ソウル・ミュージック史におけるヴォーカル・グループの最高峰が、そのキャリアに幕を下ろそうとしている。圧倒的な歌唱表現と時代を射抜くサウンド、普遍的なメッセージによってシーンの在り方を更新してきたオージェイズ。その歴史を知るのはいまからでも遅くはない!

 オージェイズが2020年をもって引退するというニュースが報じられたのは昨年のことだ。引退の理由はざっくり言えば体力の限界だが、1958年に高校の仲間とトライアンフスとして活動を始めてから60年超、ケニー・ギャンブルとリオン・ハフ(ギャンブル&ハフ)が主宰したフィラデルフィア・インターナショナル・レコーズ(PIR)入社からでも50年近く走り続けてきた彼らは複数の〈殿堂入り〉も果たし、もうやり尽くしたのだろう。しかし、ウォルター・ウィリアムスが難病を抱えながらも衰えた姿を見せることはなかった。「彼らは70年代も凄かったけど、いまでも爆発するようなパフォーマンスを見せてくれるよね」と言っていたのは、MFSBのストリングス隊(チェロ奏者)として“Back Stabbers”(72年)などのセッションに参加していたラリー・ゴールドだが、看板リードのエディ・リヴァートは息子たち(ジェラルドとショーン)に先立たれてからも69歳にして初めてのソロ・アルバムを出すなど、精力的に活動を続けてきた。

 華麗なサウンドに乗って、エディ・リヴァートの黒光りする咆哮にウォルター・ウィリアムスがソウルフルに斬り込むツイン・リードのスタイルで70年代のフィラデルフィア・ソウルを代表するグループとなったオージェイズ。フィリー・ソウルのイメージが強いため同地出身と勘違いされることもあるが、出身はオハイオ州キャントン。母体のトライアンフス結成時は、エディ・リヴァート、ウォルター・ウィリアムス、ウィリアム・パウエル、ボビー・マッシー、ビル・アイルズの5人組だった。その後、60年代初頭にオハイオのシンシナティを拠点とするキングからデビューした時に与えられた名前がマスコッツ。キングは傍系のフェデラルからジェイムズ・ブラウンを送り出したレコード会社だが、マスコッツなる名前は白人の〈マスコット〉であることを強要したもので、「これは明らかに人種差別だ」とエディが憤慨。そこで同州クリーヴランドの黒人ラジオ局でDJを務めるエディ・オージェイの名前にちなんでオージェイズと改名し、現在までその名を使い続けている。公民権運動の高まりと共にブラック・コミュニティーに届けるための声として自分たちの歌を意識しはじめた彼らは、エディたちのどこか怒りを感じさせる激しいヴォーカルを前面に打ち出していくのだった。

 ただし、ギャンブル&ハフが設立したPIRと契約する前、60年代の彼らは試行錯誤の連続で、アメリカ大陸を文字通り東奔西走していた。名匠HB・バーナムの導きで入社した西海岸のインペリアルで初の全国ヒットを飛ばし、傍系のミニットを経て、NYのベルと契約してニュージャージーのジョージ・カーと組めば、PIRの前身とでも言うべきネプチューンから作品を出し、クリーヴランドに戻ってサルと契約、バーナムのリトル・スターからもレコードを出すという忙しさ。この過程でビル・アイルズが抜けて4人に、ボビー・マッシーが抜けて3人となり、71年にPIRに入社するわけだが、以降は77年に他界したパウエルのポジションを、サミー・ストレイン(元リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズ)、ナサニエル・ベスト、エリック・グラントが順に務め、トリオ体制で活動している。

 PIRからはEMI/マンハッタンの配給期も含めて87年まで、ほぼ年に1枚のペースでアルバムを発表。ギャンブル&ハフが描く理想やメッセージを忠実に体現した彼らは実に硬派なヴォーカル・グループだった。奇しくも同時期に引退宣言をしたインプレッションズの名曲“People Get Ready”(65年)の精神を受け継ぎ、博愛を謳った“Love Train”(72年)はそれを象徴する一曲だろう。とりわけ、奴隷船の時代から黒人のルーツを辿った『Ship Ahoy』(73年)、失業や貧困をテーマにした『Survival』(75年)、家族の絆や団結を謳った『Family Reunion』(75年)の3作はギャンブル&ハフとオージェイズの社会意識の高さが打ち出されたアルバムで、エディとウォルターの魂を込めたポジティヴで力強い声は説得力をもって響いた。これらのアルバムで聴けた“For The Love Of Money”や“Give The People What They Want”といったスリリングなファンクは、そのメッセージ込みでJBやスライ&ザ・ファミリー・ストーン、カーティス・メイフィールドらの延長線上にあるものだ。そうしたブラック・パワーに基づくタフネスは後にガラージやレア・グルーヴの文脈でも親しまれる“I Love Music”(75年)や“Message In Our Music”(76年)といったダンス~ディスコ・ソングにも反映されていった。

 また、黒人リスナーの間で圧倒的に人気がある“Let Me Make Love To You”(75年)や“Lovin' You”(87年)のようなバラード~スロウ・ジャムにて抑制した歌声から滲み出るディープネスやゴスペル的昂揚感も忘れ難い。特に天国に続く道を歌った“Stairway To Heaven”(75年)は彼らの出発点が教会であることを伝える曲だったし、90年のアルバム『Emotionally Yours』でボブ・ディランのカヴァーとなる表題曲を〈R&B〉〈ゴスペル〉の両ヴァージョンで歌ったあたりにも彼らのルーツと社会意識(反戦と平和の主張)を見る思いだった。教会直送の濃厚なヴォーカルとフィリー・マナーのモダンで洗練されたサウンドの合体。これはいつしかオハイオのR&Bにおけるシグネイチャーとなり、弟分的なトゥルースやエディの息子たちによるリヴァートに引き継がれていく。そうして後進たちに影響を与える一方で、ニュー・ジャック・スウィング~ヒップホップ以降のR&Bに取り組み、時代と向き合って音楽を更新し続けてこられたのは息子たちの存在あってのことだろう。繰り返されたエディとジェラルド(やショーン)の父子共演は、そんな互助関係の結晶と言っていい。

THE O'JAYS The Last Word S-Curve(2019)

 この15年近くはオリジナルの新作を出していなかったが、引退を前に〈ファイナル・アルバム〉を謳って発表した今回の新作『The Last Word』は制作陣にベティ・ライトやスティーヴ・グリーンバーグらを招き、自分たちが歩んできた道を誇るような内容となっている。なにしろ第1弾シングル“Above The Law”は人種差別やトランプ政権への批判を込めたポリティカルな曲。また、オクターヴ奏法のギターで始まる“I Got You”(マイケル・ブルームのカヴァー)は70年代のフィリー・ダンサーそのもので、共にPIR時代の自分たちへのセルフ・オマージュ的なアプローチなのだ。爆発するような歌声も変わりなく、ひたすらポジティヴ。エディいわく「たくさんの血と汗と涙を流して」表出するブラックネスは、ファッションやトレンドで用いられる表層的な〈ソウル〉や〈ブラック・ミュージック〉といった言葉とは次元と重みが違う。先日は結成メンバーのビル・アイルズも他界し、ラスト・デイに近づきつつあるが、シーンから去ってもオージェイズのソウルは永遠に古びず、愛され続けていくことだろう。 *林 剛

オージェイズのベスト盤『The Essential O'Jays』(Legacy)