実体験に導かれた魅力的な作風は新たなステージへ——自身の手で運命を切り拓いてきた全身タトゥーの歌姫が、人生の大きな転機に瀕して刻み付けた新作の中身とは?

 全身タトゥーのヴィジュアルをトレードマークにしつつ スウィートで魅力的な歌声を備え、弱冠21歳で発表したメジャー・デビュー作『SweetSexySavage』(2017年)によって大きなセンセーションを巻き起こしたケラーニ。同作が全米3位まで浮上してゴールド認定を受けるという成功も束の間、数か月後には映画「ワイルド・スピード ICE BREAK」のサントラ曲でG・イージーとのコラボ・チューン“Good Life”がより遠くまで届くビッグ・ヒットとなり、タイミング良くその夏には〈サマソニ〉への出演で初来日。カルヴィン・ハリスの“Faking It”やストームジー“Cigarettes & Cush”といった話題曲へのフックアップにも結果を出し、新進のR&Bスターとして順調なスタートダッシュを見せた。

 “Distraction”が年明けのグラミーで〈最優秀R&Bパフォーマンス〉部門にノミネートされて始まった2018年は、5月に初の単独来日ツアーも行ったほか、ホールジーやデミ・ロヴァートのワールド・ツアーにてサポート・アクトも経験。カーディBの“Ring”やチャーリー・プースの“Done For Me”、カイルの“Playinwitme”、さらにはエミネム“Nowhere Fast”といったビッグなコラボレーションもこなし、着々とステップアップしているように思われた。

 そんな彼女がInstagramを通じて妊娠を発表したのはその年の10月のこと。もともとセクシャリティーについてメディアに騒がれた際に自身のアティテュードを〈クィア〉と説明し、パンセクシャル(全性愛者)であることを表明していた彼女は、そうでなくても三角関係のもつれに起因する自殺未遂などでゴシップ記事を騒がせてきた人だが、子どもの父親となる男性パートナーとの出会いによって人生の新たなページを開くことになったというわけだ。そういうコンディションの中でも体調と相談しながら制作作業を進めてきたようで、今年の2月22日にミックステープという形式で配信された新作が、今回フィジカル化された『While We Wait』である。なお、生まれてくる子も母の胎内で作品リリースまで待っていたのか(?)、出産はそれから3日後だったという。

KEHLANI While We Wait TSNMI/Atlantic/ワーナー(2019)

 そんなわけで表題通り〈待っている間〉に制作された『While We Wait』。ミュージック・ソウルチャイルドを迎えた冒頭の“Footsteps”から何より伝わってくるのは歌声の柔らかな温かみだろう。昨今のように歌声の加工がデフォルトになって歌も音もモワレ化しすぎた類の作品とは異なり、登場した頃からロウな歌唱の持ち味を届けてきた彼女だが、作中のほぼ全編がミッド~スロウの心地良いテンポ感でまとめられたこともあって、その本質的な魅力はよりストレートに表出されている。なお、その“Footsteps”でオマリオン“Ice Box”が効果的に引用されていることに気持ち良くツボを押される人も多いだろう。

 以降の曲も全体の雰囲気ごと流れていくというよりは主役の歌そのもののフロウを真っ当に響かせるもの。先述の“Distraction”など前作で大活躍した(ポップ&オークの)オークが手掛けた“Morning Glory”をはじめ、初期から彼女を支えてきたジャハーン・スウィートらによる“Feels”など、楽曲はどれもシンプルにして流麗。ハードな環境でさまざまな傷や辛苦をくぐり抜けてきた彼女だからこその優しい旋律と素直な言葉は今回も多くの聴き手の心を揺さぶることだろう。タイ・ダラー・サインとの“Nights Like This”、ブラックを招いた“RPG”といったコラボも無理なく強力だ。

 やや強引なことを言ってしまうと、もともと彼女をシーンの表舞台に引き上げたのが『Cloud 19』(2014年)やグラミーにノミネートまでされた『You Should Be Here』(2015年)というミックステープだったことを思えば、今作が同じ形態なのも新たなケラーニのスタートには相応しいのではないだろうか。すでに全米TOP10入りを果たしたこの『While We Wait』を堪能しつつ、次なる動きを心待ちにしていたい。