タンク・アンド・ザ・バンガスが伝えるNOLAの新しい風

 ニューオーリンズ(NOLA)市が生誕300年を迎え、初の黒人女性市長が正式就任した2018年、ドレイクの“In My Feelings”が全米最大のヒットとなったことは偶然とはいえよく出来た話だった。そもそもNOLA発のヤング・マネー/キャッシュ・マネーに所属するドレイクだが、同曲ではリル・ウェイン“Lollipop”やマグノリア・ショーティ“Smoking Gun”などのNOLA産ヒップホップを引用。そのMVにカメオ出演したバウンスの女王ビッグ・フリーダは5thワード・ウィービーと共に『Scorpion』収録の“Nice For What”に客演していた。現在の空港名にもなっているルイ・アームストロングのようなアイコンはもとより、ファッツ・ドミノ、アラン・トゥーサン、ミーターズ、ドクター・ジョン、ダーティ・ダズン・ブラス・バンドなどの偉人たちがジャズ・フューネラルやセカンドラインといったローカルなスタイルとともに語り継がれ、常に世界の音楽ファンから注目を集めているNOLA。カナダ人であるドレイクのような外様による先のようなNOLA愛の打ち出しも含め、現地では近年、伝統を踏まえた新たな動きが活発化し、熱い街としてふたたび脚光を浴びている。

 2005年8月にハリケーン・カトリーナが街を襲った時には、その長く深い歴史や文化までもが押し流されるのではないかとも心配された。他都市への移住を余儀なくされた住人も少なくない。フランク・オーシャンや若き日のオーガスト・アルシーナもそうだった。が、HBO放映のTVドラマ「Treme」などでカトリーナ被災を客観的に振り返ることができるようになった2010年以降、街の復興と共にNOLA出身者が帰郷し、国内外からの移住組も含めてかの地を音楽活動の拠点に据えるアーティストが増加。壊滅的な被害を受けた9thワード地区の出身でチョコレート・ミルクのフランク・リチャードを父に持つドーン・リチャード(元ダニティ・ケイン)が地元に戻り、レタスのナイジェル・ホールがNOLAに活動拠点を移すなど、そうした例は数多い。その傍らで、2015年にはネヴィル・ブラザーズがフェアウェル・コンサートを行い、アラン・トゥーサンが他界。それ以降、ファッツ・ドミノの他界(2017年)も含めて急激に世代交代が進んでいるような印象を受ける。

 なかでも、アトランタやLAでの音楽活動を経てホームタウンに戻ってきたPJ・モートンは、名実共に現NOLAシーンの顔と言える存在だ。彼は2013年にキャッシュ・マネーから『New Orleans』を出した後、ニューオーリンズにおけるモータウンをめざすべくモートン(Morton)を設立。マニー・フレッシュやジュヴィナイル、トロンボーン・ショーティらとの同郷共演を含むミックステープ『Bounce & Soul Vol.1』(2016年)に続いて発表した『Gumbo』(2017年)はグラミー賞を賑わすほどの話題作となり、狙い通りNOLAのシーンを変えつつある。同作からは、NOLA音楽の教科書としても長らく親しまれてきたドクター・ジョンの同名アルバム(72年)に代わる新しい歴史とヒップホップ以降の音楽的ハイブリッドを伝えるような意気込みが感じられたものだ。

 一方で、NOLAで活動するミュージシャンたちは歴史や伝統を背負うことも厭わない。最近、PJ・モートンはNOLAのジャズ先駆者であるバディ・ボールデンの家のリストアに取り掛かり、ギャラクティックは老舗ライヴハウスの〈ティピティーナス〉を買収。昨年は、噂レヴェルながらビヨンセが妹ソランジュの自宅近くに古い教会を買ったというニュースも報じられた。ビヨンセに関しては、ビーチェラと呼ばれた2018年のコーチェラ・フェスでNOLAマナーを取り入れる以前からクレオール・ルーツを打ち出すなどして楽曲にバウンスを組み込んでいたが、以前彼女とコラボしたビッグ・フリーダがリゾーらを迎えたEP『3rd Ward Bounce』(2018年)でふたたび勢いづくなど、ビーチェラが話題になろうがなるまいが、近年かの地からは熱い音楽エネルギーが放出され続けている。

