INTERVIEW

森永泰弘――響きあうアジア2019〈「サタンジャワ」サイレント映画+立体音響コンサート〉をフィールド・レコーディングでデザインする

森永泰弘――響きあうアジア2019〈「サタンジャワ」サイレント映画+立体音響コンサート〉をフィールド・レコーディングでデザインする

映画の未来を追い求めて
響きあうアジア2019〈「サタンジャワ」サイレント映画+立体音響コンサート〉をフィールド・レコーディングでデザインする。

 サウンドデザイナーの森永泰弘はこれまで、東南アジアをはじめとした日本の近隣諸国に滞在し、現地でしか聴くことのできない響きを録音するというフィールドワークを行なってきた。彼が立ち上げた〈CONCRETE〉にその成果の一端が残されているものの、興味深いのは、ある音楽家による演奏を収録した音源集を〈アルバム〉ではなく〈フィールド・レコーディング〉としてリリースしていることだ。つまり演奏者や場所から切り離された“音の芸術”が音源となって詰め込まれているのではなく、音にまつわる出来事の総体をあくまでも“記録”として捉えようとしている。それは“作品”となった途端に切り捨てられてしまうような、生きることと地続きにある“ノイズ”を伴ってわたしたちの耳に聴こえてくるものとして、音楽が示されているということでもあるだろう。

 だからこそ森永によるサウンドデザインもまた、どれほど先端的な表現に見えようとも、生きることの延長線上にあり、あるいは記録と密接に関わるものであるはずなのだ。7月2日に行われるガリン・ヌグロホ監督によるサイレント映画「サタンジャワ」の日本初公開イヴェントである〈「サタンジャワ」サイレント映画+立体音響コンサート〉(主催:国際交流基金アジアセンター)の音楽を手がける森永は、その制作のために4月にインドネシアへと赴いた。現地でリサーチしていく中で制作を進めていったという森永は、作品の結果よりも制作のプロセスを重視する。それはあらかじめ緻密に計画された設計図をもとに必要な素材を集めていくといった方法ではなく、まさに生きることと地続きにあるような、つねに〈設計図〉が塗り替えられてしまうような協働作業の在り方だと言えるだろう。「結果的にどんな作品になるのかは誰もわからない」――森永はそんな風にも語ってくれた。

――「サタンジャワ」に向けたインドネシアでのリサーチはいかがでしたか。

「4月にスラウェシ島とジャワ島を回って、『サタンジャワ』で一緒に作品制作する方々とお会いして色々なお話をしたり、儀式や演奏を録音させていただいたりしてきました。例えば今回出演するグナワン・マルヤントは、ジャワ島でとても有名なアーティストであり詩人で、〈シアター・ガラシ〉っていう劇団の専属の俳優であり脚本家でもあるんですよね。祖父が伝統的な人形劇に関わっているということもあって、マルヤントは古代のジャワ語が理解できる。ジャワ島にまつわる色々な神秘主義、つまり悪魔や精霊に関するものすごい量の情報を持っているんです。伝統的な弦楽器のタラワンサを演奏するテグーは、ジャワ島西部のスンダ族の人で、タラワンサがどういう儀礼でどういう時にどういう風に使われるのかを知悉している。他の人たちもみんな様々な知識を持っているから、お互いに意見を出し合いながら制作を進めていきました。結果がどうなるかよりも、制作のプロセスを共有できるということがやっぱり一番大事だと思います。指示書とか楽譜があってそれに沿っていくというやり方ではなくて、対話したり議論したりリサーチしたりといったプロセスの中で制作していく。逆にいうと結果的にどんな作品になるのかは誰もわからないですね。そう考えると直接的なやり方は違うにせよ、アジアン・ミーティング・フェスティバルで行われていることとも繋がる部分があるなあとは感じています」

