らないわ〉っていうのがコンセプトだったし、これが自分。正直、どうこう言われようが構わないっていう作品ですね」。

 その意味では、それだけ自信のある作品ということでもあるだろうし、TSUBAMEの〈現在〉には確かな希望がある。

関連盤を紹介。