天野龍太郎「Mikiki編集部の田中と天野が、海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。最近はジャンルを少し限定して5曲を選んでいます。今週はラップ回です! ですよね、亮太さん? ってずいぶんと元気ないですけど、どうしたんですか?」

田中亮太「悲しいことに、先週も訃報がありました。フェニックスやカインドネスの諸作を手掛けてきたプロデューサーのフィリップ・ズダールが急逝したという。彼は90年代半ばからフランス産ハウス、いわゆる〈フレンチ・タッチ〉を牽引してきた存在。ラ・ファンク・モブ、モーターベース、カシアス――いずれの名義の作品も大好きだったので、ショックが大きいです……」

天野「パリでビルのバルコニーから転落した事故死だったそうです。しかも、50歳という若さでした。Pitchforkが重要なレコードを9つ選んだ記事を掲載していますが、海外メディアでは多くの追悼記事が出ていますね。ライターの近藤真弥さんはいち早く〈R.I.P. フィリップ・ズダール〉という記事をnoteに投稿しています。昨年はフランツ・フェルディナンドの快作『Always Ascending』を手掛けたばかりだったのに……」

田中「そんななかズダールのメイン・プロジェクトであるカシアスの新作『Dreems』が予定どおり、先週末にリリースされました。追悼の意を込めて、僕らは『Dreems』を聴き、ダンスし続けましょう。では、気持ちを新たに今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から!

 

Lil Nas X “Panini”
Song Of The Week

天野「〈SOTW〉はリル・ナズ・Xの“Panini”です! 6月21日にリリースされたデビューEP『7』からのリード・シングルとして発表された曲です」

田中〈PSN〉が選んだ2019年上半期洋楽ベスト・ソング10の記事はお読みいただけましたか? そちらでも特別に〈11位〉として、彼の“Old Town Road”を紹介しました。TikTokで人気となった同曲は、ビルボード・ホット100で11週連続1位という大ヒットを記録中。一躍2019年のスターに上り詰めたのがリル・ナズ・Xですね」

天野「僕はあの曲が話題になるまで知らなかったんですが、リル・ナズ・XってもともとTwitterで人気だったみたいですね。日本で言うところの〈アルファツイッタラー〉というか」

田中「へ~! そうなんですね。それで、“Old Town Road”はカントリー・ラップとしてウケたわけですが、この“Panini”はグランジ・ラップ的な一曲になっています。なんといっても話題なのは、作曲者にあのカート・コバーンがクレジットされていることです」

天野「サビのメロディーが、ニルヴァーナの名盤『Nevermind』(91年)の2曲目“In Bloom”からの引用になっているんですよね。初めて聴いたとき、〈あれっ?〉って思いました。リル・ナズ・Xの歌がへろへろしていて、わかりづらいんですが(笑)」

田中「サビではビートもグランジっぽいドラムに変わりますね。デイヴ・グロールのパワフルさとは正反対のへなちょこな音ですが(笑)。曲名の〈Panini(パニーニ)〉は『チャウダー』のキャラクター名だそうです。『チャウダー』は『スポンジボブ』の脚本家が手掛けているアニメで、主人公のチャウダーにベタ惚れのパニーニを自身の古参ファンにたとえているとか

天野「なるほど。〈みんな俺を必要としている、ストリーミングでナンバー・ワンだ〉っていうリリックも自信たっぷり。1分55秒という曲の短さもサブスク/ストリーミング時代って感じで潔いですね。つい数時間前の、〈BETアワード〉でのパフォーマンスも話題のリル・ナズ・X。2019年の後半も彼から目が離せなさそうです」

 

Kamaiyah feat. Quavo & Tyga “Windows”

田中「続いてはカマイヤーの“Windows”。米カリフォルニア、オークランド出身のラッパーで、2017年には〈XXL Freshmen Class〉に選出されていたようです。ヒップホップ専門誌のXXLが、毎年注目のニューカマーを10組紹介する名物企画ですね」

天野「彼女はTLCやミッシー・エリオットら、90~2000年代に活躍したアーティストから強く影響を受けていて、ちょっとオールドスクールな雰囲気のラップをするんですよね。ノトーリアス・B.I.G.の名曲“Mo Money Mo Problems”をジャックしたフリースタイル(2015年)も話題になりました」

田中「なるほどー。自分も含めて、トラップがそこまで得意じゃないリスナーにも聴きやすい理由は、そんなところにあるわけですね。とはいえ、この曲ではミーゴスのクエイヴォとタイガをフィーチャー。いたるところで客演している売れっ子の2人が参加しているだけに、イマっぽいサウンドなのかなと想像したのですが……」

天野「ところがどっこい、2019年版ハイフィーという感じのサウンドでしたね。〈ハイフィー〉っていうのは2000年代半ばに流行ったヒップホップのサウンドです。特徴はエレクトロ的な、太い音色のシンセサイザーのループとバウンシーなビート。ベイエリアを震源地に、一時はメインストリームでも流行った音でした」