――リサーチの中で印象に残っている出来事を教えてください。

「ジャワ島東部のバニュワンギに行ったときにスロンペット奏者の演奏を録音したんです。スロンペットっていうのはインドネシアでよく使われているダブルリードのトランペットみたいな楽器で。その時にマイクを差し出したら、録音のボタンを押してないのに演奏し始めたんですね。ちょっと待って!とか思いながら(笑)、マイクを置いた瞬間から人格が変わったように2時間以上もずっと演奏し続けていて、あれは凄かったですね。マイクを向けるというのはある意味では暴力的なことでもあると思うんですが、マイクを差し出すとものすごく喜んでくれる人もいて。僕は録音機材を仲良くなるためのツールとしか考えないようにしています。高価で高機能な機材を揃えて、セッティングに2時間くらいかけて〈さあどうぞ〉みたいなものよりも、ノンサッチ・レコードとかがやってるような、片手でマイクを持ってやるような録音の方が楽しい。ある種のリアルな音というか、がっちりとセッティングしていたら聞こえてこないような音もありますからね」

――今回共演する方々とはどのように出会っていったのでしょうか。

「さっき名前を出したテグーっていう人は、ジョグジャカルタを拠点に活動しているデュオ・ユニットの〈セニャワ〉と同じレコード・レーベルからアルバムを出していて知りました。それを聴いて面白いと思って、信頼しているインドネシアのミュージシャンや映画関係者たちに〈この人知ってる?〉って訊いて回って。そういう感じで現地の人の情報を一回収集してから、みんなと相談して決めていきました。他にもYouTubeで検索して資料を集めたり、インドネシアの書籍の裏側に書いてあるアーティスト名から辿ったり。あとは映画ですね。インドネシアの映画を見て、歌ってる人がすごく良かったので、映画関係者に連絡して繋げてもらったり。リサーチの中で、現地の人々しか知らないような、コレクティヴの仲間とか師匠といった人たちとも会って。フットワークを軽くしていることで、自分が考えていた以上の出会いに恵まれました」

――コムアイさんを選んだ理由を教えてください。

「〈水曜日のカンパネラ〉の映像がとても面白くて。で、なんで面白いんだろう、って考えるわけですよね。音楽が面白いからなのか、プロモーションビデオがよくできているのか。ずっと考えていて、ふと〈声じゃないか?〉って思ったんです。もちろんユニークな歌詞ということもあるんだけど、コムアイさんは声の魅力が言葉の持つ意味を超えているというか。演劇でも映画でも僕たちにとって言葉ってすごく大事で、それは意味を作るからなんですけど、一方で東南アジアに行き来すると言葉がわからなくても通じ合ってしまう部分がある。言葉を音として捉えると、意味ではない部分で意思疎通ができるようになる。それがアジアのいいところなんじゃないかと思っていて。そういうことを今の時代の視点でやるとしたら、コムアイさんなら伝えられると思ったんですね。単に歌声が綺麗な人とか歌い方が上手い人なら山ほどいるんだけれども、声から意味を逸脱させて、神懸かった“何か”を成立させることができるのはコムアイさんしかいないと思って」

