詞、曲、歌、演奏などすべて自身で担い、物静かでパーソナルな世界観のなかに滋味深く美しいポップネスを映したニュー・アルバム『Ghost Notes』

自分なりのネオ・ソウル

 前作『k is s』以降も数多のプロデュース・ワークを手掛け、さまざまな領域にその名を浸透させてきたKan Sanoが、4枚目のオリジナル作『Ghost Notes』を完成させた。本作は、キーボードやドラムスなどすべての演奏からヴォーカル、作詞/作曲、ミックスに至るまでをたったひとりで担ったという文字通りのソロ・アルバム。どこか70年代のニュー・ソウルやシンガー・ソングライターに通じるような、パーソナルな佇まいを持った作品だ。

Kan Sano Ghost Notes origami(2019)

 「前作は打ち込み主体でたくさんのゲストに参加してもらったんですけど、その反動もあって、今回は生音主体でシンガーも迎えずにすべて自分で作るということを最初に考えました。それから、自分が十代の頃から聴いていたソウル~ネオ・ソウルにもう一度向き合って、自分なりのネオ・ソウルを形にしたいという気持ちがありましたね」。

 これまでの作品の端々からも多大な影響が見て取れた〈ネオ・ソウル〉というお題目にアルバム一枚を通して取り組むことができたのは、キャリアを積み重ねてきたいまだからこそとSanoは語る。

 「ネオ・ソウルのなかでも、自分はJ・ディラが打ち込んだビートよりクエストラヴが叩いた生のサウンドのほうが好きで。だから、やるなら生で作りたかったんですけど、以前は演奏の力量がなかった。でも、30歳を過ぎた頃から自分の演奏に自信もついてきて、いまならありのままのプレイを聴かせる作品が作れると思えたんです。ネオ・ソウルは自分の血肉になっているものなので、それをそのまま丁寧にアウトプットすればいい。それだけでおもしろいものができるという確信がありました」。

 「生々しくしたかった」というアンサンブルはミニマルかつソリッドに鍛錬されており、琴線を震わせるメロウネスと官能的なグルーヴとが、贅肉を削ぎ落としたシンプルなプロダクションで成立していることに驚かされる。

 「今回はどの曲もフェンダー・ローズとベースとドラムスが基本になっています。いまはシンセ・サウンドが溢れているけど、自分はシンセに頼らずに必要最低限の要素だけで成立させて違うところに行きたかった。ただ、回顧主義的にはなりたくないので、ドラムスにTR-808のキックを重ねたりして、いまの重心の低いサウンドと並べても違和感のないように細かいバランスは注意しました。それから、微妙な小さなニュアンスを大事にしたかったことも音数を絞った理由です。ハイハットの16ビートのニュアンスだったり、フェンダー・ローズから指を離す時に入るちょっと軋む音とかが、シンセでは出せない独特のグルーヴ感に繋がってくる。そういうところを聴かせたいので、音を詰めすぎたくなかったんです」。

 そして、自身のヴォーカルを全編でフィーチャーし、これまで以上に堂々と泳がせていることも大きな聴きどころだろう。ウィスパーを多用したシルキーな肌触りの歌声と、ゴリゴリした質感のタフなサウンドとのコントラストが新鮮で、過去のソウルの名作群とも異なる、無二の個性をアルバムに付与している。

 「以前は、声もサウンドの一部みたいな捉え方だったんですけど、今回はいままでより楽曲のなかでのヴォーカルの比重が大きい。とは言え、自分はいわゆるシンガーではないので、歌にすべてを任せたくないし、トータルのサウンドで表現したい。歌をどれだけ立たせるか、どれだけトラックに溶け込ませるか……何度も歌い方を変えて試行錯誤しました。自分にしかできない歌い方をずっと模索していて、まだ答えは出ていないんですが、そのひとつの結果がこの作品ですね」。