 そんなNOLAの音楽的好景気を象徴する気鋭として、いまもっとも注目されているのが、ヴァーヴ・フォアキャストとメジャー契約したタンク・アンド・ザ・バンガスである。2011年にオープン・マイクでの集まりからバンドに発展したという彼らは、ポエトリー・スラムのシーンで活動していた詩人でシンガーのタンクことタリオナ・ボールを中心としたソウル・バンド。2013年に自主リリースしたアルバム『Think Tank』からは初期のジル・スコット(彼女も詩人だ)を思わせる“Boxes And Squares”が地元を中心に人気を集めていた。ザ・ルーツにも通じるオーガニックな演奏と日常生活に根ざした歌で共感を呼ぶスタイルは、かつてネオ・フィリー全盛期に〈Black Lily〉を賑わせた一連のアクトにも通じており、そこにミッシー・エリオット的なコミカルさも加わる。スポークン・ワーズを交えるあたりはポエトリー・スラムの聖地シカゴから現れたジャミーラ・ウッズやノーネームも思わせるが、NOLAで言うなら女性R&Bシンガー/ソングライターのミア・ボーダーズや男女混成ジャズ・ファンク・バンドのウォーター・シードにも似たミクスチャー感がある。伝統音楽のストレートな継承ではなく、R&B、ジャズ、ゴスペル、ヒップホップ、ロックなどを呑み込み、ディズニー映画を意識しているというメルヘン趣味とマルディグラのパレードに通じる華やかさや賑々しさを混在させたゴッタ煮感こそがNOLA的だと言えるだろうか。

 演奏やパフォーマンス力の高さは、バンド結成後から数々のフェスに出演し、自主リリースした『The Big Bang Theory: Live At Gasa Gasa』(2014年)を筆頭に、ヴァーヴ・フォアキャストからのレコードストア・デイ限定の12インチ『Live Vibes』(2018年)、その続編『Live Vibes 2』(2019年)といったライヴ盤を発表してきたことからも明らかだろう。何しろ彼らが注目を集めたのは、6000組の応募の中から出演権を勝ち取ったNPRの名物企画〈Tiny Desk Contest〉でのパフォーマンスだったのだ。タンクがPJ・モートンと共にシャンテ・カンの2018年作『Sol Empowered』­に招かれたことも、彼らやNOLAシーンへの注目度の高さを物語っている。

TANK & THE BANGAS Green Balloon Verve Forecast/ユニバーサル(2019)

 こうして放たれたメジャー・デビュー作『Green Balloon』は、愛嬌を振りまきながら時に説教師のように力強い声で迫るタンクをはじめ、メレル・バーレット(キーボード)、ジョシュア・ジョンソン(ドラムス)、ノーマン・スペンス(ベース/キーボード/シンセ)、アルバート・アレンバック(サックス&フルート)といった5人のコア・メンバーが、地元仲間や気鋭のプロデューサーたちと制作。サブ・メンバーとも言えるバック・ヴォーカルのアンジェリカ・ジョセフや“Happy Town”でラップを挿むペルはPJ・モートンの『Gumbo』などにも参加していたNOLAの次世代ホープだ。

 〈大人の味を知ったミドル・スクールの女の子〉のストーリーという形式を取りつつこれまでの人生経験を反映させたリリックは、鳴らされるサウンドと同じく大胆にして繊細。2017年のシングル“Quick”がそうであったようにバウンスやトラップのようなビートが標準装備なのは南部の新世代ならではで、ゼイトーヴェンが手掛けた“Dope Girl Magic”やマーク・バトソンが制作した先行曲“Spaceships”でラップするタンクはサウスのMCそのものだったりする。一方で、1年前に話題を呼んだチル・ソング“Smoke.Netflix.Chill”に代表されるネオ・ソウル・マナーは、同じく先行曲の“Ants”を手掛けたジャック・スプラッシュの手によってさらに磨きがかかった。夢と現実を彷徨うような“Forgetfulness”、アレックス・アイズレー(アーニー・アイズレーの娘)を迎えた“Hot Air Balloons”はまさにバルーンで空を浮遊するようなジャジー・メロウ・チューン。インタールードを含めてロバート・グラスパーが流麗なピアノで起きがけのレイジーな気分を表現したような曲まで、緑の風船をアイコンにして紡ぐストーリーは、NOLAの街にかつてのような無邪気さと平穏が戻ったことを伝えるかのようでもある。

 

ドレイクの2018年作『Scorpion』(Young Money/Cash Money/Republic)

 

タリオナ“タンク”ボールが参加した作品を一部紹介。

 

タンク・アンド・ザ・バンガスが参加した2018年のサントラ『Can You Ever Forgive Me?』(Verve Forecast)