――「サタンジャワ」の映像をご覧になって、どういう風に音をデザインしようと考えていきましたか。

「〈記録ってそもそもなんだったんだろう〉っていうところから始めました。『サタンジャワ』の舞台になった1926~27年って映画が無声からトーキーに変わった頃で、アメリカだけじゃなくてヨーロッパでも映画と音の関係が大事だった頃なんですよね。映画の歴史で1920~30年代と言えば、ドイツのヴァルター・ルットマンが『ウィークエンド』っていう実験映画を作っていて。ゴダールの映画の作品名にもなっている名作です。僕の中では『ウィークエンド』のサウンドっていわゆるミュジーク・コンクレートの最初の作品だと思っています。この時期の欧州ではダダやシュルレアリスム、未来派や表現主義といった芸術運動が集中している一方、バリ島に目を向ければドイツの画家ヴァルター・シュピースが〈ケチャ〉を作っていたり。そういうのも含めて〈マジックリアリズム〉という言われ方がされるようになっていたわけです。つまり記録芸術と魔術的なものが同時並行的に変容しつつあった時期だと思うんです。例えば西洋の文化人類学者や初期のレコード産業界の録音技師が蓄音機を持ってインドネシアに行って、儀式の音を録音して現地の人に聴かせたらとても驚かれたというエピソードがありますよね。〈これが自分の音なのか!?〉っていう、これって音の記録が同時に一種の魔術的な出来事でもあるような事態ですよね。〈記録〉と〈魔術〉が全世界的に並行して関係していたっていうのが、僕の1920年代から30年代にかけての印象なんです。だからそこをまず最初の視点に置いて、今回の映画の音では“魔術的な表現”というものをテーマに作っていきました」

――エクスパンデッド・シネマ(拡張映画)にあまり親しみのない観客に向けて、今回の「サタンジャワ」の公演で〈ここに注目すると楽しめるかもしれない〉と森永さんが思う部分を教えていただけますか。

「〈映画の未来〉をまずは感じて欲しいと思います。『サタンジャワ』を観ることで、この先に一体どんな映画の歴史が起こるんだろうっていうことを予測できてしまう作品かもしれない。エクスパンデッド・シネマっていうのは、映画史の中でいうインターメディア的な意味でのエクスパンデッド・シネマなのか、それとも純粋に映画の形式が拡張されたものなのか、どちらの意味にも取れるとは思うんですが、今回について言えば僕は〈映画の歴史を拡張する〉もしくは〈映画の時間を拡張する〉といったものとして捉えています。僕は映画を儀式だと思っているので、その儀式を拡張する作品というか。音と光、聴覚と視覚、身体と精神など、映画の儀式性に関わる全ての要素をこの『サタンジャワ』は担えるはずで、この作品が担ったあとに残るものを考えてみると、100年後の“映画の未来”がわかるかもしれない。100年後でなくても、10~20年後の映画の表現技術が一体どういうことになってるのかが、頭のどこかにふわっと残れば、この作品の一番面白いところは感じ取れるんじゃないのかなと思います」

 


森永泰弘 (もりなが・やすひろ)
音楽家/サウンドアーティスト/録音家。東京藝術大学大学院を経て渡仏。帰国後は芸術・音楽人類学的な視座から世界各地をフィールドワークし、楽器や歌の初源、儀礼や祭祀のサウンドスケープ、都市や集落の環境音をフィールド・レコーディングして音源や作品を発表している。また、映画・舞台芸術・展示作品等のサウンドデザインや音楽ディレクションを 中心に、企業やアーティストとコラボレーションを行うCONCRETEを設立し、国内外で活動している。これまで世界三大映画祭(カンヌ国際映画祭、ヴェ ネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭)で自身が関わった作品等が発表されている他、ヴェネツィア・ビエンナーレ(イタリア)、ポンピドゥー・センター(フ ランス)、TEMPO REALE音響/音楽センター(イタリア)、ミラノ・サローネ国際家具見本市等のアートやデザインの分野でも作品が発表されている。

 


LIVE INFORMATION

響きあうアジア2019
「サタンジャワ」サイレント映画+立体音響コンサート

○7/2(日)14:00 / 19:00(2回上映)
監督:ガリン・ヌグロホ
音楽・音響デザイン:森永泰弘
出演:コムアイ(ボーカル)/グナワン・マルヤント(詩の朗読・マントラ)/ルルク・アリ・プラセティオ(歌唱・映画のサタン役)/ヘル・プラワント(歌唱・映画の主人公男役)テグー・パルマナ(弦楽器タラワンサ)日本・インドネシア特別編成音楽アンサンブルほか
会場:有楽町朝日ホール
「サタンジャワ」SETAN JAWA/2016年/70分/モノクロ/サイレント

「サタンジャワ」photo by Erik Wirasakti

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