田中「ベイエリアといえば、カマイヤーの地元であるオークランドも含まれるわけで。となると彼女は、ハイフィーの後継者たる存在でもあるわけですね!」

天野「そのとおりです! ハイフィーについて当事者たちが語ったComplexの記事〈An Oral History Of Hyphy〉にもカマイヤーは語り手として登場しています。この記事は有志が日本語訳を公開していますので、検索してみてください。めちゃくちゃおもしろい内容ですよ!」

 

Nicki Minaj “MEGATRON”

天野「3曲目はニッキー・ミナージュの新曲“MEGATRON”です。リル・ナズ・Xも彼女の大ファンだとか」

田中「〈MEGATRON〉ってトランフォーマーの〈メガトロン〉ですか? コンボイ率いるサイバトロンの敵、デストロンのリーダーですよね。自分のことをバービー人形や『ストリートファイター』の春麗になぞらえたかと思ったら、今度は悪役のメガトロン……」

天野「そうですね(笑)。この曲は〈みんな私のことをメガトロンって呼ぶの〉なんてリリックで始まります。カーディ・Bとの舌戦でも世間を騒がしたニッキーは、プロレスで言うところのヒールなキャラクターで知られています。とにかく口が悪い!! そんなパブリック・イメージを逆手に取ったわけですね」

田中「女番長みたいな方ですからね。とはいえ、愛されキャラでもあるのはメガトロンと共通しているのかも。それはともかくとして、曲調はゴキゲンなダンスホール・レゲエで、いわゆる〈Filthy Riddim〉と呼ばれるリディムを用いていますチャカ・デマス&プライアーズのヒット・ソング“Murder She Wrote”(93年)などで知られるパターンのリズムですね」

天野「ラテン・トラップやレゲトンが大流行中のメインストリームで、ダンスホールに挑戦したニッキーはトレンドの先を読んでいるのかもしれませんね。パーカッシヴで小気味いいラップも楽しい一曲です。2018年の『Queen』に続くニュー・アルバムのリリースも近いのでしょうか?」

 

Drake feat. Rick Ross “Money In The Grave”

天野「4曲目はドレイクがリック・ロスと共演した“Money In The Grave”です。大ヒット作『Scorpion』(2018年)から約1年ぶりの新曲となりました」

田中もう一つの新曲“Omertà”とセットで『The Best In The World Pack』としてリリースされましたね。先日、トロント・ラプターズがNBAファイナルでゴールデンステート・ウォリアーズに破り、初優勝を遂げました。それを祝い、すぐさま発表されたのがこの2曲です」

天野「ドレイクは地元のトロントを愛していますからね! ラプターズの国際大使も務めていますし。NBAを観戦している様子がよくネタにされていますが……」

田中「熱が入りすぎて素行が悪くなることを問題視され、アウェー戦となったファイナルはスタンド観戦を禁止されたそうです(笑)。で、この曲は毎度お騒がせの超人気ラッパー、リック・ロスとの共演曲です。ロスは2018年、意識不明の状態で緊急搬送されました。心臓発作と見られていますが、元気になったようでなによりです」

天野ロスの新曲“Act A Fool”も発表されていましたね。それはさておき、ダークでソリッドなトラップ“Money In The Grave”では、ドレイクが〈Lil CC on the beat〉と言っています。モデルとして有名なシドニー・クリスティーンがビートを作っていて、彼女へのシャウトアウトです。クリスティーンは2年前にドレイクに連絡していて、今年のグラミーのパーティーで初めて出会ったとか。それがこの曲に繋がったとのことです

田中「リリックはラプターズの優勝とはそんなに関係ない内容(笑)。いつもどおり、お互いに自慢の嵐で、〈俺が死んだら金を墓に入れてくれ〉という身もふたもない感じですね」

天野「でも、ドレイクだからOKです! 『Scorpion』に続く新作も楽しみに待っています」

 

SCARLXRD “GXING THE DISTANCE”

田中「最後はスカーロードの“GIXING THE DISTANCE”。Mikikiには、今年リリースしたアルバム『INFINITY』のレヴューがbounceから転載されていましたね。〈トラップ・メタル〉という紹介が印象に残っています。エモの次はメタルか……って」

天野「以前はメタル・バンドのメンバーだったらしく、断末魔のごとき絶叫がすさまじいですよね。UK出身というのもポイントの一つで、イントロのラガっぽい訛りのシャウトは、アメリカのラッパーからは出てこないものなんじゃないでしょうか」

田中「イギリス南部の港町、ダンジネスが出身なんですね。フューネラル・フォー・ア・フレンドから最近ではブリング・ミー・ザ・ホライズンに至るまで、UKにはニュー・メタルの根強い伝統があります。なので、スカーロードもラップ文脈でなくUKメタルの流れに位置付けると理解しやすい気がします」

天野「それにしても、音割れしまくっているビートの音圧がすごいですね。ここまで耳に痛い音は、むしろいま新鮮かも(笑)。リリックは特に何か具体的な対象について言及しているわけではないみたいです。闇雲な怒りを吐き捨てるようなラップですね」

田中「〈近よんな!〉〈関わんな!〉ってひたすら毒づいていますね。ラップ・ファンより、ハードコア・パンクのリスナーこそハマる気がします。日本で言えば、Jin Doggなんかのファンは絶対に聴いてみてほしいですね」